理想のヒーロー
リックたちが去った後、扉は一応残したままにしておく。
何があるかわからない。
もっとも、ドリームランドで決着をつけるよりこっちの世界で決着した方がいいに決まっている。
薄い膜同士が押し合っている面はさらに大きくなっている。
まるで風船同士をぶつけ合って今にも割れそうな雰囲気だ。
ここでケリをつけたい。
僕だけに世界の命運はかかっている。
仗、凛そしてルカ…。
他にもたくさんの犠牲者たちがいる。
彼らをそして僕を平和な世の中から弾き出し血に塗れた道を歩ませた張本人との最終戦だ。
今まで僕はやられっぱなし。
デイブとの戦いだってやつにとっては負けではない。
ただの余興でしかないのだ。
しかし今回は僕を完璧に潰そうと直接領域にやってきた。
今日のうちにどちらかが死ぬだろう。
僕の世界はもはやいつ割れてもおかしくない。
どうなるかわからないが臨戦体制は整えておく。
世界をアスファルト張りにし煙をたく。
戦う時には使い慣れているものに囲まれていたい。
とうとう膜同士が限界まで張り付いてる様子が見える。
喉がカラカラだ。
張り付く喉がとても不快ですぐさま喉を潤す。
それでも鼓動は早く落ち着くことはできない。
割れるかと思われた膜は合わさっていた面がなくなり世界同士が繋がる。
「すまないな、思ったより時間がかかってしまった。」
そういうと晴は逆さまに僕の世界に飛び込んできて向きを戻し浮いたまま僕を見据える。
「お前のことなんて誰も待ってない。ずっと自分の世界から出てこないで革命家ごっこして欲しいとみんな思ってるぜ。」
僕はフンと鼻を鳴らしニヤついて見せる。
「そんなこと言うもんじゃないぞ?今日はお前に唯一助かる方法を選ばせてやろうとわざわざお前の世界を探して繋げたんだぞ?自分たちの世界で戦ってもドリームイーターはキリがないからな。だから話し合いだ。」
晴は悲しそうな顔をしているがどこか馬鹿にしている様子があり僕の気持ちを逆撫でする。
「どんな条件でも呑むつもりはない。それにキリがないならこの世界にお前を縛り付けておけば実質何もできないわけだ。」
晴はフフフと笑い
「まあ、そうとも言えるしそうでないとも言える。とりあえず話を聞けよ。全て俺の勘違いだったんだ。お前を過小評価していた。まさかお前に一泡吹かされると思っていなかったしな。」
そういって地面に降りて続ける。
「煙はあった方がいいのか?全然いいが、俺は礼儀知らずではないのでな。ちゃんと顔を見て話したい。」
どうでもいいことをずっと話して何かを用意しているのか?
晴をこの世界に留めておくなら扉があるのはまずい。
すぐに消す作業に移る。
晴はそんな僕に気づいているのかいないのか本題に入ると言い出す。
「お前のイマジナリーの女の名前はなんだったか。散々邪魔してくれた女だな。俺はあいつこそ特異なドリームイーターだと思っていた。お前に力を分け与えていたしな、そんなこと俺にはできない。お前に力を吸収されるまではそう考えていた。だが違ったんだ。お前だったんだよ。力を分け与えていたのは。あの女はただのお前の願望でしかなかった。お前が望む時に現れて望むことをする。」
「て、適当なことを言うな。お前の想像を押し付けてくるな!」
嫌な話だ。
聞きたくない。
ルカを冒涜するな。
彼女はドリームイーターになって存在を確立したんだ。
そう言いたいが言葉が出てこなくなる。
晴はいやらしく顔を歪めニヤつき出す。
「そう、お前も薄々感じていたんだな。無意識のうちに考えていないことにして奥底にずっと隠していた。お前のイマジナリーはイマジナリーでしかなかった。お前があの女こそドリームイーターでありイマジナリーではなく一個人として俺たちと変わらない存在になるように願ってできた存在なんだ。」
晴の顔は目と口の端がつながりそうなくらいニヤついている。
「違う、違う違う違う違う…。」
こいつは頭がおかしいんだ。
敵の話を間に受けるな。
すぐに攻撃しろ、殺せ。
こいつが何か言う前に。
そう思いながらも体が動かない。
手足が痺れて呼吸の仕方がわからなくなって膝をつき倒れ込んでしまう。
「あの女が死んだのはお前が望んだから。世界を救ってくれ〜、僕は力がないから君に頼るしかない〜、ってな。そうして俺たちに挑ませてお前はまるでヒーローのように現れた。だが、俺はそれを知っていた!見たんだよ、お前が転がりあの女が燃やされ尽くすのを!」
笑いが止まらないと言うようにとうとう僕の目の前まできて両手を広げてクルクルまわっている。
「最後まで助けてくれたよな?あの女は健気だなぁ。でもそれはお前が死にたくないからそうするように願ったにすぎない。世界の命運なんて荷が重すぎるからイマジナリーに背負わせてずっと助けてもらう方が楽だからな。だが、それだけがお前の能力ではなかった。」
晴はすんとバカ笑いをやめ真顔になる。
「お前はイマジナリーに能力を行使させただけでなく、俺から能力を強奪した。言い方が悪いな。能力が使える活動時間を奪っていった。忌々しいことにあの時は逃げるしかなかった。お前は気を失っていたがまた何をするかわからなかったからな。だが、お前から出た光はお前に戻ることなくどこかにいったようだ。なんなんだ?あれは。お前は何か私とは違って特別なのか?」
晴は咳払いをして一度間をおく。
僕はそれどころではない。
知っていた。わかっていた。
知らないことにした。そういうことにした。
ルカは僕の理想であり続けるように…ずっと僕がそうしていた。
深層心理では理解していた。
それを突きつけられ息ができない。
知っていたのに知らなかったことになっている自分にショックを受けている。
横になり涎を垂らし必死に息をしようと試みているがうまくできない。
その様子を憂うかのように晴はかがみ僕の頬の傷跡を指の甲でなぞる。
「かわいそうに、お前は知らなかったんだな。全てを知っているお前はお前を騙し続けていたんだな。俺の元へ来い。そうすればもう何も考えなくてよくしてやる。お前は俺の指示に従って動くだけで良くなる。そしてマザーベースを解放すればお前は何も、誰も邪魔しない空間で1人になって狂うことができる。そうすればもう本当に何も考えれなくなって楽になれる。」
楽になる?
