第2話 別れ
ヨルドの師匠であるフィオリは、レイヴンに刺されて、血を吐きその場に崩れ落ちた。
「師匠!!!」
咄嗟に駆け寄ろうとしたが、レイヴンが剣を構えているため、足が止まる。
辺りを見回すと、茶色の柄でできた剣が置いてあった。とっさに、その剣をつかみ、レイヴンの前に立ちはだかる。
その間にレイヴンは、フィオリの胸元を探り、真鏡を手にしていた。
「レイヴン!!!お前は、何をしているんだ?」
レイヴンから目を離さないまま、剣を鞘から抜き取り握りしめる。
「あーあ。抵抗すんのかよ。面倒くさいな。雑魚は、雑魚らしく、無駄なあがきをしないで死んでいけばいいのに」
ゾッとするほど低く冷たい声で、バカにするように言い放った。
ヨルドの背中から、汗が流れ落ちた。
目の前にいる男は自分の友人であるレイヴンなのに、全然知らない男のように思えて怖かった。
「どうして先生を殺した?」
「決まっているんだろう。この真鏡を手に入れるためさ。お前が、師匠の部屋に入ったから、気になってドアに耳をつけて聞いてみたら、とんでもない話が聞こえてきたんだ。真鏡さえあれば、俺は神になれる。こいつは、もう俺のものだ」
(俺のせいだ。俺が真鏡の話を師匠にしたせいだ。誰にも言わなければ、師匠は、死なないで済んだのに。レイヴンだって、こんな風にならなかったかもしれない。ああ、くそ。つくづく自分が嫌になる。どうしてこんなことばかりになってしまうんだ)
でも、今は、そんなことを考えている場合じゃない。こいつに、真鏡を渡すわけにはいけない。
(いや、でも……俺がレイヴンに勝てるのか?彼の方が格上の相手だぞ。彼に勝負を挑んで勝てたことなんて一度もない。誰かに助けを呼ぶか。ここで叫んだところで、声なんて届くのか。それに、ここにあるのは真鏡だ。神様になって永遠の命を手にしたい人間なんて、たくさんいる。大勢の殺し合いにでも発展したらどうする?くそっ。何弱気になっているんだよ。いや、勝てるかどうかなんて考えていちゃだめだ。勝つんだ。実力が足りないなら、戦いながら勝つ方法を考えるしかない)
ヨルドは、覚悟を決めて剣を強く握りしめた。
「お前は、神になんてなれない。その真鏡は俺のものだ」
そのまま全力で走りレイヴンに飛び掛かり、切りつける。しかし、剣を持っているレイヴンが冷静に反撃する。
レイヴンの攻撃は早く鋭いものであったが、ヨルドも彼の攻撃に必死で食らいつく。
しかし、ヨルドがバランスを崩した瞬間、レイヴンは、勢いよくバルコニーに飛び出して、2階から落ちていった。そのまま猫みたいにしなやかなに着地して、数歩よろめいたあと、ゆっくりと歩き出した。
「レイヴン‼」
(ちくしょう。早く追いかけないと……。でも、着地に失敗すると大けがをするかもしれない。だけど、追いかけないと真鏡が持っていかれてしまう)
ヨルドが窓から飛び降りる覚悟を決めた時「……奴を追うな」というかすれたフィオリの小さな声が聞こえた。
「でも、レイヴンが真鏡を‼」
「あの真鏡は……偽物だ」
フィオリは、気まずそうに目を逸らしながら、そう言った。
「どうして?」
まさかフィオリが、真鏡を自分のものにするためにすり替えたのか。そんなことをするとは思っていなかった。
「私がすり替えていたんだ。本物の真鏡は机の引き出しにある」
「どうして?」
「……悪い。私にも、どうしても叶えたいことがあったんだ」
フィオリのことを優しい人だと思っていた。少なくとも、ヨルドに対してえこひいきしてくれていた。しかし、それだけじゃなかったようだ。ヨルドの知らないフィオリだってたくさんある。真鏡のことなんて、話すべきではなかった。
