講釈
そろそろ戻らないといけない。
力を使っていくうちにルカが自分の力の限界がわかるようになったらしい。
難しいことをすればするほど消費が早いようだ。
部屋に戻れば回復するらしい。
だけどまだ少し、もう少し2人で並んでぼーっとしていたい。
ルカも同じ気分なのだろう。
戻らないとといいながら僕の肩に頭を乗せたまま一緒に黄昏ている。
僕らは散々な目にあった。
少しくらい好きな人と好きなことを好きなだけ過ごしたってバチは当たらないだろう。
こんな美しい夕焼けは今まで見たことがない。
ずいぶん長いこと黙って空を見たり巨大モニターを見ていた。
日は間も無く落ちる。
少し気温も下がってきているようだ。
「体冷えちゃうな。そろそろ帰ろ?」
名残惜しさはあるがいつまでもこのままいても何も進展しない。
最初に言ったじゃないか遊びに来た訳じゃない。
僕らはなんとかして晴を倒して無実を証明することで平和に暮らせるようにしないといけない。
仗と凛を取り返すんだ。
そしてルカを死なせない。
それが僕の使命。
突然のことだった。
僕らはヘリから降りて背を向けていたので気づくのに遅れたが屋上にまで届くほど地上からざわめきが聞こえた。
巨大モニターはいろんなCMをずっとループし続けていたが突然暗転する。
そこに映る姿は2度と見たくないが脳にこべりついて離れない姿だ。
制服のようなものに身を包み、カメラを見下すように立っている。
晴だ。とうとう本格的に動き出すつもりか。
気づくと晴の後ろに椅子が現れている。
その椅子を引き寄せゆっくりと腰をかける。
そうして一呼吸すると静かに話し始める。
「初めましてドリームランドの皆さん。私の名前は晴。この世界の闇をよく知り、無能なドリーマーに代わりドリームランドを救う者です。」
何を馬鹿なことをと罵ってやりたい。
世界を崩壊に導こうとしている張本人が救う?
寝言は寝て言えとはまさにこのことだ。
本人が目の前にいれば間違いなく口を挟んで邪魔をしたくなるところだがもう会いたくもないし実際には目の前にいないのでそんなことをしても虚しいだけだ。
晴は続ける。
「さっきも言ったように私はドリームランドの闇を知っている。その一端に触れたことがある。皆さんは考えたことはないだろうか?この世界は誰が作っているのか?ドリーマー?違う。奴らは支配者であることに変わり無いが世界を作れるような知識もなければ力もない。そもそも数人で文明を再現できるか?過不足なくだ。我々の文化を再現して作り出している人間は他にいる。我々はそれをマザーベースと呼んでいる。そう君たちの知っている。知識人たちだ。では君たちが元と変わらない日常を過ごしている中その知識人たちはどう過ごしていると思う?」
ここで一拍おく。
晴の演説めいた話し方はただの癖だと僕は知っているがいざ実際に演説をすると妙な説得力がある。
晴は下を向き、大きく息を吸い吐き出すと心痛な面持ちで正面を向きまた話し出す。
「私は彼らが私やドリームランドの住民たちと同じように幸せな日常を過ごしていくものと思っていた。だが現実はもっと残酷で冷酷だった。医師というのはとても不安定で世界の礎を作るには不安要素が多すぎた。ならば純粋な知識だけにすればいい。この世界を作った人間はこんな残酷な帰結にすぐさまたどり着いたのだ!しかしそれを公表すれば反発は必須。志願するものなんて現れない。ならばどうするか。事実を隠して集めればいいだけだ。世界を救うため、みんなを不自由なく平和に暮らさせるため、マザーベースとして知識を提供しドリームランドの管理をするものを募集する!それだけで信じた人間が大量に志願してきたのだ!知識人の家族たちには離れ離れにはなるが君たちの暮らしを守るためマザーベースで忙しくしながらも充実した暮らしをしていると伝えて嘘を重ねて勘づくものが現れないように住人の意識を改変しながらこの世界は平和を享受している!」
そこまで話すと晴は息を切らしながら涙を流している。
僕は知っている。
こいつは反吐が出るほどの邪悪な意志の持ち主だ。
しかし今の話に嘘は全くない。
