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旦那様の求婚~Je veux t'epouser~  作者: 桜ありま
第二章 旦那様視点【完】
6/21

旦那様の合理的な動機事由 前編

旦那様の性格は少し独特です。

アメリア視点とは少し変わっていても許せるという方のみどうぞ。

(人の印象というものは見る人によって違うという感じです)




 アリメアとの出会いは、彼女の母親が少年だった自分の家に勤める事になったからだった。


 少年の家は城下でも有数な豪商だ。

 両親は有能な人材には金を惜しまない、金の使いどころは弁えた人だったので、給料も待遇も基準よりかなり良い。その求職倍率が高い狭き門を、アリメアの母親は見事に潜り抜けた。

 採用理由は、アリメアの母自身、結婚する前は貴族の家のメイドを務め、家政婦頭候補になる程の有能であったと言う事。後ひとつは、娘のアリメアにも一からメイドの仕事をさせようという、両親の思惑だった。


 少年の家は、母は他国の上流階級ジェントリ出身だったが、この国では地方から出てきた父親の代で成り上がった……いわゆる成金で、歴史が浅い。

 だからこそ、腹心の使用人を育て上げる事から始めなければならないと、思ったのだろう。


 そして一番の理由は、少年付きの使用人を育てる事であった。


 幼い子供と言えど少年は賢かったのでその所為で、少年付きが勤まる使用人はあまりいなかった。

 少年の物腰、声音、外見の全ては柔和で美しく申し分が無い。


 問題は、少年の『中身』だ。


 少年自身意図しない合理主義な性格と態度、ある意味率直過ぎる言葉が、受け取る人間によっては、とても我慢ならないらしい。

 自分の言動が他人を困惑させていると少年は、薄々感じ取ってはいた。

 しかし自分では自然と他意も無く話している言葉を勝手に曲解されるので、気がつかない。仮に気がついたとしても、特に表面上は問題も無いので、何も出来ないままでいた。

 すると担当の使用人は、少年が知らないうちに不満を溜め、を上げてしまい、すぐに執事のオルティスに担当替えを泣きつくという現象が勝手に始まり、密やかに終わっていたのだった。

 そんな少年を見て、両親は子供同士なら案外上手くいくのかも知れない、という考えもあったのだ。


 そしてその両親の軽い思いつきは、思惑の外で成功する事になる。




 少年が初めてアリメアを見た感想は『ぼんやりとしているな』だった。


 基本的に喋るのが遅い、そして取り掛かるのも遅く、動作はゆっくりしているように見える。

 彼女はよく「トロいと言われるんです」と、ゆっくり言いながらふんわり笑う。

 傷つかないはずは無いのに。

 きっとその雰囲気と、出来るようになるまで付き合う前に相手の方が諦めてしまうから「トロい」という評価しか受けなかったのだろうと言う事を、少年はアリメアに気長に付き合って発見した。

 どうみてもゆっくり動いているように見えるのに、でもゆったりとした空気をかもしだした中にもマスターした仕事はゆるゆると確実に終わっていく。

 必死にじっくりと取り掛かるアリメアを見ているのが、少年には不思議と小気味好くて……。

 そして基本壊滅的に何も出来ないが、アリメアは努力する事でそれを少しずつクリアしていく。

 遅くとも無駄にならないのはいい事だ。


 お茶を入れる事だってそうだ。


 自分付きのメイドになるのだから。

 「お茶をお入れしますね」とあくまでも本人が言うのだから。

 言い訳をするのなら限が無い。

 アリメアがお茶を入れることができるだろうと思い込み、安易にお茶を入れることを許可した結果。この国でも数冊しか輸入されていない本を見事にお茶ともいえない液体で駄目にされた。

 補修も無理だ。

 まだ印刷されたばかりの独特な臭いを残す本が、みるみると無価値なものへと変貌していく様を見ながら、少年は学んだ。

 人を見る目を養う事は大事……軽い気持ちで許可した事が、大変な事になるという事を痛感する。幼い少年にはとても手痛い授業料だった。

 それほど駄目だった、お茶を入れると言う行為が、今ではアリメアが努力した結果……かなりの歳月を費やしたが……王宮の貴人にも出しても似つかわしいほどの腕前になったのである。

 そして文字を覚えて覚書き(メモ)を取る事。

 当時は至当な考えだと思ったが、後から考えれば、これから初めて仕事を覚えるアリメアに、文字を覚えさせる事まで要求するのは酷な事だったろう。なのに彼女は少年には恨み言ひとつ言わず、出来なくて手一杯になりながらも、少しづつ上達していった。



