9.悪夢の陰謀
扉を開けるとさっきの制服姿の男が立っていた。僕は思わず固まってしまう。男は優しく微笑みながら
「デイブは仕事をしないだろうと思っていたんだ。まあ、君からしたらあいつより俺の方がいいだろうから結果オーライかもしれないがね。」
そういうとついてこいというように進行方向に顎をしゃくる。男は歩きながら簡単な自己紹介をするという。
「俺は晴。この世界の主人だ。一部、管轄のものに任せている部分もあるがほとんど俺が作っている。ああ、あとさっきの部屋くらいだぞ。あんなに酷いのは。みんな気のいいやつばかりでね、君らもすぐに気にいるよ。」
この男は何を言っているんだ?世界の主人?ドリーマーとでもいうのか?もうだめだ、夢の中だからなんでもありなのだ。破綻している。
「あんまりピンときてないか。そうだな、君らのドリームランドではドリームイーターと呼ばれている男だよ。」
思わず立ち止まる。時間が停止したかのように何も聞こえない。ドリームイーター?目の前のやつが?であれば僕は攫われた?夢だよな?夢じゃないのか?眠っている間に攫われてこれが現実だとしたら?最悪の想像がどんどんと溢れてくる。男はシュッと背筋を伸ばし後ろに手を組み歩きコツコツと革靴の足音を小気味良く鳴らしている。ふと僕が立ち止まっていることに気づき振り向いてまた笑いかける。
「安心しろよ。俺はなにも攫った人間を全てを殺そうなんて思ってないんだ。ただ、協力して欲しくて仲間を集めてるだけでさ。デイブみたいなやり方は嫌なんだが協力的でない人もいるからああいうことをすることで気持ちが変わることもあるからな、しょうがないんだ。」
晴と名乗った男の目には虹彩がない。どんより暗く分厚い雲のようだ。何を考えているかわからない。気を抜くと吸い込まれそうだ。この男の話の何もかもがまともに頭に入らない。常軌を逸している。目的のためなら手段を選ばない人間に違いない。そうなれば僕らは結局殺される?ああ、夢であれば覚めてくれ。
都合よく悪いことが起こる前に(頬はすでに深く切られ血は止まらないが)目覚めてくれることもなく、椅子が2つあるだけの殺風景な部屋に通された。晴は片方の椅子に腰をかけ、正面の椅子に座れというように顎で椅子を指す。仗を地べたに置いてこくわけにもいかないので椅子に座らせてやる。ただ、全身力が抜けて上手く座らせることができず四苦八苦していると、晴はため息をつき
「優しいやつだ。そいつはもう抜け殻なのだから床にでも置いておけばいいのに。」
「と、友達らから…」
怖くて声が掠れてしまう、その上喋ると頬の傷が痛み上手く話せない。
「なら、そっちに座らせろ。」
気づくと僕の後ろに手すり付きの椅子があらわれていた。さっきまでなかった場所に現れた椅子に戸惑いつつも逆らう理由もないのでいう通りにする。仗をその椅子に座らせるがやはりちゃんと座らせることができず、手すりにもたれさせて落ちないよう維持させる。ようやく安定した仗を見て一度深呼吸する。晴の前に座りたくない。座ればことが進んでしまい殺されるかもしれない。だがグダグダしても機嫌を損ねるだけだろう。観念してできる限り遠くになるよう椅子を引いてオズオズと下を向きながら座る。
「少し遠いな。」
聞いた瞬間にゾッとする。できる限り離れたのがバレたか。機嫌を損ねないようにゆっくり顔を上げると今度はギョッとした。椅子を引いたはずなのに晴のすぐそばで座らされていた。声こそ出さなかったものの驚いて口を開き、また頬が痛む。
「あー、かわいそうに切られたとこが痛むんだな。悪いな、勝手なことをするやつなんだ。あいつのせいで何人無駄にしたか。人数も増えてきたしそろそろ切ってもいいんだがな。」
晴は僕の傷を見ながらぶつぶつ考え出した。怒らせたくないので大人しく待つ。すると、思い出したように僕と目を合わせる。
「すまんな、いくら俺の世界といっても人が増えると管理が難しくて色々考えることが増えるんだ。お前にはぜひ俺を困らせないよう働いてもらいたい。」
「…。」
返事をした方がいいのだろうが何も話していないのに協力することになっていて怖くて肯定も否定もできない。
「あぁ、頬が痛くて喋れないんだったな。だったら今は大人しく俺の話を聞いてもらえるか?頷くくらいはできるだろ?」
そう言われると頷くしかない。晴は満足そうに微笑むと語り始める。
「早速だが、お前はドリームランドに来てから喧嘩を見ることはあっても暴力的なことを見たことはないだろう。」
そう言われると朱里と拓斗が思い浮かぶ。小さな喧嘩こそよくしているが、殴る殴られるなど暴力的なことは聞いたことがない。2人とも大人しい気性だから当たり前と言えば当たり前だけど、実際他の人でも暴力的な行動を起こした人を見たことも聞いたこともない。
