幽かな希望
扉を抜け路地にまた戻ってきた。
僕が逃げるのを見て朱里と拓斗は何か喚いていたがもう僕には彼らから発せられている言葉とは思えず何も聞き取れなかった。
晴に攫われてからと言うものずっと逃げ続けている。
もし逃げ場のない逃走劇を繰り広げるのなら結末は間違いなく捕まるのみだ。
2人で走りながら
「どうやって僕たちの場所がわかった?」
そう聞くとルカは右手をヒラヒラさせながら話す。
「これのおかげ!くれたやろ?合流せなあかんと思って会いたいって願い続けたら指輪が光って、その方向に走ってたら…いたって訳や!」
右手の薬指にはめられた指輪を嬉しそうに見せているルカを見るとこの緊急事態なのになんだかほっこりする。
「今はどこに逃げてる?あてはあるの?」
「知らん!とりあえずあっこから離れへんと位置はばれとるやろうから。」
息を切らすことなく走り続けるルカを見て思い出して僕も呼吸を落ち着ける。
「スーツの男はどうしたの?」
少し走る速度を落とし出したので気になったことを聞いていくことにする。
「あいつならしばらく相手してタイミング見て逃げたよ。あんま人傷つけるのも良うないと思ったし。そっちは?感動の再会とはいかんかったみたいやけど。」
思わず僕は黙りこくる。
その件についてはあまり話したくないがルカにも共有しないといけないことはたくさんある。
あまり嫌なことは思い出したくはないのでドリームランドで人を傷つけられるかどうかでドリームイーターを判別する方法、ドリームイーターと勘違いされている僕へ対する住人たちの対応、そして晴の言うとおりドリーマーは思考を操作することで住人をも使って僕たちを追い詰めようとしていることを話した。
「それはおかしいで?人を傷つけられるかどうかでドリームイーターってわかるんならうちが戦ったスーツのやつもドリームイーターってことになんで?ビリビリする銃撃ったり殴ろうとしてきたり…。まあ、うちが人かって言われたら微妙なとこやけどな。」
若干自虐的なことを言っているがいつも通り明るい笑顔のままだ。
「それは…確かに銃を撃ったり君に殴りかかろうとしたならおかしな話だ。君がイマジナリーだとかそんなことは関係ない。暴力を振るえることが問題なはずだ。だとしたら、ドリーマーの使いだからか?制限を受けてないのかもしれない。」
考えてみれば当たり前だ。
朱里と拓斗のようにせっかく捕まえても通せんぼと袖を掴むくらいしかできなければ何人も大量に連れてかないと僕を捕まえることはできない。
「スーツ姿のやつに見つかるわけにはいかないな…。」
「まあ、そやけど。なんか逃げる以外に手立てを探さんとな。」
そう言うとルカは一度足を止める。
僕もすぐ隣に立つと足を止めルカを見つめる。
「そうは言ってもドリームランドにいる限りは追跡の手は止まないし僕らの場所も筒抜けだ。」
自分で言ってみて希望がないことを察する。
ルカはモゾモゾしながら何か言いたそうにしてる。
「どうかした?もしかして何か案があるとか…?」
「うん…。期待させといてできないってなったら嫌やから言うか迷ってんけどさ。晴みたいにうちも世界が作れるんちゃうかなって…。」
「ほんとに!?だとしたら、この世界から逃げられる上に察知もされない…!」
僕がそう言うとルカは少し緊張した様子で頷く。
指輪の話もそうでも思ったが、こう呼ぶのは申し訳ないがドリームイーターであるルカだからこそできることが沢山あり僕はそれに頼るしかない。
「やってみよう。うまく行かなくてもそのせいで現状がこれ以上悪くこともないだろ?やれることは全部試そう。」
そう言って改めてルカを見つめる。
お願いするしかできない自分が情けないが背に腹は変えられない。
