第17話 アルキン
くそっ。どいつもこいつも役立たずだ。
アルキンは、オシリスが戦っている時に、こっそり逃げようとしていた。
こんなところに来るんじゃなかった。モルスや、パピルスが一緒なら、死ぬことはないと、安心していたんだ……。
あんな化け物相手に勝つなんて無理だろう。早く逃げるしかない。
「なぜ、一人で逃げようとしているんだ?」
背後から、低い滑らかな声が響き渡る。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
振り向くと、ディアネロがすぐ近くにいた。
恐怖のあまり涙が出てきた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。許してください。僕は、無理やり連れて来られただけで、あなたを殺すつもりはなかったんです。本当です。許してください」
涙と鼻水を垂らしながら、必死で頭を下げる。
(ああ、何で僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。こんなことなら、騎士になるんじゃなかった)
だけど、他の選択肢なんてあったのか……。
生まれた時から、将来が決まっていた。
小さい頃から、期待されてばかりだった。
早く文字を覚えることを期待された。文字が覚え終わると、歴史や地理、数学ができるようになることを期待された。マナー、ダンス、剣術、社交、人脈づくり、ピアノの演奏、領地の把握……全てレイダー家の跡継ぎとして求められていた。
執事であったゲレン・ディスキンは、とても厳しく私が何かを間違えるたびに、「何度言ったらわかるんですか」と怒られた。しょっちゅう彼からは、「あなたの将来のためです」とばかり言われ、外で自由に遊ぶ時間すら制限されていた。
父親は、私が5歳になると「将来は、騎士になって名をあげてから、私の跡取りとなりなさい」と言った。私は、それ以外の道があったと大人になるまで気がつかなかった。まるで、レールの引かれた場所を歩き続けるように、ただひたすら言われた課題をこなし続けた。
騎士になるために、後ろ盾のない貧乏人に濡れ衣を着せることすらした。
この先も理想から外れてはいけない。騎士として出世すること。出世したら、結婚すること。結婚したら、今度は結婚式。結婚式をしたら、子供。子供の性別は、男の子で、跡取りになるくらいまで、立派に育てなければいけない。
いつも、理想の息子であることを期待され続けていた。
いつからだろうか。
そんな人生に、息苦しさを感じるようになったのは……。
少しだけ別の夢を見たことがある。絵を描くことが好きだった。将来は、絵を描く仕事がしたかった。
だけど、「そんなんじゃ、食べていけない」と否定されて、すぐに夢を諦めた。
それでも、好きなことを好きだという気持ちは消えなかった。
好きなことをたくさんして生きている人たちが羨ましかった。
憧れと嫉妬を胸にしまい込んで、自分の道を歩いてきた。
(父上の期待に応えたくて……。愛されたくて……。生まれてきたのが、僕でよかったと思ってほしくて……)
だけど、もっと自由に生きられたら……。
アルキンの瞳から、音もなく涙がこぼれ落ちた。
「さあ、雑魚一匹駆除だ」
ディアネロが、アルキンの首を跳ねる。
ブシャーと辺りに生暖かい血しぶきが噴水みたいに飛んでいく。
ディアネロは、頬の飛んだ血の味を確かめるようにぺろりと長い舌でなめ取った。