「ふん、その感じだと気づいてなかったみたいだな。お前たちの住んでいるドリームランドでは暴力は禁止されてる。だけどわざわざ暴力を禁止すると明言する必要はない。ドリーマーが住人達を暴力的な行動を起こすということ自体考えられないようにすればいいだけだ。そうすれば、元々そういう発想がない。そして未来永劫暴力に訴えることはないだろう。他にも色々操作されて考えれないことや出来ないことはたくさんあるんだ。それでドリームランドは秩序が保たれている。全てはドリーマー次第。お前の住んでいるところはまあまともで優秀な支配者と言えるだろう。」
突拍子もないことをツラツラと並べられて頭が混乱してくる。ドリーマーは人の人格形成や思想にまでは手を出さないはずだ。そんな…僕らは人間だ。想像で作られたイマジナリー達とは違う。そんなところまで手を加えるなんてどうかしてる!こんなやつの言葉を信じるのもおかしな話だが、正直思い当たる節はある気がする。
「困惑するのも無理はない。そもそも、ドリームランドの住民はドリーマーへ対する疑問なんか持たないように操作されているんだからな。お前が今疑問に思えている理由は簡単だ。ここはお前のいたドリームランドじゃない。俺が形成した世界だ。ただドリーマーとは違う。そんな枠組みには収まらない、ドリームそのものだ。」
普通に聞けば気が狂ったとしか思えないことを晴は語っている。何を言ってるのか本当にわからない。こいつの世界?ありえない。ドリーマーと複数の知識人達の力によって世界は作られている。一個人が他人を収容したり他のドリームランドに干渉することなどできるはずがない。そんなことが出来たらみんな好き放題に世界を操ってドリームランドはとんでもないことになる。だから、ドリーマーと知識人の管轄の下で暮らすことで秩序が保たれる。そうでないと、そうでないと…ここまで考えて気づく。
「だから…ドリームランドから人を攫って…ドリーマーが保っている秩序を破壊して…。」
そこからは言葉が出ない。晴を見るといやらしくニヤニヤしている。
「秩序を破壊して?俺がその世界の新たな支配者になるって?なぜそんな面倒なことをしないといけない?そんな安易な目的で動いてはいない。俺はドリーマーなんかには収まらないって言っただろ?俺の目的はマザーベースの解放だ。」
「マザーベース?」
僕の疑問に晴は呆れたような表情をする。
「ふん、本当にドリームランドの住人はお気楽なやつが多い。マザーベースが何かも知らないやつばかりだ。」
ぶつぶつ文句を言いながら睨みつけてくる。冷や汗が止まらない、何か正解を言えれば収まるだろうか?何か言え、何か言え。
「世界の知識を作ってる知識人達のことですか?」
頬はまだ痛むが流れる血が固まり流血は少し止まった。晴は驚いたような素振りを見せ
「そう、その通り。知ってるんじゃないか。いや、正式名称を知らなかっただけか。」
晴は立ち上がると制服の皺を伸ばし歩きながら話し始める。
「お前のいう知識人達はドリームランドすべての世界観を作っている。そのおかげでお前達は本来知り得ることのない知識、本やテレビの番組、道具や物なんかもそれこそ無限と言ってもいいくらい存在している。それで、お前らは現実と変わらない世界を送っているわけだ。わかるな?」
僕は黙って頷く。せっかく気分よく話しているんだ。口を挟んで気を損ねたくはない。晴は喋り方に熱が入り、演説しているように拳を握りながら続ける。
「では、その知識人達はどうやって暮らしている?そいつらの匙加減1つで世界が崩壊するんじゃないか?少し頭の回るやつならすぐそう考えただろう。実際に1番の問題点として上がった。結果どうしたか。世界を型作る英雄達と称されて集められた人間は何も知らされることなく。皆に讃えられ知識を提供した。しかし、知識人を迎えたのは残酷な結果だ。意思があるものは世界にエラーを起こしかねない。それならば意思を一切排除することで間違いを防止した。ドリーマーがしていることのもっと極端なバージョンだ。そんなことが知らされればマザーベースに志願する奴なんていなかったはずだ。お前らの理想のドリームランドは数多の犠牲の上に成り立っている!お前らと同じように新しい世界に希望を持って!お前らとその世界を守ろうとした人間達の上にお前らは立っているんだ!わかるか!?」
晴は次第に気持ちが昂っているようで恐ろしい形相で話し続けている。僕はこちらにいつ矛先が向くかと思うと恐ろしいのでできる限り存在を消すように動かないでいる。
