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旦那様の求婚~Je veux t'epouser~  作者: 桜ありま
第三章 婚約者編【完】
12/21

番外編2-3 幸せの隠れ場所《3》




 あの青年に叱責されたこと。

 そして、隠された招待状。

 この重なりで漠然と折り重なった不安が、急に明確になりのしかかる。


 アリメアは気づいてしまった……旦那様の奥様になれるなんて思う事は、自分が思いあがっていたのだと。


 あのお客様は旦那様が嫌いだから、だからアメリアに厳しい態度をとったのだと旦那様に謝られたけれど。でもあのお客様から言われたことはもっともな事で、納得できる事だった。しかもそれはメイドだから叱責されるだけですんだのであって、もしアリメアと旦那様が結婚して妻になった時に同じような失敗をすると、旦那様が受ける批判はこの比ではないだろう。


 招待状はお断りの返事を書いているのか、それとも旦那様一人で出席されているのか……こういった、上流の招待はこれといった明確な理由が無い限り夫人同伴が必須で。きっと旦那様は今のいっぱいいっぱいなアリメアを気遣って、こういう招待は内緒で処理しているのだろうという事は分かっていた。


 完全にアリメアは甘やかされている。


 いつもアリメアの心のなかで自分は旦那様の奥様になる事は無理ではないかという不安が渦巻いていて……その不安を掻き消してくれたのは常にそれを取り除いてくれる旦那様の言葉があったからだった。

 でもそれは狭い範囲で、旦那様が用意してくれた安全な囲いの中で、培われていた安心。

 広い現実を直視できてないアリメアは見えなかったのだ。

 自分がどんなに大それた事をしようとしているのか。


 旦那様に庇われていたからこそかろうじて持てていた、自信。

 それなのに旦那様の夢を叶えてあげられるだなんて、なんておこがましいことを考えていたのだろう。

 あのお客様は、その現実を突きつけた。


 そう、不安になると同時に。

 旦那様と恋人同士の時間を共有して、幸福を知ってしまったアリメアはそれを失うのは恐くなった。

 アリメアを妻に選ぶと言うことは、旦那様が大変な思いをすると分かっているのに……それでも選んでほしいと願ってしまうなんて私はどれほど我が儘なんだろうと、アリメアは自分の気持ちが怖くなる。







 アリメアは勇気を奮い立たせると、ある事を決心した。

 でもそれは、一人では到底できないことなので、旦那様の留守に内緒で出掛ける。


 行き先は(そう)の騎士団。

 場所は知っているけれど、一度も訪れたことのない場所で……そしてそこに到着しても、会いたい相手にどうやって会えるのか考えてなかった。

 警備も厳しく、一般人のアリメアがおいそれと目的の人物を呼び出せるはずもなく、物々しい門の前にどうしようかとそわそわと立っていた。しかし幸運にもその人物を見つける前に声をかけられる。


「あれ? どうしたのこんなところで、珍しいね」


 振り返ると、巡回の帰りだろう。

 馬にのったクーヴェルチュラー男爵だっだ。


「あの、男爵様に……」

「え、僕に?」


 男爵は自分に用事だと分かると馬を降りる。アリメアの突然の訪問にも全く気にした風もなく、それどころかうれしそうに声をかけられて、アリメアはホッとした。どうやら少しこの前あった貴族の対応に、恐々となっていたようだ。

 ここにやって来るまでも、着いてからもこんな大胆過ぎる自分の思いつきを……しかも図々しくも男爵様に頼んでしまってもいいのだろうかと散々悩んだのだが、彼の浮かべるさっぱりとした優しい笑顔にほだされる。


「あのっ、男爵様にお頼みしたいことが……あり、まして」

「え、なんだい?」

「すごく図々しいお願い事とは分かっているのですが、こんな事をお頼み出来るのは男爵様しか思い付かなくて……」


 キョトンとした顔で彼から聞き返されると、アリメアは一気に緊張してしまう。

 はやる動悸を抑えて言葉を続けられない。


「あゴメン! アリメアさんが僕に頼み事をするなんて初めての事だからびっくりして……なにか困ったことでもあったの? 僕に出来ることなら何でも協力させてもらうから」


 慌ててそう言い直す姿は、誠実さに溢れている。

 旦那様の求婚に悩んで相談に乗っていただけたいた時と全く変わらない。そんな風に言ってもらい、男爵様は嫌な顔ひとつせずアリメアがそれを言うのを紳士的に待ってくれていたので、かなり時間がかかったがアリメアは頼み事を口に出せた。


「あの、私を旦那様が招待されている夜会に連れていって欲しいんです……」

「……なんだそんな事、うんいいよ。けど、あれ?」


 あっさりした解答だったので、アリメアは男爵様にとってはそんな大変な事ではなかったとホッとするが。頼まれた男爵様の方とすればその頼み事に引っ掛かりを覚えたようだ。

 それもそうだろう。アリメアをエスコートする役目の旦那様がいるのに、何故男爵様が連れていく必要があるのか……それは当然の疑問で、アリメアは説明しようと口を開こうとする。

 しかし門の前での会話は目立つもので、男爵様の事を知っている騎士達が二人のただならぬ様子を見て冷やかしながら通り過ぎた。

 アリメアは「頼み事」を言えて、ほっとして我に返ると、自分が注目を浴びている事に気がついた。視線を感じて自分はなんて大胆な事をしているのかと縮こまる。使用人(うらかた)である彼女は注目される事に慣れていない。そんな様子を男爵様はいち早く察知して、場所を変えることにした。愛馬を置いてくると言って待たされてしばし、二人は公園でお話することになった。





