第20話 ディアネロの過去①
ディアネロの母親アデルは、とあるお金持ちの屋敷でメイドとして働いていた。そこに住んでいる屋敷の主人は、魔術が使える騎士だった。アデルは、彼と恋に落ちたが、彼には奥さんがいた。彼女は愛人として暮らしていたが、ディアネロを妊娠した頃、手切れ金をもらって屋敷から追い出されてしまったのだ。
それから、アデルは、ディアネロにご飯を食べさせるために休むことなく働き続けたが、ディアネロが10歳の頃、とうとう身体を壊した。大腸を悪くして、余命は半年から2年ほどと告げられた。リキソナールという薬が手に入れば、進行は止まるかもしれないが、その薬は入手困難であり、ロナンに出回る情報はないと言われた。
ディアネロは、母親が死んでしまうのが怖くてたまらなかった。母さんが死んだら、自分は一人ぼっちになってしまう。家族がいなくなってしまう。そのことを恐れた。
少しでも母さんにいいものを食べさせてあげられるように必死に働き、リキソナールという薬を探し回ったが、薬の情報は得られなかった。
毎晩、眠る前に、神様に祈るようになった。どうか母さんの病気を治してください。治してくれたら、何でもしますと……。
母親が病気を告げられてから、3か月が過ぎたが、母さんの病気は、一向によくならなかった。
そんな中、神の遣いが現れたという噂がディアネロの町に駆け巡った。ディアネロも人込みに駆けつけると、異質な雰囲気のする3人組がいた。3人は、美しい艶のある白色の布でできた高貴な雰囲気がする服を着ていた。
右側にいる男は、太っていて髭が生えていたが堂々とした振る舞いをしていて貴族みたいだ。中央にいる金髪の男は、白い服に赤いマントをつけていて、高貴なオーラがにじみ出ている。左側に立つ茶髪の男は、細く身長が高く銀細工でできた剣を持っていた。
中央に立つ男は、群衆の前に進み出て高らかに告げた。
「私の名前は、ハニエル。神の遣いだ。私には、できないことなどない」
ハニエルは、凛とした透き通る泉のような声をしていた。
滝のように流れ落ちる金髪の髪、青いサファイアのように生命力に満ちたキラキラとした瞳、堂々とした振る舞い。
彼は、特別な人間に違いない。なんて眩しい生き物だろうか。
まるで夜空に堕ちた彗星のようだと思った。
あっという間に、ハニエルの前に大勢の人が集まった。
みんなは、口々に願いを言った。「兄の病気を治してください」「父親の目を見えるようにしてください」「家を燃やした犯人を教えてください」「作物がもっと実る方法を教えてください」
ハニエルは、「さすがにこんなに大勢の願いを一度に聞き入れられない」と困ったような顔をしていた。
それから、ハニエルの隣にいた太った男が「ハニエル様が力を使うのには、体力を消耗してしまう。願いを叶えるには、対価が必要である。高価な貢物をした人から順番に願いを叶えていこう」
「では、私の願いを叶えてくれ。金ならいくらでも払う」
太った男が周囲の人を押しのけ前に出てきた。
「どんな願いですか」
ハニエルは、男に近づき声をかけた。
「妻の病気を治して欲しい。事故にあって歩けないんだ」
「ちょっと待ってくれ。俺が先だ。俺の娘は、死にかけているんだ」
痩せた男が前に出てくるが、太った男が彼の服を鼻で笑った。
「お前に俺よりお金が払えるのかよ」
「くっ……」
一部始終を見ていたハニエルは、周囲の人々に高らかに告げる。
「お金や対価は、信仰心の現れです。ザハル様に届ける貢物となるのです。それをおろそかにしてはいけません」
そして、その場には財力があるものが残り、財力がないものは立ち去った。
街では次々とハニエルに病気を治してもらった、犯人が見つかったなど、ハニエルに関する噂が駆け巡った。
ディアネロは、母の病気を治してもらうために必死でお金をためた。そして、少ないけれど5万ラリアほど溜まった時に、初めて通りすがりのハニエルに話しかけた。
「待って。俺の願いも叶えて欲しい。ここに5万ラリアがある。俺の願いも叶えてくれ」
「あなたの名前は、何て言いますか」
ハニエルは、目線を合わせるようにしゃがみ込み、微笑みを浮かべながらゆっくりと話しかけてきた。
「……ディアネロ」
「約束しましょう、ディアネロ。私が必ずあなたを救うことを。私があなたの母親の病気を必ず治します。しかし、5万ラリラだけでは足りません。ザハル様に捧げるには、10万リラがなければいけません」
「でも……母さんが……」
「大丈夫です。ザハル様に祈りを捧げていれば、あなたの母さんは死んだりしません。あなたが、あと5万ラリア貯めるまで、私は待っています。この5万ラリアは、前払金として受け取っておきましょう」
「ありがとうございます。すぐに払うので、待っていてください」
もう大丈夫だ。きっとハニエル様が助けてくれる。
ずっと母さんが死ぬのが怖くてたまらなかった。けれども、彼の言葉で救われたような気になった。
俺の人生は、光のない夜のようだった。だけど、彼が明るく照らしてくれるから、暗闇に飲み込まれないで済んだようにすら思えた。
毎日、ハニエル様にすがるように祈るようになった。祈ることで救われたような気分になっていた。
けれども、俺が残りのお金を貯める前にハニエル様と従者は、姿を消した。そして、その一か月後に母親が死亡した。
家賃を催促しにきた鍛冶屋の叔父さんに事情を説明すると、鼻で笑われた。
「お前、騙されたんだよ」
そう言われたけれど、わけがわからなかった。
「そんなことない!何か事情があったはずだ」
「ほら。金だけ持ってとんずらされたんだ」
「違う!ハニエル様は、そんな人間じゃない。母さんを助けるために、必要なものを探しに行っているんだ」
「あんたは、ある意味幸せかもね……。でも、あんただって本当はわかっているんだろう」
「……」
「みんな都合の悪いことに蓋をして、自分が信じたいものしか、信じようとしないのさ」
俺は、騙されていたのだろうか。
知りたい。
知りたくない。
それでも、知らないままではいられない。




