第一章 碧眼の瞳に隠された秘密 1話『 王都から遠く離れた小さな街 』
前世の記憶は曖昧で、よく覚えていなかった。
だが、これが2度目の人生だということだけは何となく分かっていた。
目が覚めると、黒髪の病弱な青年から、銀髪に碧眼を持つ少女の姿へと変わっていたのだから。
私が生まれたのは王都から遠く離れた小さな街。
3兄妹の末っ子。兄1人、姉1人と両親を含め5人家族だ。両親は農民で、毎日畑を耕しては野菜を作り、週に2〜3回ほど王都やその周辺の街に売りに行く。
私も一度だけ両親と一緒に王都に連れていってもらったことがある。王都ではちょうどお祭りが開かれていており、人がたくさんいて迷子になりかけた所を、兄に手を引かれて歩いた記憶が蘇る。
「兄ちゃんの手、離すなよ。アイリス」
最後に見た兄の笑顔が忘れられない。
「どこにいるの……兄さん。また、会いたいよ…」
兄が姿を消してから、もうすぐ1年が経とうとしていた。
最近、多発している行方不明事件。まだ謎が多い。だが、いなくなった人間にはある共通点があった。行方不明になった場所、それはー王都だ。屈強な騎士が守る国『シキナイト王国』
王都に行けば、何か兄の手掛かりが掴めるはず。
王都には奴隷制度がある。人間より亜人の奴隷の方が多いらしい。朝から晩まで労働を強いられ、少量の食べ物しか与えられず、一生働かされるのだ。
右眼に眼帯をしてこの不思議な色の瞳を隠す。
この眼のせいで、悪目立ちしてしまう可能性があったからだ。
王都の人間は珍しいものが好きだと噂に聞いたことがある。珍しい人間を奴隷として所有したいと考える輩がいてもおかしくはない。
近年、亜人が率いる奴隷解放軍の動きが活発化しているらしい。隣接する国々で目撃されているのは虎の亜人だ。いつか、王都も襲撃しに来るに違いない。
必要な荷物をまとめている途中で思い出す。
「あ…忘れてた。約束、してたんだった!」
街全体を見下ろせる程の高さの木の上に人影が一つあった。足を組んで頬杖をつきながら待つ。
「アイリスのやつ…… 遅すぎねぇか!」
私には、同い年の幼馴染がいる。名前はシンヤ。家族でパン屋を経営している。4つ下の弟がいて、兄弟仲が良くて、たまに試作のパンを作っては私の家まで届けに来てくれる。
「遅れてごめん…!シンヤとの約束忘れてて…」
「やっと来たな。もう帰ろうかと思ってたぜ」
「お詫びに、さっき庭で採れたブルーベリーあげる!」
「まあ、ブルーベリーに免じて許してやる」
シンヤの好物である。ブルーベリーで機嫌が直るなんて、可愛らしいなと微笑むアイリス。
小鳥がブルーベリーを欲しそうに近くを飛び回っていたので一粒あげると、喜んで食べている。
どこか遠くの方へと飛んでいく小鳥を眺めてから口を開く。
「ねぇ、シンヤ。王都に行ってみたくない?」
「行きたい!ちょうど騎士祭だしな…!」
「だよねぇ〜!じゃ、一緒に行こ!!」
無邪気な笑顔に騙されるところだったが、ふと我に返る。騎士祭には行けないはずだ。
「アイリスはあれ以来……王都に行くの、禁止にされてるよな?」
「そうだけど…シンヤが一緒なら大丈夫!私、親説得してくるから許可取れたら、騎士祭行こうよ…!!」
反射的に思わず頷く。あれ以来というのは、アイリスの兄が行方不明になってからだ。
「おれも…親に許可取ってくる!明日の朝、出発な!!」
全速力で街を走り抜ける。街の外れにあるパン屋に辿り着く頃には、肩で息をしていたぐらいだ。心臓に手を当てると、ドクンドクンしていたので呼吸を整える。
「ただいまー!」
「兄ちゃんおかえり!どこ行ってたのー?」
弟のマヒルが腰辺りに抱き付いてきた。
唇に人差し指を当てて「秘密」と言えば、弟が
「え〜〜」と不満そうに言う。
両親に「王都の騎士祭にアイリスと行ってくる!」と言うと、あっさり許可してくれた。
「気をつけて行くのよ」と微笑む母の隣で「騎士祭、楽しんでこいよ!!」と豪快に笑う父。
「え、騎士祭!?ぼくも一緒に行く…!」
「マヒルはもう少し大きくなってからな」
誤魔化すように弟の頭を撫でる。
「どれぐらい大きくなったらいいのぉ?」
「んー…そうだなぁ、兄ちゃんより大きくなったら連れてってやるよ!何年後だろーな?」
「約束!忘れないでね!!ぼく、頑張るから…!」
騎士祭に行く前日、弟と約束をした。
ベッドに寝転がりながら天井を見つめボーっとしていたら。
『 約束をしたからには、果たさなければならない 』
シンヤの憧れている、騎士が言ったセリフを思い出していた。茜色の髪に漆黒の瞳、凛とした佇まい。
「おれも、いつかあの人みたいに…立派な騎士になるんだ!!」
もし王都にいたら、会えるかな?と淡い期待を抱く。
騎士祭とは、王都に在籍する騎士の中から一番強い騎士を決めるための祭りである。騎士の階級は関係なく、ランダムに相手が決まるトーナメント式の試合で、優勝者には " 特殊な力を秘めた宝石" が与えられる。その宝石の力を引き出せるかは本人の実力次第だ。
王都の中心地、シキナイト王国にて。
夜風に当たりながら、ベランダでワインを飲んでいると背後から馴染みのある声が聞こえ、振り返る。
「騎士祭、楽しみだな!」
「最強の騎士を決めるための祭典だ。どう楽しむんだ?」
ワインを片手に小首を傾げている男の正面で、壁にもたれ掛かる。月を見上げてからこう言った。
「国中の騎士と戦えるんだぜ。楽しいに決まってる!強いやつと当たりてぇよな…!!」
「俺よりも強いやつがいるのなら、是非手合わせしてみたいものだな」
あまりにも涼しげな顔で言うものだから、少しだけ皮肉を言ってやりたくなった。天邪鬼な性分なのだから仕方がない。
「さすが騎士団長様、強気な発言で!」
茶化すような言い方が癪に触ったのか、冷ややかな視線を向けられる。こちらをじーっと見据える漆黒の瞳が恐ろしいが、あえて笑顔で言う。
「相変わらず、鬼の形相が似合うな」
「…俺に軽口を叩けるやつは、そう多くない。その度胸は買ってやる……だが、図に乗るな」
首筋に冷たい鉄の感触が当たり、身動きが取れずにいた。少しでも動けば首が飛びそうだ。
「今ここで、優秀な副騎士団長を失いたくはない」
背後から地を這うような声がして、思わず口角が上がる。昨年の騎士祭で、 " 最強の騎士 " の称号を手にした男は、やはり別格だ。