清算
扉を抜けると何もない部屋.
いや、部屋というよりも空間と言った方が正しいのかもしれない。
全面真っ黒に染め上げられたような、はたまた透明度の高いガラスに囲まれた部屋で星も何もない宇宙に投げ出されたような空間だ。
左を見ると晴が扉を抜けた勢いのまま何かにぶつかってかなりの傷を負っているようだ。
「何を…した…。力が…ない。俺の力が…!なにをした!!」
頭から血を流し手は上がらないようでぶら下げているような状態だ。
かろうじて歩けはするようで取り乱しながらこちらに近づいてくる。
その姿に僕は怖くなり後退りをする。
そんな僕の手をルカが握ってくれる。
「大丈夫。指示通りなんもできへんように設定したから。」
ルカの手は暖かい。
ルカが大丈夫と言えば大丈夫なんだろう。
しかし瀕死とも言える状態の晴からは今まで以上の気迫を感じてしまい、心のざわめきは消えない。
よろよろと僕らに近づく晴は何かにぶつかり、うめきながら後ろに倒れる。
「一応境も作ったからもうほんまに何もできひんよ。最後になんか話すことがあるんやろ?でも一つ先に言わせてな。うちは復讐に生きた人は見たくないで。」
そう言ってルカは僕を見上げる。
僕は静かに頷き
「復讐は…する気はないよ。けど、こいつは生かしておくとドリームランドがまた脅かされる。でも殺したくない。からこの方法を選んだ。いずれ死ぬかもしれないけど…もう直接手を下したくはない。」
そう言ってうめきがなかなか立ち上がれないことに対する怒声に変わり始めた晴の元に歩いて行く。
「ついていこか?」
ルカは優しく声をかけるが僕は振り向かず首を振り手を離す。
晴の目の前にくると手を伸ばして見えない壁に当てる。
晴は顔を壁に当てながらなんとか立ち上がり僕を下から睨みつけている。
「何をしたって言っているんだ!はあ…はあ…。なぜ能力が使えない?くっ、傷が塞がらない!このままでは…死ぬ…。助けてくれ…。」
何回も会っているわけではないがこんな晴は初めて見る。
いや、おそらく誰も見たことはないだろう。
「ルカ、死なない程度に傷を。」
そう言うとルカは戸惑った様子で
「ええんやね?」
と言う。
「殺すことが目的じゃないって言ったろ?」
そう言って半分振り返り微笑む。
「でも、治すわけじゃないから死ぬ可能性もあるで?」
「どっちにしてもこのままじゃ死ぬんだ。可能性がある方がいいだろう?」
そう言って晴を見ると黙って頷いて僕を見上げている。
恥も外聞もない状況だが、僕も似たようなものだ。
晴はまだ心配しているが頭の出血など血が出てる部分を治すと深い傷は跡になるがそれ以外は綺麗に塞がる。
「すまない、感謝する。できれば折れた腕なんかも直して欲しいんだが…。」
そう言って情けなく僕に懇願する。
「いや、死なないだけでも十分だ。これからお前に何をしたか説明する。最後の別れになるだろうからちょっと話をしよう。」
そう言うと晴は黙って頷いて大人しくしている。
実際は大人しくしてるように見せて何かをしようと必死に頭を使っているのかもしれないが。
それならばと最初に希望を挫いてやる。そうすれば話をしっかり聞くだろう。
「まず一つ言うとこの部屋にいる人間はドリームイーターの力は使えない。僕もお前も無力な人間にすぎない。だから何かを企むのはやめて話を聞いてくれ。お前と話すのは最後になるし種明かしをしないとお前も気持ちが悪いだろ?」
晴は僕の言葉を聞いてぶつぶつ何かを言っている。
「…能力がつかえない?そんなわけがない。それならやつはどうやって出る?穴があるはずだ。考えろ。」
余裕が微塵も感じられない晴は考えがダダ漏れになってしまっている。
「じゃあ、まずはそこからだな。僕はさっき人間はって言った。要するに人間じゃなければ使えるんだ。ルカはイマジナリーだ。これで理解できたか?この設定で新しく空間を作ってもらってお前を閉じ込めた。どうやってここに連れてくるかが問題だったけど冷静さを失うと人間ダメだな?重力の方向は一方向限りそして方向を変えるにしても一瞬とはいかない。ならば隠しながら扉ごとお前に向かわせればいい。そんな単純な作戦だったんだよ。」
