瓶底
角を曲がる。
目の前にはいつものピロティに友達が待っている。
遠くからでもわかる。
ドリームランドにくる前から親友の仗、その仗と両片思いの凛、そして僕の最愛の人ルカが楽しそうに話している。
よかった、僕の勘違いだった。
みんな僕を待ってる。
先に行ってしまったかと思ったけどこんなとこにいたのか。
僕は嬉しくて駆け寄ろうとするが3人は立ち上がり背を向け歩いていく。
待ってくれ、僕はここだ。
みんなを助けるために頑張るから待ってくれ。
声が出ない。待ってほしいのに見向きもしてもらえない。
僕は失ったのだ。
大事な人みんなを。
最悪な気分だ。
大切な人を全員殺されたのに僕はのうのうと生きている。
もう生きる意味がないのに目が覚めてしまう。
現実を受け入れられず叫ぶ気力もない。
僕は上半身を浮かせた状態でどこかに連れて行かれているようだ。
晴の世界に連れて行かれたのか。
そしてデイブに殺される。
今ならその死は受け入れられる。
それどころか安心をもたらしてくれるだろう。
僕を引きずっている人間のあらい息遣いが聞こえる。
拷問部屋まで連れてこいと言われたのだろう。
1人でやらされるなんて不憫なやつだ。
もうどうだっていい。
自分の足で歩くからさっさと殺してくれ。
引きずられながら今までのことがどんどん脳裏に浮かんでいく。
今までずっと僕を助けてくれたルカはもういない。
誰も助けてはくれない。
何もする気は起きないが目から勝手に涙が溢れてくる。
「泣いてるのかい?」
こいつはどうやら人形になっていないタイプのやつらしい。
「大丈夫、君は僕たちが保護する。あいつは…晴はマザーベースを解放するなんてバカだ。」
僕の返事は必要としてないらしい。
勝手に話し続けている。
「ドリームイーターこそ救いだよ。君は救世主なんだ。僕は世界からの解放を望んでる。こんな世界続けても意味がないんだ。」
何を言ってる?
晴を否定しているのか?
こいつは何者だ?
気になって見上げる。
息を切らして顔中汗だくだ。
特徴的な分厚いメガネには見覚えがある。
「僕たちは地球と死ぬべきだった。だけど意識が矯正されてて気づけなかったんだ!君のおかげで僕は正解に気づいた。君は僕らにとっての救世主なんだよ!」
息を切らしてとうとう僕をおろし立ち止まる。
壁に手を当てて休憩をしている男は瓶底リックだ。
どうやろこいつは僕を利用して世界を壊そうとしてるらしい。
そのために助けようとしているみたいだ。
「…勘弁してくれ。僕はもう…死にたいんだ…。」
「な、何を言ってるんだい?君には使命があるだろ?僕らをこの世界から解放して本当の地球で死なせるんだ。それが終わるまで死ぬなんて許さないよ。」
うるさい。
どうして自分の都合だけでこいつは話してるんだ。
今のボロボロの僕が見えないのか。
確かに使命ならあった。
凛と仗を取り返さないといけない。
でも1番やらなければいけなかったルカを守ることができなかった。
そんな僕に何ができる?
今まで何一つ上手く行った試しがない。
もう死んだ方がいいんだ。
リックは改めて僕を引きずろうとする。
その手を払い、睨みつける。
「僕にはお前のために動く理由はないしもう何かをする気もない。それに僕はドリームイーターじゃない。世界を壊そうとしているのは晴だ。そして力があるのはルカだ。僕はただの無能だよ。」
僕はもう空っぽになりたい。
何も考えない人形になりたい。
そうすればこれ以上辛い思いをしなくて済む。
リックは汗でずれたメガネを直すと
「き、君が辛い状況なのは見てたからわかる。自分勝手にお願いするのは申し訳ないと思うけど君は無能じゃなかったよ。最後に君から何かが出ていって晴から力を奪い取ったみたいだった。力が使えないとか、戻って回復しないととか言ってたから君が何かやったはずだよ。それに君を庇って死んだのはイマジナリーフレンドじゃないか。それならいくらでも出すことができるだろ?」
リックの言い草に一気に頭に血が上る。
首に腕を押し当て壁に向かって叩きつける。
「ルカをバカにしてるのか?彼女はイマジナリーフレンドの域から出てたんだ。1人の人間として生きていた。世界を壊さないように自分を犠牲にしてまで動いていたんだ!」
リックの顔色はみるみる青ざめ僕の腕を弱々しく掴んでタップする。
僕は我に帰りリックを離してやる。
解放されたリックは咳き込みながら必死に酸素を求めて呼吸している。
