第7章 神様と白石くんの和音、大人たちの不協和音(下)
これは前作「中2の夏に、白石くんが神様になった」の続編です。
今年の夏休みに不思議な体験をした、日向 結と白石くん。
秋から冬、そして早春に季節は進んでいく中で、さらに不思議さは増していきます。
人間の“思考”と“感情”、“魂”と“心”をめぐり、少女が成長する物語をどうぞ最後まで見守ってあげてください。
第7章 神様と白石くんの和音、大人たちの不協和音(下)
(5)-a
11月17日(火)期末試験二日目
昨日まではいいお天気が続いていたんだけど、今日起きてみると空はどんよりと曇り気味だった。
わたしはまだだけど、もう制服の上にコートを着てる人もちらほらいる。もう11月も後半だもんね。
今日の試験は、理科と数学の2教科だけで、数学にちょっと苦戦した。
(数学の最後の問題、白石くんにちょっと聞いてみたいなぁ。どこ行っちゃったんだろう)
放課後に校門の手前で、キョロキョロと白石くんの姿を探していると、鞄の中のスマホが鳴った。多分LINEだ。
あとで見ようと思って、また白石くんを探す。
(いた!)
ゲタ箱を出たとこの水道場でしゃべってる男の子の中に、白石くんの姿があった。
(やだ、どうしよう。声かけられないよ、あーん、白石くーん)
遠くから白石くんをもじもじと見ていたら、白石くんが急にこっちを見た。
(!!)
しゃべってた男の子たちに手を振って、小走りで白石くんが近づいてくる。なんでわかったの?
「日向さん、なに?」
「へ?」
「呼んだでしょ? 僕のこと」
「えっ、え、えっと。す、数学の問題のこと聞こうと思って探してたけど、声出して呼んではいない、…で…す、はい」
「本当? 白石くんって呼ばれた気がしたんだけどな。まぁいっか。なに、数学?」
それからいっしょに歩いて帰りながら、数学の問題のことは聞けたんだけど、わたしはちょっと上の空だった。
さっきの感覚、ママのときと一緒だ。
ママの考えていることって、黙ってても離れてても、自然にわかっちゃうことがよくある。パパとはそうでもないけど、それはいつもいっぱいおしゃべりしてるからかだと思う。
あと、お祖母ちゃんもそうだった。
でも、今の白石くんのは、わかっちゃうんじゃなくて、わかられちゃたってこと? なんなんだろう、これ。
分かれ道の花屋さんの前まで来て、
「じゃ、また明日ね」
って言われたときも、もやもやしてた。
明日の試験は、家庭科と保健体育だから、今日いっしょにお勉強する必要もない。明日までは白石くんに会えない。
遠ざかる白石くんの背中に
(しーらーいーしーくーん!)
と、心のなかで大声で呼んでみた。
白石くんは遠くで振り向いて手を振ってきた。
(えっ、また……)
わたしも振り返したけど、なんでだろう、戸惑っちゃう。
数学の問題とおんなじで、これもわからないや。
(5)-b 皇学館大学 神学文化研究室
矢納は研究室で、苛立っていた。座っている椅子をしきりにクルッと回しているのは、停滞して前に進む気配のない考察がもどかしいからだ。
日曜日の夜のチャネリング以来、撮影した映像の解析と考察にかかりっきりでいるのだ。月曜日の朝イチに研究所に乗り込んでから、ずっと泊まり込んでいる。
一回目の、日向結と〈万物の正体〉との対話の記憶を書き出してまとめた。
二回目の対話のムービーを精査してみて、〈万物の正体〉は、地球上のいかなる時点においても、ほぼ完璧な情報を持っていることがわかった。
それは、生命誕生から現在にいたるまですべての時代を網羅している。人類誕生に関しては「見ていたからね」とまで言っている。
〈万物の正体〉のそもそもの成り立ちが、宇宙全体にびっしりと存在する粒子を元に発生した、宇宙と同じ大きさにまで拡張された、思考回路のようなものであるという理屈に納得してしまった以上、
“生命よりも先に、思考が生まれた”
ということが真実だと思わざるを得ない。思考が自我と性格を持ち、日向結と会話できるということも受け入れられるようになった。
そのうえで、疑問がある。
“〈万物の正体〉はなぜ未来のこともわかるのか”
ということである。
日向結経由でアクセスできたAOBおよびPEOのデータベース。そこには180年後の地球の環境大変化についての情報が記載されていた。
すでに起こったことのように、180年後という具体的な数字を挙げている。
まるで人類誕生を「見ていたからね」と言ったのと同じように、180年後の地球になにかが起こるのを「見ていたからね」と言っているようにも思えた。
(人間の想像力には限界がある。あまりも広大なもの、あまりにも未来のこと。無限というものの先を受け入れることができない)
我々のいる3次元の物質世界を俯瞰して見ることのできる、高次元の世界。そこでは、我々の過去から未来まで、どこでも選んで情報を得ることができる。そこまでは仮定することができても、それ以上のことは想像すらできない。
(結局、神様に聞いてみるしかないんじゃないか?)
