第29話 取引
ヨルドは、ズボンを履いておらず、武器は一つもない。それに対して、目の前の男は、弓矢で確実にヨルドの心臓を狙っている。この距離なら外さないだろう。
(もう終わりだ。まさか、こんな最後を迎えるとは思っていなかった。俺は、トイレで殺されたチェルノボグ家として歴史書に名を刻むのか。こんなことなら、俺はディアネロにでも殺されておけばよかったのかもしれない。いや、ここで、真鏡を奪われても命を奪われることだけは避けたい。また取り返すこともできるはずだ。ヨルドが真鏡を持っていることに気がついているなら、嘘をつかずに正直に話そう)
そう思ったヨルドは、降参するように両手を上げた。
「そうだ。俺が真鏡を持っている」
彼は、すぐに渡せと言ってくると思ったが、ヨルドを睨みつけながら「お前、俺のことが怖いだろう。死にたくないだろう」と脅すように言ってきた。
「ああ」
「だったら、俺に従え」
ヘーゼルの瞳で、ギロリと睨まれる。
「お前は、何か目的があるのか」
「そうだ。それを言う前に俺の名前を言おう。俺は、キリエだ」
いきなり自己紹介から始まったぞ。この状況で、自己紹介かよ。でも、ここは、俺も名乗るべきか。
「俺は、ヨルドだ」
「そうか。でも、俺の本当の名前は、リオンだ」
(最初から本当の名前名乗れよ!!偽名を使った意味たいしてないだろうが!!!)
そうヨルドが、心の中でツッコミをしていると、リオンは「ふううううう」と長い溜息をつきながら弓矢を降ろして、滝のように号泣しだした。
「助けてくれえええええええええええええええええええ。ヨルドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。俺は、ドレシア国の正当な後継者として、ロドリゲスを殺さないといけないんだ。俺だって、そんな大それたことしたくないんだ」
男の涙は、なかなか止まらない。モニカでも、こんな泣き虫じゃなかったぞ。
「は?」
(なんかこいつ、思っていたのと違うんだけど……。すっげぇ、泣き虫じゃん。今なら、弓矢を奪えるか。こいつを殺して真鏡を奪うべきか。こっちは、殺されそうになったし、正当防衛だよな?とりあえず話を聞こうか……)
いや、その前に、するべきことがあるだろう。
「ちょっと待ってくれ。ズボンをはいてもいいか」
「ああ、いいとも」
ズボンを履いたヨルドは、少し冷静になれた。
「どういうことだ?」
「俺は、リオン・バチヌス。ロドリゲスによって、王座を奪われた前国王スタベル・バチヌスの息子だ」
落雷に打たれたような衝撃が訪れた。
第二後継者がまだ生きていたなんて!
それに、彼は、シエンピエスとラヴェルに裏切られたヨルドみたいな立場だ。ヨルドは、ついリオンに共感してしまった。
「それは、大変だっただろう」
「ああ。そうなんだ。ずっと怖かった。家族が殺された時、俺は、すぐに逃げた。名前も国も捨てた。死にたくなかった。自分なんかが敵討ちができるわけないと、諦めていた。もう二度とリオンに戻ることはないと思っていた。そして、農民として畑を耕し始めたんだ」
「……」
それを聞いたヨルドの目が点になった。
(あ、あれ?想像していたような過去とちょっと違うぞ。農民になろうとしたのか。そりゃあ、まあ……ばれたら殺されるし、仕方ないよな。こいつ、俺と境遇は似ているけれど、性格はちょっと違いそうだ)
「そんな時、同じ農民であるパトリックと仲良くなった。パトリックは、いい奴で、俺に農業のやり方や、鹿の食べ方を教えてくれたんだ。しかし、ある日、パトリックの弟が、ロドリゲスに奴隷として連れて行かれそうになった。パトリックは、代わりに自分を連れて行ってくださいと頼んだんだ」
「そうか」
パトリックは、いい奴だな。
「その結果……パトリックは、ロドリゲスに殺されて死んだんだ。弟も無理やり連れていかれた。俺は、パトリックを失った悲しみに打ちひしがれたよ」
悲しい出来事だ。おそらく、このことがきっかけで、リオンは、ロドリゲスは、倒すことを決意したのだろう。
「しかし、そんなこともあったが、俺は、やっぱりロドリゲスに立ち向かう勇気がなく、農民として畑を耕して生きていた」
「パトリックは、きっかけにならなかったんかよ!!」
「俺がロドリゲスを倒すことを決意したのは、俺が家で、雪崩にあいかけた時のことだった」
家の中で雪崩?雪崩って、雪にしか使わない言葉じゃなかったのか。天井でも崩れたのか?