ルカは少し申し訳なさそうに言う。
「探してるときにな、扉を作ってすぐに辿り着けへんかと思ってんけどできんかってん。力に限りがあって全快してたらできたんかもしれんけど…。今もちょっと試してみてんけどできへんかった。」
「そうか、んー、どうしたらいいんだろう。じゃあ、たとえばそこの扉の向こうに自分の世界を作ったりは?僕らが扉から出てきたようにこの世界と自分の世界の接点を作らないとダメなんじゃない?」
我ながらよくできた仮説だ。
こんなよくわからないことに巻き込まれてから、僕はよく頭が回る。
まるで今まで頭にモヤがかかっていたような気分だ。
ルカも明るく
「それや!いくらドリームイーターって言うても他の人が支配してるドリームランドやねんからなんかしらの制約くらいあるやろな。」
そう言うとすぐそばの扉に向かっていく。
「ちょっと待って。扉に鍵がかかってるかもしれないし事前に中の状況を知らないとルカが作った世界かどうかわからないかもしれないから開けてみよう。」
ルカは頷くと扉に手をかける。
鍵は閉まっていないようだ。
僕も後ろから覗き込む。
中は細い通路にダンボールが積み上げられている。
通り抜けるのがやっとと言う印象だ。
「あー、もし世界を作るならこんな通路じゃなくてちゃんと部屋にして欲しい。」
そう言うとルカは声を出して笑いながら
「当たり前やろ。こんなん部屋って呼ばんわ。いくらウチでもそんなアホちゃうよ。」
思わず僕も笑ってしまう。
なんだかずいぶん久々に笑った気がする。
ルカは僕の心を癒してくれる。
一度扉を閉じルカが目を瞑る。
「いくで、1,2,3で開けるからね。」
そう言うとフーッと息を吐き軽く吸い込むと1、2、3と唱えて扉を開いた。
怖さ半分、期待半分で覗き込む。
ルカは目を閉じているが、僕は思わずため息が出てしまう。
薄く目を開けるルカは心配そうに僕を見つめている。
「ごめん、ため息なんかついて。この方法じゃダメみたいだ…。」
そう、見える部屋は段ボールの積まれた通路。
ルカがこの通路を想像したんじゃなければ失敗だ。
ルカはまた目を瞑っている。
「ダメやな、うちがこの通路想像してもうたんかと思ってなんか出してみようと思ってんけど出てこうへんわ。こん中はまだドリームランドやね。」
しょうがない。
ダメで元々だったんだ。
でも接点を作れば世界を作れると思ったのに…なかなか期待できる案だと思ったのに…。
だんだんまた不安が押し寄せてくる。
ルカが「あっ」と声を上げる。
「もっと条件が厳しいんちゃうかな?ドリームイーターもこの世界きて好きな扉から帰れるわけやないとか…?」
もっと条件が厳しい…好きに帰れるわけじゃない…。
「もしかして…。入ってきた扉からしか帰れないとか…?」
テキトーな扉から帰れないのならこの可能性は高い気がする。
それに賭けたい。
起死回生の案はもう出てくる気がしないから。
「それや!もしかしたら出れるとこは選べるんかもしれんけど帰れるのは来たところからしか変えられへんのはありえるな!」
ルカはパァッと顔を明るくして話す。
「そうと決まれば扉を探さないと。でも路地裏を走り続けたし元の場所なんてわからないな。」
一つ解決したかと思うと次から次へと問題が現れる。
正直もううんざりだ。
早く落ち着ける場所に行きたい。
そのためにも始めに潜った扉を探さないと…。
そうやって悩んでいると肩を叩かれる。
ルカを見ると右手をひらひらと振っている。
「これ。使われへんかな?指輪!なんか探すんなら連れて行ってくれると思うんやけど。」
そう言って話しながらすでに指輪から光が出ている。
まるで北を指す方位磁針ようだ。
「最高だ!ルカ!大好きだ!」