そこに行き着いたとき、考察はふっと止まる。無理もないことだった。
(世界の文明を推し進めた〈知るもの〉たち、思考の融合と次元上昇の鍵となるかもしれない〈探るもの〉。そして僕は何ものだ? ただの〈知りたがるもの〉なのか……)
凡庸なものは祈り、聡明なものは知り、選ばれしものは神には聞く。
〈万物の正体〉に聞くことのできるのは、そして〈万物の正体〉が答えてくれるのは、〈探るもの〉日向結しかいないのだ。
矢納は、昼近くに日向結にメッセージを送ったが、既読表示は付かず返信もなかった。
(5)-c
結が登校したあと、美沙とジョナサンはリビングのソファに並んで腰掛けていた。
「結を利用はさせないと、PEOのそのお偉いさんに言ったら、結になにか危害を加えてくると思うかい?」
「宮内庁は諜報活動をしているわけではないし、PEOも非合法活動をする組織じゃない。当然、武装もしてないし、あくまで啓蒙活動が目的。今回の要請を断っても、結の保護者に陵墓への不法侵入で厳重注意するくらいかしらね、未成年だし」
「なら、結の身が危うくなることはないか……」
「尾行したり、監視活動はしてくるでしょうけどね」
「僕の方の相手、在日宇宙軍はどうだろうな。いざとなれば治外法権の敷地があるのがちょっと気がかりだな。拉致でもされて連れ込まれたら大変だ」
「そんな……、子ども相手にも、そんな手荒な事をするの?」
「わからない。チャネリングさせるのが目的なんだから、結の身の安全は確保するだろうが、基地に攫っていって協力させるくらいのことは、軍ならばやるかもしれない」
「たとえ結を基地に攫っていっても、そこでチャネリングはできないわ。応神天皇陵のあの石室の近くでないと」
「USSFにとっては、敵の本丸だもんな。JCからも近づくなと釘を刺されている」
「だから、ジョーに依頼したのでしょう。父親という立場から結を説得してチャネリングさせて、その情報を宇宙軍に渡せと……」
「それもこれも、「2206年の環境大変化」が何であるかで、今後のやつらの動きが変わってくるだろう」
「なんでUSSFは、「2206年の環境大変化」が小惑星の衝突だと思っているのかしら」
「おそらく、USSFの行ったのは不完全なチャネリングだったんじゃないかな。不明瞭な情報ではあるが解析してみたら、小惑星が空から降ってくるってことにたどり着いたんじゃないか。宇宙空間からの脅威への対応が宇宙軍のお役目だからな」
「結のチャネリングで答え合わせしたがってる……そういうことなの?」
「ああ、おそらくは。だが、依頼を受けると返事をしてからじゃないと、本当のことは教えてもらえない」
「ジョー、わたし180年後の人類の危機って、ピンとこないわ」
「美沙、僕だってそうさ。結のひ孫くらいの世代の未来だ。USSFもPEOも現時点で本当に危機感があるとも思えないね。案外、仕事や命令でやっているだけなのかも知れない。陰謀にしてはのんびりしすぎている」
「宮内庁は気が長いから、昔から地道に、活動の継続と情報の維持をしていた。……これからも」
*
「それで結局私たちは、結になんて言えばいいのかしら」
「何も言わない。USSFの依頼は断る。それによって僕ら家族の身に危険がおよぶこともないだろう、……と思う」
「わたしも、結を大人たちの考えに巻き込むというのはいや。でも、結に言えない秘密を作るのもいや……、わがままかも知れないけど。……結にこの状況を告げたら、公認でチャネリングができると知ったら、あの子がどんな反応をするか、それを考えると怖い。……だからわからない。どうすればいいのかわからない」
美沙は泣き声で言ったあと、ジョナサンの左肩に顔を伏せた。ジョナサンはその頭をそっと撫でながら決断した。