「もしお前の言うとおり僕にも能力があるんだとしたらお前は言葉を選ぶべきだったな。僕はお前を殺せるんだぞ?」
リックはまだ正常に戻らない呼吸のままゼェゼェ息を吐き、必死に頷いている。
ずっと死を望んで感情は死んだと思っていたが、僕にはまだ激情に駆られるくらいは残っているようだ。
リックの言うとおりその気になればルカを出すことはできるかもしれない。
でもおそらくだが僕の愛したルカはもう現れることはないだろう。
ドリームイーターになったルカはもはやイマジナリーにはあるまじき成長を遂げていた。
誰かに造られた存在ではなく自分の意思を持った個として存在していた。
そんなルカを僕の想像から出すことは不可能だ。
できないと思えばできない。
それがドリームイーターの力だと思う。
リックはようやく喋れるようになったようだ。
「ご、ごめんよ。言葉が過ぎたよ。何も知らないくせに余計なことを言った。」
悪気がなかったことはわかるがやはりこいつのことは好きになれない。
「もういい、僕はお前を痛めつけた。それでもうどうでもいい。」
「じゃ、じゃあさ、これも似たようなことだし解決にならないってことはわかってるんだけど聞いてくれないかい?」
「解放がどうこうって頭のおかしなことをまた言うようならお前をネズミにでも変えるぞ?」
そう言って凄むと慌てて首を振る。
「ち、ちがちがうよ!も、もう言わないよ。けどね、もしやってくれるなら可能性でしかないんだけどね?対価として僕がき、聞いた話を伝えようと思って…。」
いちいち勘に触る。
話な進行が遅いのでチャチャを入れたくなるがそんなことをすればさらにイライラが増すだけだろう。
黙ってその先を促す。
「ご、ごめんよ。じ、実はね。この世界で何か問題が起こったらきっとドリーマーはリセットをすると、思うんだ。い、一からやり直すんだよ。そのためにきっとこの世界に来た時の住民のデータがバックアップされてるはずなんだよ。あ、あくまで予想なんだけどね?で、でも晴の話を聞くとあ、あり得るんじゃないかと思って。」
リックはオドオドとこっちの様子を窺っている。
こいつの予想は案外いい筋をいってるかもしれない。
だがそれはやはり何の解決にもならない。
この世界に来たばかりの人間を呼び起こしたところで本人も周りも混乱するだけだ。
僕が望んでいるのは死んだことを無かったことにして最後に会ったみんなと同じ存在として一緒にいたい。
どうやらリックはこの情報を対価に世界から解放してほしいと言っているようだ。
ついでに僕を助け出したことも付加価値として。
「お前さ、解放ってどう言う意味で言ってるんだ?精神体からの脱却って言うんならもう元の肉体はないかもだし、ただただ死ぬだけだぞ?お前は自殺志願者なのか?」
「あ、いや、違うけど…。そ、そこまで考えてなかった。き、君なら元の世界に戻してくれるんじゃないかと思って。」
バカ言うな、夢の世界ですらままならないのに現実世界をどうこうできるわけがない。
そう言って冷たくあしらってやりたい。
しかし助けられたのは事実だ。
せめてもの感謝として提案してやる。
「お前は死にたくはないんだな?」
リックはオドオドと頷く。
「だけど、このままドリームランドにずっといたら死ぬ。晴がマザーベースを解放すれば世界を構成しているものが崩れてみんな死ぬ。もしくはだだっ広い精神世界に寂しく1人で漂流することになる。」
話を聞いたリックは分かりやすくみるみる青ざめていく。
「ただお前は僕を助けてくれた。解放は今はできないけどいつかはできるかもしれない。だから、僕の部屋に匿ってやる。それなら世界が崩壊しても生きてられる。まあ、まだ部屋が残ってればだけど。」
正直部屋が残ってる確率は低い。
ルカが作った世界だ。死ねば消えるのは道理なのかもしれない。
けど僕も能力があるならまた作ることもできるはずだ。
仗とルカの顔が思い浮かびまた泣きそうになる。
膝を抱えて自分だけの世界に閉じこもりたい。
だけどそれじゃあルカは何のために僕を助けた?
ルカの思いは無駄にしたくない。
だけどルカがいない世界なんて意味がない。
悶々と考え込んでるうちにリックが読んでることに気づく。
「ん、悪い。聞いてなかった。」
「あ、ああ、やっぱり?いや、もし連れてってくれるなら僕は生きたいから、あの、その連れてってくれないかな?」
僕は黙って頷きついてこいと促す。