 そんな長い時間を経ても、アリメアは変わらず少年付のメイドだった。



 アリメアは少年の言葉を曲解しない。

 まるで地面が水を吸うかのごとく、素直に受け取る。

 それは少年にはとても楽な事だった。

 年の割には賢いとは言えど、まだ少年は若い。自分の他意の無い言葉に振り回される使用人の事を、気にしない様にはしていても、どこかで軋轢があったのだろう。


 覚えは悪いが熱心な生徒に教える教師のような楽しみ。少年には兄がいたが、下の弟妹がいたのならこうなのだろうという感覚で、アリメアとずっと向き合ってきた。


 あくまでも、アリメアは使用人だと言うことは分かっていたし、アリメア本人もそれをきちんと弁えていた。


 しかし、彼女は少年にとっては、特別な幼馴染みだった。

 本人にそう言うと、とんでもないと恐縮されそうだが……。


 アリメアとの無駄ではない時間を過すうちに、いつの頃からだろう。

 気がつけばすっかり娘らしくなったアリメアを見て……すっかり大人になってしまっていた青年は気がついてしまったのだ。


 それを強く意識したのは、アリメアの母親が死んだ時の事だ。

 自分を最も信頼している菫色の瞳が翳る。

 彼女の涙を見た瞬間考えるよりも先に、慰めるという行為以上に体が動きそうになり……そして、それを思いとどまった事で強く、強く意識した。

 子供の頃から、泣いたアリメアにハンカチを差し出すのは当たり前の動作だった。その行動がうまくできなくなっている、自分に驚いた。



 青年は面倒な事は避けて通る主義だった。



 全ての厄介ごとを確実に片付けるのは、はじめからきちんと処理しなければ、後から更に厄介な事になると分かっているからだ。それほど無駄と面倒ごとが嫌いなのである。

 特に、人付き合いというのは青年にとっては……知らないうちに終わっているものか、僅かに残っているもので。特にどうにかしようと努力した事は無かった。


 しかし、アリメアをみて芽生えた感情。

 それは青年の不得意分野で、一番面倒であるはずのものにつかまってしまった事に気がついていたが……。

 それを面倒事だと思わず、避ける気はないのが重症だ。


 それは恋。


 他人がする分には無駄ではないと思うその行為も、青年がする分にとっては不合理な事が多く、計算や経験だけでは補う事のできない結果が結びつく訳でもない「なにか」がいる行為。


 女性を抱く事は簡単だ、でもそういった事ではない。


 はっきり言って、アリメアに幼馴染としては嫌われてはいないが、男として好かれているのかは判断出来かねる。と自己評価した青年は、長期戦を覚悟した。

 確実に出来る事から……という体で、何も後ろ盾のないメイドと「遊びではない恋愛」をするとしても問題の無い環境を整える為、出来る事をまずする。

 というよりは、アリメアのはっきりした返事を聞きたくないというのが心の奥底にあってなのか、青年にしてはらしくもなく遠回りした結果。アリメアの周りをじわじわと攻めてみて、後はアリメアの返事を待つだけと言うほど、青年が彼女を望んだとしても許される環境を作り上げた。

 その間、青年は騎士団の寮に入ることになり、彼女から離れることになったが。

 休息日には出来るだけ、屋敷に帰宅するようにしていた。それに、青年と会えない為に勉強のことを不安がっていたアリメア宛に手紙を書くことを提案し、その返事を書いた。ほとんど騎士としての仕事漬けの生活の中、青年が書ける事は限られていて、さらにアリメアの手紙の添削をする事があったせいで、恋文というわけではなかったが。


 実家の事業の拡張と、青年の自立も……本当に偶然だった。

 そして青年の構えた個人の屋敷に、本邸から使用人を派遣すると言う話が出た時には、自然とアリメアが自分付きになってもおかしくないお膳立ては出来ていた。


 皮肉で幸運な事にも。

 アリメア以外、自分の使用人として誰も立候補するはずも無い。


 両親も「そこまでするならば、誰とでも結婚しなさい。でも本音は駄目になって、貴族のお嬢さんでも金持ちの娘さんでも貰ってくれた方が嬉しいんだけど」と、全くもってありがたくも無い発破をかけてくれるほど、青年の事を理解するようになっていた。

 勿論。両親の言葉はただの発破ではなく、本気でもあるので始末に負えない。

 上流階級にとっては、結婚も仕事だ。

 本来なら家の発展の為には、商売に益をもたらす相手の方が望ましいだろう。自分の両親が、一風変わった考え方をする人達で良かったと、青年はこの時ばかりは感謝した。


 前よりは頻繁にアリメアに会える環境になったにもかかわらず、進展しない二人の関係。

 引越しが落ち着いた頃には、その発破を念押しするかの如く、執事のオルティス経由でお見合い話を山のようにもたらされた。


 暗に、早くしろという圧力だ。

 

 釣書には通常、絵姿がいけんも必須になる。しかしはじめから受ける気の無い、そして両親も『財産や血筋』には『器量』は問わないので、不要と判断したのだろう。釣書も一見すると実家の事業に関連した書類のように見えていたので、青年は特にアリメアには知らせる必要も無いと思い知らせなかった。


 釣書を一通り見て、どれだけ将来有望な話になると分かっていても、勿論心動かない。

 自分の心を動かすのは、勿論アリメアだけだった。


 損得抜きという感情はとうに越えている。

 彼女と一緒に居ることが自分にとっての将来有望な未来なのだから。



 


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