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外伝Ⅱ    もう一人の坊ちゃまの求婚 それから(前編)

 

  


 僕の妻になる予定の女性は――とても美しい。

 


 僕と正式に婚約したとはいえ、最後の足掻きなのか。

 いまだに表沙汰にならない求婚は、引きも切らずに起こっている。


「残念ですけれど、私にとって彼以上に素敵な方はいないの」


 うっとりと幸せそうな笑顔で、彼女はそう言って求婚者達をあしらう。

 僕も彼女のその言葉と気持に、揺るぎない自信を持っていた。


 ――そう。


 並み居る求婚者達の中でも、彼女にとって僕以上に好条件な男は居ないだろう。

 むしろ僕が条件を満たせる、この世で唯一の男と言ってもよく。

 彼女の方が、僕を離さない。

 どんな男から求婚されたとしても、彼女の心変わりなど考えるにも値しないことだ。


 僕から最高のプロポーズをされたと彼女が答えれば、どこからともなく人の口に上り、どんなプロポーズをして高嶺の花を落としたんだと、質問攻めにされる羽目に陥った。その顔触れは、彼女を狙っていた男から、これから意中の君に求婚をしたいと思っている人物まで多岐にわたる。

 質問には、求婚の台詞は彼女と僕の大事な秘密にしておきたい事なので……と、思わせぶりに笑顔で言葉を濁すのが、最近の僕の愉悦になっていた。


 ――本当に大事な事を教えるのは、愚か者のすること。


 それに、「これから求婚するんです」と目をきらめかせて期待している若い子達を、がっかりさせたくないしね。


 僕の持てるすべて――人生の運と縁を惜しみなく使わなければ、この求婚は成功しなかった。

 気の遠くなるような月日と労力を使っても……五分五分の勝負と思うと、あまりにも運命の巡り合わせというものに悲観してしまうかもしれない。



 秘すれば花とは、よく言ったものだ。







 ステューミランドー伯爵家、令嬢の豪華な私室。

 目下その僕の全てを掛けて手に入れた婚約者殿は、本日の外出用の服装を選んでいた。


 部屋の中は今、全ての服を衣裳部屋から引き出したために、色とりどりの服で目がちかちかするほどまぶしい。季節はすでに肌寒いと言うのに、夏用の薄手のドレスさえも拡げられている光景は、彼女の混乱ぶりをあらわしていた。