(結にはまだ言えない。家族に秘密のできた罪悪感は、全部俺が背負っていこう)
ジョナサンは何年か振りに右手で十字を切った。
(6)
11月18日(火)期末試験最終日
最終日のテストは家庭科と保健体育。実技ではなく座学の部分だけなので、どっちも40分で終わる短いテストだ。10時半にはテストは終了。
やれやれ終わったと思ったら、そのあと講堂で長めの全校HRがあった。
HRは、12月4日に開催される、羽曳野中合唱祭の詳細についてだった。課題曲は「ひまわりの約束」と、すでに発表されていた。
だから音楽の授業でパート分けを決めて練習したり、一部生徒は昼休みや放課後に自主練していたりするのだが、自由曲でなにを演るかは、各クラスから学校へ提出しなければならない。
自由曲についてのいろいろなレギュレーションについて、音楽の先生から説明を受けたあと、各クラスは教室に戻って自由曲を決める話し合いをした。わたしたちクラスは「わかもののすべて」に決まった。やる気のある人が、もうパート分けの楽譜を用意してあるらしい。
期末試験も終わり、明日からは合唱の練習が本格的になっていくだろうな。
合唱祭、クリスマス、冬休み、お正月……。次から次に学校のイベントも、季節もどんどん進んで、置いていかれそうになっちゃう。
*
「結ちゃん、いっしょに帰る?」
「うん」
「終わったね、テスト」
「うん。そして始まったね、合唱祭」
「僕、合唱祭好きだ。去年のも楽しかったし」
「わたしも。みんなでやる練習も好き」
「僕も。今年の課題曲いいよね」
白石くんが「ひまわりの約束」を小さい声で歌い始めて、わたしの方を見る。
わたしも小さい声でハモって歌う。
♪そばにいたいよ 君のためにできることが 僕にあるかな ……♪
小さい歌声だけど、二人の声が混ざり合って心地よい和音になっていく。
今日も曇ってた空にちょっとだけ切れ目が見えた。
*
(大変! ちょっとまずいかも)
自分のお部屋でスマホを見てて、わたしは気がついた。矢納さんからメーッセージ来てたの。
しかも、おととい! まずい、二日も未読スルーしてた。
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@Yanou
先日の例の件で話がある。連絡乞う
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とりあえず返信を打った。
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@Yui
ごめんなさーい! 期末試験中で気がつきませんでした! お許しを!
お話ってなんですか?
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すぐ返信メーセージが来た。
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@Yanou
今夜ZOOMできるかい? パソコンの方に招待メールを出しておく。
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なんだろう、矢納さん。神様Q&Aのことだろうけど、なんか緊迫感があるなぁ。
机のパソコンを開くと、もうメールが届いていた。21時から開始するって。晩ごはんのあとくらいだ。
(ZOOMの前にお風呂入りたいな。それからでも間に合うかなぁ)
♪そばにいたいよ 君のためにできること……♪
わたしはまた口ずさみながら、お風呂場へ向かった。
(つづく) 8月10日 07:00投稿予定