「俺の恋人もいた!ああ、可憐…。彼女は優秀な学者だった!俺とあたらしい世界でまた幸せに暮らすために喜んで召集に答えたさ!その結果が意思を殺す?こんなことがあっていいと思うのか!?」
こちらに向かって怒鳴る晴に僕は怖くて動けないでいた。晴はその様子に気付きふと冷静になる。
「すまない。この話をするとどうしても感情的になってしまう。余計なことまで話してしまったな。あまり彼女のことは普段話さないんだが。理由が彼女のためと思われてしまうかもしれない。」
とまたぶつぶつ考え込み出した。晴の癖のようだ。正直想像してたような悪者ではない。どちらかというと普通の人間のように見える。しかし、彼の奥からは底知れない何かに対する悪意のようなものを感じる。狂人になり切っていないからこそ厄介なのかも知れない。晴はふと顔を上げるとまたニヤケ面に戻っていた。
「要するに、お前達の呼ぶドリームイーターである俺が何をしたいかだったな。お前が知りたいのはそうだろう?簡単なことだ。そして、この上ないほど人道的だ。俺はマザーベースの繋がりを断ち切って知識人達を解放する!それが俺にはできる。俺は唯一ドリームランドに干渉できる力を持っている。これは俺の意志の強さから得た力。可憐を…この世界のベースにされたもの達を解放するための力だ。それが俺の戦いだ…わかるか?」
晴の目はゾッとするほど冷たい目のはずなのに熱い意思を感じる。思わず頷きそうになる。しかし、回らなくてもいい時に限って頭が周り、いわなくていいことを言ってしまう。
「世界のベースを解放するってことはドリームランドが壊れるってことじゃ…。」
「もちろんそうなるだろう。だが、お前は心配する必要はない。俺の世界で生きればいい。マザーベースの人間も解放したら俺の世界に住まわす。意思が戻るかはわからないがな…。俺1人でも何人かとなら精神を結合して世界を広げられる。そこに住めばいい。何か問題があるか?」
どうでもいいことのように冷たく言い放つ晴をみてやはり何かが欠如していると確信する。僕はそんな相手にやめた方がいいのに思ったことがどんどん出てしまう。
「問題しかないじゃないか。残りのドリームランドの人間は?意思が戻る保証もないのに解放?何の意味があるんだよ。ただのわがままに付き合わされて何で僕らの世界を壊されなきゃいけないんだ!」
はっと我に帰る。完全に虎の尾を踏んだ。晴はひたすらに冷たい目で僕を見据えて言う。
「はぁ。やっぱり理解は難しいか。俺は世界を壊せるがドリーマーは防ぐ手立てがない。やつは支配権を持っているだけで自分で世界を作れるわけではないんだ。それだけ聞けばドリームランドが壊れてしまうんだから俺の仲間になるしか選択肢はないと思うんだが…ドリームランドはやっぱりお気楽なやつが多いな。もっと広い視点でものを見れないのか。毎回毎回話をするたびに期待を裏切られるは俺の身にもなってほしい。全く…。」
背筋が凍るようだ。ずっと文句を言ってうろうろしているが、目線だけはしっかりと僕をじっと見つめたままだ。さっきまであんなに言葉が出てきたのに、今度は息すらも出来ないほど苦しい。
「やはりデイブの言うとおりか。精神を壊し空にして人形にするしかないのか。」
僕を見ていた目がいやらしく湾曲する。
「そんな…やめてくれ。嘘だろ?勘弁してくれよ。あれはあんたのやり方に反するんだろ?そんなことしなくてもあんたの主張は理解したよ。だから、お願いだ。あんなことは…。お互いしたくないしされたくないだろ?」
涙を流しながら懇願する。みっともないがそんなこと言ってられない。凛と仗の姿を思い出し立ち上がり思わず晴から後ずさる。椅子を避け後退していくと、だらんと横にもたれながら座る仗にぶつかり悲鳴を上げながら足をもつれさせこけてしまう。そんな僕の哀れな姿を見て晴はニヤついている。
「デイブを呼ぼう。今度は喜んでお前を案内してくれるだろう。安心しろ、すぐに呼んでやる。」
そう言うといつの間にかあった電話に向かって歩いていく。こいつの言う通りなら支配者なんだから電話なんてしなくても呼べるはずだ。やはりこいつは狂人だ。表面上だけは普通の人間の皮をかぶっているが、本質はデイブと変わらない。人の痛みに共感できるくせにそれを自分の興奮と結びつけているクソ野郎だ。
「いやだ…いやだよ。僕は空っぽになりたくない…。」
言えば言うほど奴を喜ばすだけだ。それがわかっていても止められない。ガチガチ震えながらひたすらにこの場から逃げたい。逃げなければいずれにしても死んでしまう。逃げたい、出口だ。出口を探そう。だけど独立したこいつの世界でそんなものあるわけがない。でも、それがないと僕は死んじゃう。