イマジナリーフレンド
夕焼けに染まる空の下、
「んじゃあ、そろそろ帰るか。」
という仗の声に、僕も立ち上がる。まだ遊んでいたい気持ちはあるが、寂しがり屋と思われるのも癪だ。凛だけが、座ったまま思い出したように不安そうな顔で僕らを見上げた。
「あんた達、勝手に消えないでよね。」
その目は、少し潤んでいるようにも見える。
「安心しなよ。仗と僕は戦争が起きたって最後まで生き残ってるさ。」
今日の授業を聞いていても、そんな確証のない自信があった。仗も胸を張り、
「当たり前だろ?返り討ちにしてやるよ!」
と応える。凛は優しく笑う。普段は男の話題にもついていき、あまり女の子らしくない面をよく見ているだけに、こういった一面を見るとドキッとしてしまう。それを悟られる前に、僕は言った。
「それより、凛の方が心配だよ。仗が送っていくからさ、安心しな!」
仗は驚きながら
「おいおい、勝手なこと言うなよ!」
と僕のパスを見事にスルーしようとするが、逃さない。
「凛も仗と一緒なら怖くないだろうし、こいつならドリームイーターを逆に食べかねないだろ?」
そう笑いかけると、凛も笑いながら
「確かにね、道端に落ちているものでも食べかねないやつだもん。むしろ逆に私が仗に襲われないかの方が不安だわ」
と返す。
「おいおいおい、俺にだって選ぶ権利はあるんだぞ?」
とドギマギする仗の様子がおかしい。また仗が変なことを言わないうちに、僕は二人を帰り道に押し出し、手を振って見送る。後ろから見てもお似合いの二人だ。僕は友達として二人に幸せになってほしい。きっと両片思いに違いないんだから!
僕もニヤニヤしながら家路につく。最初は僕も凛のことが気になっていたが、彼女が仗と一緒にいる様子を見てからは、二人が一緒に楽しくしているのを見る方が嬉しいことに気づき、それからずっと後押しをしている。なかなか煮え切らない二人だ。
ふと空を見上げると、夕焼け空に熱い雲がかかり、いつものオレンジ色ではなく紫がかった空になっている。不気味な空で、不意に一人になった寂しさが襲ってくる。怖くなってきた僕はイマジナリーフレンドのルカを出す。これは人との関わりが苦手な人も一人にならないように作られたものだ。僕は別に苦手ではないが、親友として僕一人の時に一緒にいてもらうことが多い。おそらく、角を曲がれば現れるはずだ。ルカと名付けたこの子は、流暢な方言で馴れ馴れしく話しかけてくる。
「どうしたん?珍しい。あんま外で出くわすことなんてないのに。」
いつでもにこやかに明るく話すところがこの子の良さだ。見た目は可愛いと言っていいだろう。髪を後ろに一つ留めてポニーテールにしている。見た目も溌剌とした女の子でどこに出しても恥ずかしくない。しかし、この地方の方言が好きで設定したのがバレたくなくて、自分の部屋でしか出さない。なんとなく恥ずかしい。何も言わない僕に首を傾げ、返答を促す。ため息をつきながら答えてやる。
「最近ドリームイーターってのが出るんだよ。だから一人で歩くよりイマジナリーフレンドでも一緒に歩いた方が安心だろ?」
僕の想像からできた相手に言い訳していると思うと悲しくなってくる。だけどイマジナリーフレンドを相手にこういった感情になるやつは多いだろう。ルカはなんの含みもない笑顔で微笑む。
「なるほどな!確かにそらそうやわ。今んとこ一気に何人も集団で人がいなくなったとかも聞かんしな。一緒におったら安心やな!」
「そういうこと。」
僕は素っ気なく返事する。正直ルカは僕の完璧な理想の女性だ。男を立て、ずっとニコニコしている。癇癪は起こさないし、僕を責めたり何かに急かしたりもしない。寂しいやつと思われるかもしれないけど、自分が作ったイマジナリーフレンドと一緒にいるだけでも案外幸せだ。これも言わないだけで、結構な数こういう人はいると思う。ルカは完璧に僕の望み通りに動くわけではない。そんなものお人形遊びと同じですぐ飽きるだろう。しかしここは精神の世界、思想の世界と言ってもいい。いろんな思想などを取り入れることで自然な立ち振る舞いができるのだ。もちろん少し、ほんの少しだけ自分好みにカスタムしているところはあるが、普通の人間と遜色ないのがイマジナリーフレンドのいいところだ。
「今日は何してたん?」
ルカは鼻唄を口ずさみながら楽しげに聞いてくる。
「別に、いつも通りだったよ。授業受けて友達とだべってただけだね。」
「ええやん、今日もいい1日過ごしてるやん。」
ルカと話すと前向きになれる気がする。さっきまで空模様が不気味で怖がっていたのが嘘みたいに気持ちが軽くなった。やっぱりルカはいい友達だ。
ルカと他愛もない話をしているうちに家に着いた。家にいる時は基本ルカを出している。一緒に帰ることはあまりないので、いつもと違って少し同棲気分を味わえる。
「今日の晩御飯は何がいいかな?」
気分が上がってつい聞かなくていいことを聞いてしまう。
「んー、今日はちょっとええもん食べよか。冷蔵庫に色々入ってるし明日のパンもあるから買いもんにはいかんでええな。」
ニコニコしながらルカは楽しそうに話す。明日のパンというのはこの地方の方言でよく使われる言葉で、朝ごはんのパンを意味している。
「いいね、今日は牛肉が食べたいな。ちょっと肌寒くなってきたしすき焼きでも食べようか。」
「ええやんええやん、精のつくもんいっぱい食べよ!」
本当は買い物に行く必要もないし、ご飯を作る必要もない。それどころかご飯なんて食べる必要はないのだ。けれども精神体になっても人間的な生活をしないと腐っていく。それは怠惰な生活をしていた自分がよくわかっている。
そうしてご飯を食べ、二人でゲームをしていると夜がふけて眠くなってきた。さすがにイマジナリーフレンドとどうにかなりたいとは思っていないので、寝る時は帰ってもらうことにしている。
「ルカ、今日はありがとね。おかげで嫌なことを忘れられたよ。」
そういうとルカは満面の笑みで答えてくれる。
「そらよかった!今日会った時は元気なかったから心配やったけど安心したわ。ほなね!」
そういうと立ち上がり玄関に向かっていく。また明日、とお互い挨拶を交わしてルカは出ていき、僕はそれを見送る。その場で消えることもできるのに、ルカはあくまで自然に立ち去ることを選んでくれる。ルカが本当の人間ならどれだけ良かったかと思いながら床につく。冷静になってはいけない、虚しくなるから。そう思いながらウトウトと、ドリームランドでまた夢の世界に落ちていく。