 夢見る乙女のような表情をして選びながらも、今一つ決め手に欠け悩んでいる様は、まるで待ち望んでいた恋人との初デートのような気合の入れようだ。

 彼女はこれから僕と出かける約束だけれど、その表情も悩みも僕に向けてではない。


 出かける先に待つ――相手を思っての表情だ。


 おっと。

 考えすぎて今は、会って相手に失望されたらという、表情におちいっている。


 伯爵令嬢として、王への謁見……デビュタントの時。

 受け入れられなければ、この社交界での地位は無くなってしまうという公爵夫人の夜会の招待。

 そんな時でさえも、適切な服装、態度、を選び、堂々とそつなくこなしてきた彼女だが、今その面影はない。

 それほどのプレッシャーで服を選ぶ(きをつかう)相手とは、この世で一人しかいない。


 僕の弟の婚約者、アリメア=ヘイトン。


 今日は婚約者殿とアリメアとの、久々の逢瀬の時間である。

 ちょくちょく手紙のやり取りはしていて、それを仲介……と言う名の役得にしていたチェルトは、どれほど彼女がアリメアに執心しているのか分っている唯一の人間だろう。

 思われている当の本人でさえ、これほど彼女に好かれているとは思っていない筈だ。


 久々にアリメアに会う彼女は、とりまく環境が変わり過ぎていた。

 本日の再会は、彼女が今まで会わなかった間に、出来てしまった秘密を打ち明けるために、一つもミスは許されないのである。

 婚約者殿はアリメアが大好きで仕方がなく、彼女に嫌われると想像するだけで死んでしまいたくなるというのも、大げさな表現ではない。

 この打ち明け方によってはアリメアとの交流が断絶してしまうと言う、彼女の一番恐れる事が待っている。


 考え込みすぎて自分ではあまりにも決めきれないのか、彼女はやっと僕の方を向いて、僕の意見を聞く気になったようだ。

 僕はにこやかにほほ笑みながら助言をする。


「君は何を着ても似合うよ」

「チッ、本当につかえねぇ」


 下町訛の言葉で吐き捨てる。

 彼女の最愛のアリメアには絶対に見せない――僕だけに見せてくれる特権。


 しかし、しまった。

 もっといいセリフを言うべきだったかな? このままでは僕は放置されてしまう。



「彼女なら……僕もだけれども。君がどんな格好をしていようと気にはしないよ」

「そんな事分ってるわよ!」

「まぁ僕としては何も着ていないのが、一番好きだけどね」

「……死ね、このド変態が。ほんっと、アンタに聞いたのが間違いだったわ」


 そう、虫けらを見るような瞳で言い捨てると、彼女はまた僕を居ないものとして扱う事にしたらしく洋服選びに戻ってしまう。


 こんなに婚約者殿は戦々恐々としているが。

 アリメアは心が狭いどころか、とっても優しい()だ。


 それでも、彼女が念には念を入れてしまうのは愛故に。


 アリメアはけして美人という訳ではないが、優しさがあふれるような容姿そのままに、他人の不幸など望まない素直で心優しい子だ……。

 そう何度でも念を押してしまう程、ここまで恐れる事はない。

 本当にそんな素晴らしいお嬢さんを、「義妹」として迎え入れることが出来る幸福を噛みしめながら、僕は彼女の支度が整うのを待つことにした。


 早朝から約束の時間までのギリギリ――半日もかかったけれどね。

 そんな事、彼女の一喜一憂がじっくりと見れたのだから、大した問題じゃない。


 それほど熟考して婚約者殿が選んだのは、煌びやかでも流行の物でもなく、アメリアとメイドとして過ごした日々を思わせるような、伯爵令嬢としては比較的地味な訪問着だった。







 僕の弟の屋敷は――とてもこじんまりとしている。


 将来アリメアと結婚することを目標とし、うちの家業から離れ騎士団に入った弟。

 今現在の地位は隊長だが、実家の家業を手伝っている弟には両親に頼らなくても、一生働かなくても困らないだけの個人資産がたっぷりとあり、望めばもっと豪華な家も買えるし、使用人も雇えるだろう。

 しかし弟が選んだのは、夫婦で住むには十分な広さの水準の家を、きわめて治安のいい地区に買っただけで、夫婦二人水入らずの生活を選んだ。


 弟は質素堅実であり、不必要なものは嫌う。

 幾度か訪問した屋敷の室内の調度類は弟だけが住んでいたのなら、必要最低限、人が住んでもいないような閑散とした寒々しさだっただろう。唯一の弟らしさといえば、壁が天井まで届くほどの本棚でおおわれている読書室ぐらいだろうか。女性が好みそうな調度品、タペストリーや花が飾られて、所々温かみのある居心地のよい雰囲気が漂っているのはアリメアのおかげにほかならない。


 最新式の馬車に乗り、時間も約束の時刻ぴったりに弟達の家の前に到着した。

 馬車からエスコートして婚約者殿を降ろすと、彼女の顔色は冴えない。

 チェルトはそれを見なかったふりをして、心の準備を与える暇もなくいつも通りノッカーを叩く。

 滅多に見れないあわあわと、あわてふためく彼女は可愛い。それを涼しい顔で見ながら、屋敷の主がドアを開けるのを待った。


 今日は、僕の婚約者を弟に紹介する名目で訪問している。

 じゃじゃーんびっくりした? 僕の婚約者は実はカサンドラだったんだ作戦である。


「いらっしゃいませ、チェルト様……カサンドラ?」


 ドアが開き迎えるのは、予想通りアリメアだった。

 メイド姿……ではなく、仕立ての良いドレスを着ているのは弟の見立てだろう。

 服装が変わっただけでなく、今は弟との幸せのオーラが漂っているせいか以前の自信なさげな儚い印象とは様変わりしている。

 ほんわかと歓迎のあいさつをしながら、しばらくするとカサンドラがチェルトの後ろに居る事に気が付き、驚いた声を上げる。その驚きの声も、驚いた顔もほんわりとして柔らかい。

 嬉しげにアリメアの目が細められて、カサンドラの緊張した頬がやっと緩む。


「一緒になんて驚きました。久々に会えてうれしいです」

「わ、私もよ! アリメアっ……!!」


 カサンドラはチェルトを押しのけると、アリメアに再会の抱擁をする。

 玄関前の狭いスペースで邪魔だとばかりに突き飛ばされるのを予想して、チェルトは道を開け優雅に体勢を立て直していた。

 久しぶりの再会の抱擁を堪能した後。


「あれ、でも……今日は、チェルト様のご婚約者様が来る予定じゃ……?」


 鈍いアリメアは、目の前の親友が婚約者とは気付かない。


「今日は、ご都合が悪かったのですか?」

「アリメア……じ、実は……実は、私ねっ……」

「そうなんだ、その件で」


 中々勇気が出ず、子供のようにもじもじとしている婚約者殿の背中を押し、勢いをつけてアリメアに暴露するのを手助けしてあげようとしたのだが、その目論見は崩れ去る。



「ああ、玄関でどうしたんですか? 兄さん……そして、義姉上(あねうえ)



 あまりにも玄関から戻ってこない、アリメアを心配し迎えに来た弟によって、先にばらされてしまった。




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