僕を殺そうとしていたやつの言葉だ信じるな。
でもこれ以上苦しみたくない。
殺してくれ、もう考えたくない。
なのにどんどん本当はわかっていたことが溢れてきて何度も僕にぶつかってくる。
晴は思い出したかのようにまた話し出す。
「そうだ、お前は愚かにもドリームランドを覗き込んで、痕跡を残し俺との接点を作ってしまったわけだが。お前の思い出深いところを教えてくれたやつがいるんだ。お前の友達2人だ。名前はなんだったか。聞いたんだがな、一回ではすぐ忘れてしまうな。お前が初めて俺の世界に来た時に一緒にいた女と男だ。」
そういうと晴の隣に凛と仗の姿が現れる。
凛が悲しそうに僕の顔を覗き込み頬に手を当て、仗はにこやかに僕の肩に手をおく。
「大丈夫?もうなにも心配しなくていいの。私たちが一緒にいる。」
凛は最後に会った時と変わらない優しい口調で語りかけてくれる。
「なんだよ?その姿は雨の後のミミズの方がまだマシだぜ?ほら起きろよ。俺らと帰ろう。」
涙が溢れてくる。
2人ともあの時と変わらないようだ。
優しさに溢れた凛、ユーモアを交えながら励ましてくれる仗。
僕の知っている彼らだ。
しかし、僕の中の圧し殺し続けていた部分が警鐘を鳴らし続けている。
こいつらは本物ではない。
晴の作り出したイマジナリーだ。
殺さなくてはいけない。
リックがゴラムが本物の仗が…世界を救わないと彼らは死んでしまう。
それにゴラムは言っていた。死んだ人間を蘇らすのは結局そのものを殺すことに繋がると。
僕の奥の方からグツグツと怒りを蓄積して火山が噴火を待つように今か今かと飛び出そうとしている。
晴は僕を覗き込んで様子を窺っているが僕の様子を見て楽しんでいるのをもう隠す気もない。
こいつは狂っている。
仲間になるなんてありえない。
仗と凛を愚弄している。
不意に2人とは違う手が僕を無理やり立たせようとする。
晴のニヤケが最大級に達しおよそ人間とは思えないような顔になる。
振り向くとルカがいる。
しかし、彼女ではない。
目を空にし僕を立たせて
「うちを殺したんはあんたや。あんたは報いを受けなあかん。死ぬか、晴の元で絶望を味わわないと釣り合わへん。」
そう言って僕の目を覗き込んでいる。
ふつふつと噴火を待っていた僕の奥の方から激情が溢れ出す。
周囲のアスファルトは溶け出し僕の周りを囲む。
3人を弾き飛ばし、棘のように突き出したアスファルトを固め突き刺す。
偽物とわかっていても涙は止まらない。
「なんで…?また…うちらを…殺すん…やな…。」
そう言って3人は生々しく血を口から吹き出しながら倒れる。
晴はその様子を見て満足そうに頷くと
「ふむ、交渉決裂だな。だが、楽しませてもらったよ、ありがとう。」
「ふざけるな!」
僕はそう言って晴の足元から液体のアスファルトを一斉に巻き上げて包み込み固め圧殺しようとする。
晴はバカにしたようにアスファルトから手を出すと横に振り払い体中からアスファルトを弾く。
「言っただろう?自分たちの世界同士では決着はつかないと。だが、精神攻撃なら効く。だからお前を追い詰めて空にしようと思ったんだがな。イマジナリーを出したのは蛇足だった。だが、最高に楽しかったのでよしとしよう。」
ニヤつく晴は僕に向かって手のひらを向ける。
何かを仕掛けてくると思い、前方にアスファルトを固め防御する。
しかし、前方でなく後ろに引き込まれる。
「決着をつけないとな。ドリームランドに行こう。お前のその激情と俺の悲願どちらが勝っているか決めないと。お前がいる限り俺の悲願は達成されないし俺がいる限りお前の望む平和は訪れることはない。殺し合いだ。さあ、行こう。」
その声を聞きながら突如として後ろに現れた渦に吸い寄せられる。
それに抵抗しながら自分でも何を言っているかわからないが晴を口汚く罵っていると目の前にアスファルトの壁を避け晴がやってきて僕を押し込んでいく。