「叶えたいことは何ですか?」
「……」
ヨルドが尋ねたが、フィオリは、話たくないというように唇を結んで、小さく首を振った。
「偽物だと気がついたら、レイヴンが戻ってくる。仲間を連れてくるかもしれない。早くここから逃げろ」
「でも、師匠がそのままでは」
「私は、どっちみちもう助からない。ここで私を置いていけ。真鏡を持って早く逃げなさい。はあ、はあ……」
話しながら、どんどんフィオリの息が荒くなっていく。
「ああ、そうだ。その剣は……お前が持っていきなさい。特別な剣だ」
そこまで言い切ると、フィオリの息はますます荒くなった。
額から、滝のように激しい汗が流れ落ちていく。血は、絨毯を染め上げながら広がり続ける。
「最後に……そこの……茶色の金庫にあるものを取ってくれ。……鍵はかかっていない」
フィオリは、震える右手の人差し指で金庫を指さした。
何か大事なものでも入っているのだろうか。
しかし、金庫の中に入っていたのは、金や宝石ではなく、ただの白い花の飾りがついた金できた簪だった。
「これですか」
「ああ、そうだ。持って、きてくれ……」
簪を運び、フィオリの右手にそっと置く。すると、彼は、愛おしそうにそれを握りしめながら目を細めた。
急にフィオリは、音を立てて息を飲み、窓に向って震える手を伸ばし始めた。
「どうしたのですか?」
そう尋ねるが、返事はない。
彼は、何かに向って最後の力を振り絞って手を伸ばしている。彼の青白い頬を音もなく涙が彗星みたいにスーとこぼれ落ちた。
「……エ……ザベス……。そこにいたのか……」
彼は、そこに誰もいないのに、懐かしそうに微笑みを浮かべた。
彼が笑うのを見るのは、初めのことだった。ずっと笑うことができない人だと思っていたのに、そんな顔をできることに驚いた。
もうすぐ彼は、死ぬとはずなのに、少しも悲しそうに見えなかった。むしろ死こそ最大の喜びとでもいうように、嬉しそうに涙を流す。涙には、血が混じり頬をつたう。
「ああ……今、行く……。ずっと……ずっと、逢いたかったんだ……」
彼は、幸せそうに、ゆっくりと瞼を閉じた。
伸ばされていた手は、力をなくし、血だまりに落ちていく。それでも、彼の右手には、簪が握られていた。
フィオリの机の引き出しには、大量の鏡が入っていた。もしかしたら、フィオリは、いつ真鏡を見つけてもすり替えられるように、こんな風に大量の鏡の欠片を用意していたのかもしれない。
月光に照らすと、すぐに真鏡がわかった。それを掴み懐にしまい、剣も腰に巻き付けた。そして、部屋から荷物をまとめると、真鏡が示した西へと馬に乗り進んだ。
1時間ほど馬を走らせている時、馬の脚が罠のようなものに引っ掛かり、ヨルドの身体が大きく空へと投げ出された。
「あっ……」
バランスを崩したヨルドは、地面へと叩きつけられた。幸い落ちた場所は、フカフカとした枯葉の上であったため、身体を怪我した様子はなさそうだった。
「いてて……」
腕をさすりながら立ち上がろうとした時、不意に強い殺気を感じた。
「こんな時間に獲物が引っ掛かるなんてラッキーだな」
辺りの茂みから、10人ほどの盗賊の集団が現れた。
「ガキが1匹か。すぐ殺せそうだ」
「ぐへへへへへへへ。あんたみたいなかわいい奴が泣き叫ぶ姿が好きなんだよ」
ナイフを持った男が、ニタニタと笑いながらヨルドの方に近づいてくる。
(まずい。周囲を取り囲まれた)
一人一人はそれほど強くなさそうだが、周囲を取り囲まれると戦いにくそうだ。
「死ねええええええええええええええええええええええ!!!」
大きな鎌を持ってきた男が、ヨルドに真っ先に近づいてきた。