本心からマザーベースの人間を救いたいと思っている。
それだけに厄介だ。
晴のいうことを信じる人間はいるだろう。
晴は涙を拭いながら落ち着きを取り戻す。
「すまない、感情的になりすぎてしまった。本題に入ろう。私がなぜこの話をしたのか。今の話を聞いてドリームランドの違和感に気づいた人間なら同じことを思うはずだ。私はマザーベースの人間を助けにいく。そして解放するのだ!こんな間違った世界の在り方があってはならない!私の…私たちの手で!この世界を正しい形にするのだ!」
下から歓声のようなものが聞こえる。
一部の人間が共感してしまっているようだ。
しかし、こいつは肝心なことを言っていない。
世界を作っているマザーベースを解放するということはこのドリームランドを崩壊させるということだ。
「そのために何が必要か!悪逆非道なドリーマーたちからこの世界の指揮権を奪取しこのドリームランドを船としマザーベースへと向かいこの精神世界を突き進む。私は支配をしたいのではない!囚われた人間たちを救い、私たちと同じ日常の幸せを享受してほしいがためだけに動いているのだ!」
突然わけがわからないことを言っていると思っている人間がほとんどであろうが一部の感化された人間たちがより一層大きな歓声を上げる。
もしかすると晴の配下たちが扇動しているのかもしれない。
晴は自信に満ちた顔をしていたがすぐにまた顔を曇らす。
「しかし懸念する事項がまだある。我々の邪魔をするのはドリーマーだけじゃない。皆さんも今最も恐れている存在がいるはずだ。そう、ドリームイーター。」
そういう時画面に2人の男女の写真が映し出される。
僕とルカだ。
ルカの方を見ると唇をかみしめて好き勝手に言われる悔しさに耐えているようだ。
「このものたちはドリーマー以上の力を持ち無視できない存在だ。ドリームランドの住人を拐かし、殺し、世界を崩壊させようと目論む。我ら最大の敵なのだ!そしてドリーマーもまたこの状況にろくな対応をせず指名手配をするだけでほとんど住民頼りだ。そんな支配者が今君たちを滅びから救ってくれると思うか?断じてそんなことはない。我々は自分の力で立ち上がり犠牲になった人間をそして我々が住んでいる世界を救わなければならない!」
少し間を開けてため息をつく。
「ここまで話しても他人事の人間は多いだろう。残念なことだ。しかしドリームランドの住人はそんな人間たちばかりが逃げ込んだ世界。しょうがないことなのだろう。だが、私はその状況を良しとはしない!見よ!ドリームイーター共よ!ここには君のかつての友達がいるはずだ。ここで起こることはドリームイーターだけに向けたものではない。住人の皆さんもいつまでも他人事ではいられないのだ!自分たちの世界が危機に陥っていても行動を起こせないものたちはこうなっても仕方ないだろう。」
そう言ってカメラから晴が外れると暗幕が外れ、デイブの後ろ姿が見える。
晴の姿を一目見ようと集まっている野次馬だろうか?彼らに向けてデイブは火炎放射器を向ける。
次の瞬間には野次馬は火の海と化す。
燃えてもすぐには死なない。
あたりを走り回り転がり火を消そうと躍起になる姿が見える。
デイブのプププという笑い声が聞こえるようだ。
暗くなってきているがその火に照らされて場所がわかる。
僕の通っている学校だ。
晴が画面の横から覗き込む。
「お分かりいただけただろうか?この世界を救うためには住人全員で取り掛からないといけない。そして無能なドリーマーを引き摺り下ろすことで我々はこの世界の礎とされた無実の人間たちを解放するのだ!もちろん私は鞭しか持たない者ではない。私に良い働きを見せたものはそれ相応の対価を用意しよう。さあ、動け!世界を救うのは我々だ!」
めちゃくちゃだ。
こんなことで人間が動くのか?
虐殺を見せることで、飴をちらつかせることで人が従うのか?
しかし事実、下がさらに一段と騒がしくなり呆けていた人間の1人が慌ただしく動き出せば周りが動き出しうねる波のようにその衝動は広がっていた。
死なない世界で死を見せることはこの上ないほど効果があったらしい。