 男爵様に案内された公園は、比較的裕福層が社交も絡めて利用する場所。

 お話するのは最適で、二人は秋の公園の心地よい空気の中、かなりの間無言で歩いていた。

 何を話してくれるのかな? そう不思議そうに……でもゆったりと待ってくれる男爵様に、段々と緊張もとれてきてアリメアはお話しようと決心して口を開きかける。

 瞬間……聞き覚えのある声が男爵様を呼んだ。


「テセウス、こんな所で何をして…………っ!!」


 その声の主は、先日の旦那様を嫌っているというあの貴族の青年だった。

 アリメアの顔をみて言葉を切ると、途端不機嫌な顔になる。アリメアの事を覚えていたらしい。

 “何故こんなところにいるのだ”と言わなくてもきつく細められた目が語っていた。悪意ある視線を感じて、アリメアは男爵様の横で縮こまってそれを避けるように俯いた。

 向こうには自分などには用がないはずだから、無視をしてくれる。そう思ったのに、相手はどうやら違ったようだ。


「次はテセウスか?」

「?」


 アリメアは意味がわからず答えることが出来ないし、聞き返していいものかもわからなくて無言で返す。その態度が相手をさらに不快にさせたらしい。

 しかし、その台詞で何となく自分だけでなく、男爵様も侮辱されている事にアリメアは気がついた。なんとか訂正しようとするのだが、むき出しの悪意に震えて言葉が出ない。男爵様もさすがに二人の険悪な雰囲気を感じ取ったようで、会話を中断させようと青年に声を掛けた。


「レーベンハイトごめん、今……」

「ご主人様の次は貴族の男を誑し込むとは、仕事は出来ないくせに下卑た向上心だけは高いんだな」


 しかしそんな男爵様の気遣いも、無視して青年はさらに悪意をぶつけてくる。

 騎士団員は花形職。

 しかも、蒼の騎士は貴族の所属が多い。若い娘達は憧れの蒼の騎士に会うために、この場所や騎士団前にたむろしていることもあるのだが、この場所に初めて来るアリメアはそんなことを全く知らず、男の揶揄がピンとこない。



「こんな使用人の女ごときに、無駄に時間を使うな、テセウス」

「アリメアさんは、僕の大事な友達だ。失礼な言い方はやめてくれないかな」


 かなり困った顔をして……男爵様はアリメアを庇って青年との間に立つ。

 それを見た青年は首を竦めると、心底わからないという顔をした。


「ふん。使用人なんて精々使い捨ての愛人だろう? としてももっとマシなものを選べばいいのに趣味が悪いんじゃないか」

「レーベンハイト!!」

「また、男に庇われてご満悦か?」

「…………」


 青年はアリメアを庇う男爵様を無視して、アリメアの頭の先から爪先までじろりと値踏みするように()め付ける。アリメアは本当にどうしていいかわからなくて、真っ青になりながらその視線に耐えた。しかし、何も言い返してこないアリメアと嗜める男爵様の言葉にシラけたようで、「こんな所でこんなことをしている暇は無かった」と呟くと、散々アリメアを侮辱した事を忘れたように、何かを思い出したようで去っていった。


「えーっと、ゴメンね僕のせいで」

「いいえ、男爵様のせいでは」

「いや、僕がこんな場所に連れてこなければ……本当にごめんね。そ、そうだ話! 話聞こうか?」


 悪い空気を一掃したいかのように、男爵様はフォローしてくれるが、その優しさが胸に辛い。


 ――――また男に庇われてご満悦か?


 胸を刺すような言葉だった。

 そうだ、旦那様に頼れないからといって今度は男爵様に頼ろうとしている。

 アリメアは途端自分の行動が恥ずかしくなって、話なんてできなかった。


「お時間を取らせてしまってすみません、さっきの頼み事は忘れてください!」


 折角貴重なお時間をと謝る。と心配そうにしている男爵様は、送って行くよと行ってくださったけれど。

 しかしこれ以上迷惑をかける分けにはいかないと丁重に辞退してアリメアは男爵様の元を去る。



 アリメアの心はいっぱいいっぱいだった。


 旦那様はお優しいからアリメアを社交の場から遠ざざけてくれるが、それを何とか克服したいと……。

 男爵様に夜会に連れていってもらいたかったのは、夜会に来る方達の作法を知りたかったからだ。

 旦那様の奥様らしい振る舞いをそれなりに身につけたかったから。

 でもそれは迷惑の掛ける方が旦那様から男爵様に移っただけで、自分一人では何もできないとあの青年の言葉で思い知らされた。


 アリメアの事が好きだから、一緒に居てくれるだけで幸せ、旦那様はそういってくださるけれど。

 好きなだけじゃ……ダメな事もある。


 あの青年はきっかけにすぎなくて。

 今まで無意識にアリメアが見なかった事を突き付けただけだった。

 むしろ早くに気がついてよかったんだろう。

 妻となってからでは遅すぎる。


 私では旦那様に恥ずかしい思いをさせることしかできない。

 幸せにしてあげるなんて……できない。


 なんとか今までこらえていた気持ちが、後ろ向きになっているアリメアには支えきれなくなる。

 何もできない使用人だった自分は、やっぱり旦那様に相応しくないのだと、結論が付く。

 こんな気持ちで旦那様が帰って来る家には帰れなくて、でもアリメアには他にはいく場所なんてなかったので公園をあてもなく歩いていた。

 しかし、メイドとしてやるべき仕事を思い出して、やっと足が家に向かう。


 そして、そんな心の余裕がない帰り道。

 そこに追い撃ちをかけるようにアリメアは見てしまった。




 旦那様が、女性をエスコートしている姿を。






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