第30話 迷い
ヨルドは、リオンと別れて、自分の寝床がある部屋へと歩いていた。
(ここから出るためには、ロドリゲスを殺さなくてはいけない。俺は、彼を殺すのに役に立てるだろうか。武器を入手するのも困難なのにどうすればいいのだろうか……)
そんなことを考えていると、向こう側から、フルレティが護衛のリヒャルトと共に歩いてくるのが見えた。ヨルドに気がついたフルレティは、ちょこんとかわいらしくお辞儀をした。
「こんばんは」
ヨルドも頭を下げて挨拶すると、フルレティも「こんばんは、ヨルドさん」と返しながら、近くにやってきた。
「俺の名前を覚えていてくれたんですか」
「当然です。私は、ここにいる人たちに、できる限り親切にしたいんです。それだけが、私にできることだから」
そうやって、微笑むフルレティは、天使みたいに優しい人に見えて、背後から後光がさしているような気がした。なんていい子なんだ……。あのロドリゲスの娘がこんないい子なんて、おかしすぎる。
「フルレティさんは、どうしてこんなところにいるんですか」
「2階に重症の人間がいて、別のお薬と包帯を届けに行っていたところです。本当は、一晩中看病したいんですけど、父にばれてしまうかもしれないので帰らないと」
フルレティが優しすぎて、心配になるレベルだ。ヨルドは、王族としていろんな人間に接してきたが、こんな優しい人は初めて見たかもしれない。
「あなたは、本当に優しい人ですね」
そう告げると、フルレティは、照れたように頬を染め、否定するように両手を振った。
「そ、そんなことありません。私の父のせいでみんなが苦しんでいるから、せめて父の代わりに罪を償いたいだけです。私は、ただの偽善者です。自己満足のために、あがいているだけです」
そうやって、自分を謙遜する様子も魅力的にうつった。生まれながら性格がいい子なのかもしれない。
「でも、あなたは、みんなを幸せにしようとしています。ここにいる人達は、あなたに救われているでしょう」
「ありがとうございます、ヨルド。父のせいで、本当にごめんなさい」
フルレティは、申し訳なさそうに頭を下げた。そんな風に頭を下げるフルレティが、父親ヨエルと意見が衝突し、冷遇されるようになった過去の自分と重なった。
「フルレティさんは、悪くありませんよ。フルレティさんは、父親のことを思っているんですか」
「父のことは、憎んでいます。彼が、反逆なんて起こさなければ、今頃、私たちはもっと幸せになれていた」
彼女は、両手をギュッと握りしめながら、そう怒りをこらえるように言った。
「父は、どこかで道を間違えたんです。彼は、あまりにも多くの人を殺し続けた。もう後戻りはできない。だけど……」
その先を言うのをためらうように、一瞬だけ口を閉じたが、また続きを話し出した。
「どんな悪人でも私の父親です。彼が、どれほど世界から嫌われても、私だけは、彼のために涙を流したい」
ヨルドは、父親ヨエルがどれほど罪を犯しても、憎むことはできなかったことを思い出した。
結局、自分もフルレティと同じだったのかもしれない。父親を嫌いになることが、できなかった。父さんと母さんが死んだとき、モニカと一緒に泣き続けた。
あの頃が、遠い昔のことのように感じる……。
そう過去のことを思い出していると、ふいにフルレティの視線が、ヨルドの首元に注がれている気がした。
「俺の首に何かあるんですか」
「え?」
「俺の首を見ている気がして」
何となく見られていた首が気になって触れるが、特に虫やゴミがついている様子はなさそうだ。
「あ、あの……。気にしないでください。男の人と目線を合わせると緊張しちゃって、よく首を見てしまうんです」
照れたように頬を赤く染めながら、彼女はそう答えた。
「そうですか……」
「あ、そろそろヨルドさんは、戻らないといけない時間では?おやすみなさい、ヨルドさん。また会いましょう」
「はい。おやすみなさい、フルレティさん」
リヒャルトがとても冷たく軽蔑するような目で、ヨルドとフルレティを見ていた。彼女と話していた俺に嫉妬でもしたのだろう。
(俺がロドリゲスを殺したら、彼女は、どうなるのだろうか。投獄され、自由を奪われるのだろうか。優しい彼女にその仕打ちは、かわいそうだ)
ロドリゲスを倒したら、リオンに、フルレティは助けて欲しいと告げようと固く誓った。




