デジャビュー
また同じ夢だ。凛が転がっている。そして目の前で仗が血まみれで繋がれている。何度観たとしてもこれはショッキングな記憶になる。しかし2度目で尚且つ見てしまうかもしれないという心構えでいたことで、少し気持ちを抑えてみることができる。
体を抑えている金具を振ってみる。取れる気配などない。諦めて目の前の仗に話しかけてみる。
「おい、仗。意識あるんだろ?大丈夫か?ここがどこだかわかるか?」
そう言って話しかけても反応はない。咽び泣く声が聞こえるだけだ。僕の声を聞いてか、奥から足音がする。暗闇から血まみれの男が出てくる。しかしこの男の血ではないだろう。もしこの男の血ならとっくに死んでいると思えるくらいの血がついている。夢の中だからなんでもありなのかもしれないが。奥から来た男はつけていたゴーグルを外すと、髪から垂れてくる血を鬱陶しそうに手で払う。前回の夢と違う、見るだけで悍ましいこんな男は出てこなかった。男は仗を見て満足そうにプププと笑いながら思い切り腹を殴打する。仗は少しうめいたがろくに反応を示さない。その様子を見て興味を失ったかのように僕をみる。僕は怖さのあまり漏らしてしまった。
「あれあれあれ?期待してた反応と違うなぁ。友達が1人死んでて首だけ転がっててもう1人が死にかけてるのに…どうしてそんな反応で済むんだろう?やっぱりこいつの前でも解体ショーした方が効率よかったかな?」
そう言って今度は不満そうに僕をジロジロ見つめる。よくみると薬指だけ異様に爪が長いと思ったが指に何かナイフみたいなものをつけているようだ。顔は血に塗れ隠れているが、典型的なマッドな人という印象ではないように見える。だけどそれがあっても補いきれない見た目の異様さ、全身血まみれで腰にはおそらくはらわたであろうものをぶら下げている。何か赤黒い本のようなものを広げながら仕切りにメモを取っている。
「失敗だ、こいつはほぼ無傷で空っぽになる予定だったのに…ああ、くそったれ!」
そう言ってナイフをつけた薬指で僕の頬を縦に切り付ける。
「あぁ、が、、、っつ!ぐぁ。」
いたい?夢の中なのに?これは夢じゃないのか?夢で痛いなんてあり得るのか?いや、それをいうとまず凛が死んでるなんてありえない。これはなんだ、なんなんだ。頬は焼けるように痛む。口の裏までうっすら切られているようだ。口の中に血の味がする。でもありえない。夢の世界で傷つけるなんて夢の中の夢の中だから?痛い痛い痛い…
痛さで泣き叫ぶ僕を見て男はゴーグルを付け直しながら口角をこれでもかと吊り上げてプププと吹き出すように笑い続けている。この時間が永遠に続くのかと思って絶望していると突然扉が開かれる。
制服のようなものに身を包んだ男がこの部屋に入ってくる。仗の様子と転がっている凛を見ると舌打ちをし悪態をついている。
「加減を知らん奴め。殺しては人員の補充にならんだろう。」
ゴーグルの男はその呟きに応じるようにプププと小馬鹿にするように笑い返している。ゴーグルを外すとまた目にかかる血まみれの髪を鬱陶しそうに払い、制服の男に話し出す。
「ふん、精神をおかしくして人形にするのが手っ取り早いと言ったのはお前だろう?だから最愛の女を殺してやって空っぽにしてやったのさ。そして向かいの男は親友2人の姿を見て心を壊していく。1人の犠牲ですごい効率じゃないか!」
「確かにそうは言ったが拷問のようなやり方は俺のやり方にそぐわないと言ってるんだ。」
「じゃあ、どんなのがお好みだ?どうやって早いとこ精神をすっからかんにする?話し合いでもすれば同調して仲間になってくれるのか?」
そう言ってまたプププと笑う。
「俺の世界で俺に舐めた真似をするとどうなるかくらい見てきただろ?お前も消されたいか?」
制服姿の男が凄むとゴーグルの男は少し動揺する。
「冗談じゃねえか。人を殺しちまってハイになってだだけなんだよ。な、許してくれや。そうだ、いいもん見してやるよ。俺の日記帳だけどな、そこに転がってる女の背中の皮で表紙を作ったんだよ。これぞほんとの背表紙ってな。どうだ、いい肌触りだぞ?触るか?」
そう言って制服の男に日記帳を差し出すがその手を叩かれる。
「お前の娯楽などに興味はない。気持ちが悪い。いいからその生きている2人を私の部屋の隣に移せ。私から話をしてみる。」
そう言って踵を返すと、ゴーグル男は聞こえないように舌打ちをしながら僕と仗の拘束を解く。拘束を解かれた時にバランスを崩し倒れ込んでしまう。血まみれの床だ、思わず閉じた目をゆっくり開けると間近で凛の顔を見てしまう。生前の凛では考えられないような酷い顔だ。何か薬をキメてハッピーにでもなったような顔だ。あんなに優しかった凛が今あられもない姿で、いや頭だけで存在してるのだ。血の生臭さとショックで思わず吐いてしまう。
ゴーグルの男は仗も解放すると早く立ち上がれと僕の腹を蹴り上げる。殺される。なんで僕は夢の中でこんな思いをしないといけないのか。僕は立ち上がると痛む頬を動かさないようにしながら無表情で歩き出す。そうすると後ろから蹴り倒され怒鳴られる。
「おめえ、このボロ雑巾も持って行けや!誰が運んでいくんだ?俺か?俺なのか?てめえの足と腕はなんのために残ってんだ?全部切り落としてやろうか?」
僕は涙を流しながら首を横に振ったり縦に振りながら仗に近づき担ぎ上げる。ゴーグルの男はフンと鼻を鳴らしまた奥へと去っていった。