「俺は、急に生きていることが恥ずかしくなったんだ」
「……」
「今までも逃げてばかりの自分の存在が恥ずかしいと思う時は、よくあった。けれども、家の中でゴミの雪崩にあい、窒息しかけた時に、自分という存在がとても恥ずかしく思えたんだ」
ああ、そうか。ゴミか……。
こいつ……部屋が汚かったんだな……。
「俺は、このままだと死んでしまう。王族に戻って専属執事をつけて部屋を毎日、綺麗にしてもらおうと思った」
リオンが、ロドリゲスを倒すのを決意したのは、そんなしょうもない理由だったのか!!
「あ、待った。今のは、ちょっと違う。え、えっと……とにかく、ロドリゲスを倒そうと思ったんだ。そして、今度は、かっこいい自分になりたいって。王族に生まれたせいで、神様から、重たいタンスを使命のように背負わされた気分だ。ドレシア国に平和を取り戻したい。父と母や、兄上が愛したドレシア国を取り戻したい。奴隷も解放させて、苦しんでいるものを救いたい。ヨルド、力を貸して欲しい。協力してくれたら、真鏡をやる」
リオンは、涙目ですがるようにヨルドを見つめてくる。彼は、泣いているが、そのヘーゼルの目は、決意と憎しみで激しく燃えているようだ。
ロドリゲスは、明らかに悪だ。前国王を殺し、収容所に民間人と閉じ込め、奴隷として働かせている。気に入らないものを殺し、贅沢な暮らしをしている。それを元王族として見過ごすことは、胸が痛むだろう。
真鏡も欲しいし、この国の未来のためにも、リオンに協力したい。リオンは、臆病だが、ロドリゲスよりもいい国王になるだろう。
でも、本当にヨルドに真鏡を渡してくれるのだろうか……。
「リオンは、真鏡を集めて何かを叶えたいとか願いはないのか」
「し、し、し、し、真鏡だと!?バカ野郎!そんな物騒なものを持っていたいはずないだろうが!こんなもの持っていると、世界中の人間から、命を狙われる羽目になるんだぞ。こんなもの、今すぐ捨ててしまいたいくらいだ。俺だって、強い奴に協力してもらえるように、持っていただけだ。俺が全ての真鏡を集められるはずないだろうが‼」
リオンは、所々声を裏返らせながら、そう怒鳴るように返答した。めちゃくちゃ信用できる答えだった。きっと、彼は、ヨルドを裏切らないだろう。
「どうやってロドリゲスを倒すつもりなんだ?」
「俺には、とっておきの作戦がある。味方を50人くらい集めていっせいに襲い掛かるんだ」
リオンは、自信満々に胸をドンと叩きながらそう言った。
(え……。それってちょっと卑怯すぎないか。ロドリゲスに勝つために強くなろうとかじゃなくて、いっせいに襲い掛かるのか……。それで勝利しても、ちょっと悲しんだけど。いやいや、ロドリゲスだって、嫌な奴なんだし、勝つためには、それくらいして当然か。でも……こいつ、俺のこともトイレでいきなり襲い掛かってきたし、かなり卑怯じゃないか。いや、頭がいいだけか?)
「ということは、協力者はたくさんいるのか」
「もちろん。さらに、集めるつもりだ。だから、ロドリゲスへの襲撃の日は、もう少し待ってくれ」
ザドキエルとかも、リオンの協力者である可能性が高いな。あいつが、そう簡単にここに連れて来られるとは思えないし……。
「大丈夫か。誰かがロドリゲスに密告したりしないか」
「ここにいるのは、無理やり連れてこられた人間ばかりだ。ここを出られることを条件にすれば、きっと俺に協力してくれるだろう」
「そうだな」
ロドリゲスの味方になる奴なんているわけがない。
だけど、なぜか不安は小さな棘が刺さっているように消えなかった。




