第23話 宣戦布告
身体がやけに痛い。
全身に鉛がつけられたように重たい。
「ここは?」
ヨルドが目を開けると、目がくらみそうな眩い金髪が見えた。
ぼんやりとしていた顔が徐々にはっきりとしていき、それがエリュジオンであることに気がついた。
「ロナンの宿屋だ」
起き上がろうとすると、ぐぎいいいいと激しい痛みが押し寄せてきた。
「痛っ」
「ひどい怪我だ。動かない方がいい」
「エリュジオンが……俺に包帯を巻いてくれたのか!」
「勘違いするなよ。俺だってお前を助けたくて助けたわけじゃない。お前を助けたのは、お前に恩を売るためだ」
髪の毛をかきながら、目を逸らすそうぶっきらぼうに言われた。
「フォローノからも、お前が運んでくれたのか」
「感謝しろ。俺は、ヨルドの命の恩人だ」
「おかげさまで、助かった。ありがとう」
そういうと、エリュジオンは、尻尾を踏まれた猫みたいに目を見開いた後、顔を真っ赤に染めた。
「こ、今後、こんな面倒をかけるなよ」
「はいはい。わかりました。あ、そうだ。ディアネロは真鏡を持っていたのか」
「ああ。彼が持っていた真鏡は俺が持っている。モルスは、今回ディアネロを倒したのが俺たちということで、真鏡を譲ってくれた」
「よかった」
「ここには、1週間泊まる予定だ。1週間で怪我を治せ」
「無茶苦茶だな」
「早くしないと、俺たちが真鏡を持っているという噂が流れるかもしれない。移動は早い方がいい」
「ああ、そうだな」
「それとも、お前の真鏡を俺に渡すか?その場合、俺たちはもう解散だ」
「はあ?」
冗談を言っているのかと思った。けれども、彼の目は笑っていなかった。
「ヨルドは、もう全身ボロボロだ。ほとんど無傷で、ディアネロを倒した俺とは違う。これでよくわかっただろう。お前の夢がどんなに無謀なものか。お前は、弱い。弱すぎる」
「……」
そんなことくらい言われなくてもわかっている。自分が強かったら、モニカも、メラも、ヨシュアも、リクも……みんな死なずに済んだんだ。
「足だってしばらく使い物にならないだろう。魔術もなく、剣の才能もないお前が、真鏡を持っている奴らに勝てるはずない。あっけなく死ぬだけだ。夢なんて諦めたらどうだ?」
蔑むように冷たい声で、そう提案される。
「え……」
「お前みたいな弱い人間は、神になんてなれるはずがない」
そんな風に否定されて、心臓が握りつぶされるように胸が痛くなる。
現実的じゃないことも、弱いこともわかっている。だけど、俺が夢を諦めたら、もう二度度モニカに会うことはできない。
「……妹が殺されたんだ」
「だから、どうした?……死んだ人間のこといつまで考えていたって何も生まれないだろう」
彼の声は、ナイフのように鋭く無機質だった。
「まだ10歳だった。この間、誕生日を迎えたばかりだった。彼女には、夢があった。まだ体験していない世界がたくさんあったんだ。死ぬのには、あまりにも若すぎる。俺は、神になって妹を救いたい」
「……くだらない理由だな」
エリュジオンは、冷たい目をしながらそう言った。どうしてこんなことを言うのだろうか。こいつは、誰かを愛したことも、誰かから愛されたこともないのだろうか。
「それだけじゃない。小さい頃から、神様になりたいとおもってきた。神様になって、大勢の人を救いたかった。その夢をなくしたら、どんな風に生きていけばいいのかわからないんだ。何のために生きていけばいいのかもわからない」
それを聞いたエリュジオンは、しばらく呆然とした後「くくく」と乾いた笑いを漏らした。
それから、壊れたぜんまい時計みたいに「あははははははははははははははははははははははははははははははははは」と腹を抱えて笑い出した。
「エリュジオン……」
こいつ、何でそんなに笑っているんだ?気持ち悪いな。
「……はははははははははは。お前は、やっぱり同じだな。そして、そんなお前だからこそ……いや、何でもない」
「とにかく俺が夢を諦めるのは、死ぬときだけだ」
「はっ。みっともなくあがいで死んでいけ。俺がお前の夢を殺してやる」
赤色の視線と、アメジストの視線が、交じり合う。
「お前は、もしも真鏡が手に入ったら何を叶えたいんだ」
「……ガキの頃からずっと欲しかったものがある。俺は、それを手に入れるために生きてきた」
「それって何だよ」
「お前なんかに言うわけない。まあ、せいぜい頑張れ。神になるのは、俺だ。そして、俺はそれが欲しい」
アメジストの瞳の奥が、炎みたいに燃えている。そんな強い意志が見える瞳が、眩しかった。
運命の輪は、回り始める。
願いを叶えられる勝者は、1人だけ。
誰が勝者になるかは、天界の神々でさえも知らなかった。