そこで一度息をついて目線の高さを合わせるために中腰になる。
晴の顔は怒りに満ち溢れ僕を睨みつけている。
ああ、僕は随分と性格が悪くなってしまったようだ。
その様子を見ると少し喜びを感じる。
ルカには見て欲しくない姿だけど僕らは二心同体。
その心はいまや混ざり合って僕の感情にも気づいているだろう。
「復讐のためじゃないって思いたいんだけどな。お前のその姿を見るとなんだか胸がすく思いってこう言うことなのかなって思うよ。」
晴はもはや怒りで我を忘れて言葉が出ずずっと唸りながら涎を垂らし続けている。
「ずっと苦しめられ続けてきた相手がとうとう僕の手で対峙できる。物語なら英雄で晴々とした顔で帰るんだろうな。でも、実際経験してみるとなんだかこっちも悪いことをした気分になるもんなんだな。」
そう言って睨みつけてくる晴の目から目線を逸らしまた立ち上がる。
「いつまでもそんな状態のあんたは見たくはないし本題に移らせてもらう。あんたの掲げた理想は立派だった。やってることは自分勝手とは言え恋人が意思を無くされて利用されれば僕だって同じことをしてたかもしれない。けど僕は当事者じゃない。あんたが自分勝手を通そうとするなら僕も通させてもらう。僕はこのドリームランドを崩壊させたくはない。だからあんたが恋人を解放しようとするのを止める。そしてそんなことができないようにさせてもらう。」
本当に自分勝手だ、僕らは。
ああ、晴が僕をもう少しで殺せると言う時に涙を流した理由がわかる気がする。
とてつもなく虚しいのだ。
自分勝手な想いがぶつかり合って決着がついた時、こんなにも波が立たなくなる。
それどころかあったはずの潮自体が無くなってしまったような感覚に陥っている。
やっと会ってからの色々な出来事が頭をよぎる。
やっぱりこいつは許せない。
だけど、こいつをどうにかしたところで戻ってはこない。
ただ、ドリームランドが救われるだけだ。
なんのために僕は戦ったんだろう?
そう考えて涙が頬を伝う。
気づくとルカはまた僕の手を握ってくれていた。
ああ、そうだ。
ルカがいなくなってからは復讐に取り憑かれかけたが打算的に近づいてきているくせに僕のことを気遣って生きることへの執着を思い出させてくれたような奴らが2人くらいいる。
そいつらを助けるためだけでも十分やりがいはあったか。
そう思うと干からびていた僕の心に涙と同じ暖かい感覚が戻ってくるのを感じる。
晴はそんな僕らを睨みつけ鼻息を荒くしてどうにかなりそうになっている。
「そろそろ終わりにしよう。僕らは世界を傷つけすぎたよ。もう2度とぼくらのような破壊者はいてはならない。ドリームイーターはこの世界にはいらない。混乱を生むだけだ。必ず僕にもツケは回ってくるだろう。もう僕は荒らしたりしない。受け入れる。だけどお前はこの世界にいる限り世界を滅茶苦茶にするだろう。だからお別れだ。僕の力の一部を失うことになるかもしれないがお前にこの空間を最後にやるよ。そしたらこの空間から僕らが出た後は、ドリームランドから切り離す。そしたら未来永劫精神世界を漂うことになるだろう。人間1人でいたら狂うらしいから気をつけてくれ。精神体で好き放題できても狂うらしいからな。」
今ならその気持ちがわかる気がする。
1人で散々好き放題やった後にくる感情は虚しさだ。
それが積み重なれば狂った方が楽になるのかもしれない。
「ふざけるな…ふざけるな。私は負けてない。殺してやる。今すぐ地面にめり込ませて頭をスイカのように破裂させてやる。楽に死なせてはやらない。何度も何度も同じ経験をさせてやる。狂わせない。一生正気のまま殺し続けてやる。」
そう言って膝をつき見えない壁に頬を押し付け僕らを睨みつけて口を切ったのか口から涎と共に血を流している。
「それは叶わないよ。お前は能力が使えないまま精神世界を漂い続ける。さよなら、晴。2度と会えないと思うと悲しくはならないけど少し寂しい気はするよ。」
そう言ってルカの手を引いて後ろを向く。
晴はずっと後ろでぶつぶつ恨み言を並べ続けている。
呪いとも言えるその言葉を背に受けながら僕らはドリームランドへと帰っていく。




