第五話 回答の結末
「そうですか」
旦那さまの顔が見れなくて、アリメアは失礼だと分かっていてもうつむいた。
やっぱり予想した通りのあっさりとした旦那さまの返答。
旦那さまにとって。
プロポーズは、なんでもない事だったんだ。
そう分かって、少し……ほんの少しだけアリメアは傷つく。
しかし、沈黙の中。時計の秒針がかなり進む音が聞こえた後。
アリメアの予想通りだったのは、ここまでだった。
「何故ですか?」
「…………え?」
聞き返されるとは思っていなかったアリメアは、すごく驚いた。そしてその声を聞いた旦那さまも驚いた顔を見せた。
「流石に求婚を断られたのですから、私には理由ぐらいは聞かせてもらいたいのですがね」
「り、理由です、か」
「はい」
「そ、それはっ……」
アリメアは今まで考えていた事。
自分が旦那さまの事を好きだと言う事以外、たどたどしく話の道筋なんて考えず思いつくままに話した。それほど混乱していた。
その話を要約すると。
旦那さまには本当にお世話になった。
その旦那さまの言う事なら、何でも聞いてあげたい。けれど、自分が考えるのは旦那さまが幸せになってくれる事で、アリメアの一番の望みはそれだから……。
だから「楽だから」アリメアと結婚するのはよして、本当に好きになった人としてください、と。
アリメアはいつの間にか色々と思い出し、感極まって興奮のあまり涙を流していた。しゃくりあげて何を言っているか分からない言葉でも、旦那さまは遮ることなくアリメアが完全に黙るまで最後まで聞いてくれた。
「理由はそれで全てですか?」
ハンカチを差し出しながら、旦那さまは聞いたことの無いような冷静な声で確認する。「はい」と小さく返事をしてアリメアはやっぱり旦那さまの顔が見れない。
けれど、これ以上ご迷惑を掛けるわけにはいかない。ハンカチを受け取ることを遠慮してエプロンの端を握り締めたが、頬を拭われた。
まるでアリメアの母親が死んだ時、慰めてくれたように。ただ、アリメアが落ち着くのを待っていてくれる。
「話はわかりました」
「……」
「では、貴女が納得するまで、貴女に求婚する事にしましょうか」
「……?」
「結婚してください」
「……っ、旦那さま?」
「自分は気の長いほうですよ、アリメア」
いきなりの、旦那さまの豹変にアリメアの頭がついていかない。
いや、誰だってついて行くはずがない。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。旦那……さま?」
「貴女が好きになってくれるまで、絶対駄目だと分かるまでは……いや分かったとしても諦めきれるでしょうかね」
「そ、そんな無駄な事っ……!」
だって、私はもう既に旦那さまが好きなのに!
アリメアのその絶叫に、旦那さまは今までに見たことの無いような言いようの無い表情で凍りつく。
混乱したアリメアが自分の吐いた台詞の効果に全く気がつくはずもなかった。
「……そこまで、私を嫌ってますか?」
「そういう問題ではありません。なんでそんな事になるんでしょうか、私は旦那様に本当に好きな人に結婚してもらいたいと……申し上げたはずですっ……」
「ですから私の幸せを鑑みた結果ですよ。なぜ、貴女はそう言うんですか?」
「私も……そう申し上げたはずです」
内容のループ。
お互いに何かがかみ合っていない、というか話が通じていない。
混乱したアリメアにその『何か』が分かるはずも無く、先に気がついたのは旦那さまの方だった。
「……あぁ、自分とした事が。
あまりにも当たり前でしたので、口に出していない事に気がつきませんでしたよ」
「?」
「いえ、自分が悪かったんです」
「……??」
「貴女を好きなんですよ、こういったら貴女にも分かるでしょうか?」
自嘲気味に笑ってそう言う旦那さま。
好き?
旦那さまが誰を?
貴女って?
「アリメア、貴女の事ですよ」
くるくると変わるアリメアの表情をみて、旦那さまはあっさりと言いたい事を読み取った。
「って、ほ、本当に、本当ですか?」
「はい、本当に本当ですよ?」
まるでアリメアが知らない事を学んで、念を押して確かめていた幼い頃に戻ったように旦那さまは言う。
「ですから、幸せにしていただけますよね?」
「ひぇ?」
あまりの驚きにアリメアは変な声が出る。
「幸せに出来るのは貴女だけなのですから」
「で、でも……」
旦那さまと私では身分が……と言い掛けた口をふさがれるアリメア。
そしてやっと、その甘い拘束が解かれると、その続きを言う前に。
今までに見た事に無い幸せな笑顔で、「自分の言った事には責任を持たないと」と旦那さまはアリメアに念を押したのだった。