表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

第7章 神様と白石くんの和音、大人たちの不協和音(中)

これは前作「中2の夏に、白石くんが神様になった」の続編です。

今年の夏休みに不思議な体験をした、日向ひなた ゆいと白石くん。

秋から冬、そして早春に季節は進んでいく中で、さらに不思議さは増していきます。

人間の“思考”と“感情”、“魂”と“心”をめぐり、少女が成長する物語をどうぞ最後まで見守ってあげてください。

第7章 神様と白石くんの和音、大人たちの不協和音(中)


(2)


 ふたりっきりでわたしの部屋にいることで、お互い緊張してはいたんだけど、試験勉強を始めると、それなりに没頭していった。


「ねぇ、白石くん。ここんとこ、先生なんて言ってたっけ?」


「えーと、オスマン1世が領土を拡大して、追い出された文化人たちがイタリアに逃れてきたのが、ルネッサンス運動を加速させた――かな」


「あー、そうだ。白石くんよくノートとってるね」


「世界史の中で際立って大きな領土を獲得した帝国はいくつかあるけど、オスマン帝国もベストテンには入るかもねって言ってた」


(大きな群れを作る叡智を持った人物か……)


「白石くん、世界史好きだよね」


「うん、テストには出ないことでもノート取っちゃうんだ」


「へぇ、なんか……いいね、白石くんって」


「……あっ、あ、ありがとう」


「わたしも知りたいことがいっぱいある。歴史のことも、これからのことも」


「唯ちゃんは、アカシックレコードって知ってる?」


「なんか聞いたことあるような気がするけど……」


「過去のことも未来のことも、すべての記録が残されている場所なんだ」


「どういうこと? それ」


「えっ、わからないよ。都市伝説だからね」


「そっか」


 わたしは神様のことを連想したけど、そんな返事しかできなかった。

 神様は何でも知っているだろう、いや見ていただろう。わたしが聞いたらきっと教えてくれる気がするけど、未来のこともわかるのかな。どうなんだろう。

 白石くんには一回目の神様Q&Aのことは、あまり詳しくは話していないから、神様自身のなりたちや、人間への干渉のことを知らないんだ。

 今回の神様Q&Aでは、途中から目が覚めてたって言ってたけど、それも最後の3問分くらいだからね。矢納さんの考察を聞いてからじゃないと、うまく白石くんに伝えられないや。



 呼び鈴が鳴った。パパかママが帰ってきたのかな……と、時計を見ると5時を過ぎていた。


(はやーい、時間たつの速い!)


 リビングに出ると、帰ってきたのはママだった。白石くんもわたしの後ろから出てきて、


「あっ、お邪魔してます」


「白石くん、いらっしゃい。結に、お勉強教えてもらってありがとうね」


 ママは外出して、ちょっと疲れてるみたいに見えたけど、ニコニコと白石くんに挨拶してくれた。でも、その声はどこか憂いを帯びていた。


「えっ、いや、教えるなんて、そんな」


「結がいつもほめてるわよ、白石くん、白石くんって」


「ちょ、ちょっと、ママ、変なこと白石くんに言わないでってば」


「うふふ、失礼して、ちょっと座らせてもらうわね」


 ママは、どっこいしょってソファに座った。


「結ちゃん、僕もう帰らなきゃ」


「うん、そうだね。勉強捗ったね」


「よかった。明日からのテストがんばろうね」


 白石くんは、私の部屋に戻って荷物をもってきた。そのままソファの横を通って玄関へ向かう。


「じゃ、お邪魔しました。勉強させてもらってありがとうございます」


「もう暗いから気をつけてね。また、今度は遊びに来てちょうだいね」


「ちょっと下まで送ってくるね」


「はい、はい」


「お邪魔しましたー」


 靴を履いた白石くんが、もう一度ママに挨拶して、わたしといっしょにエレベータへ向かった。


 今日は白石くんといっぱい話したから、エレベーターの中では、もうふたりとも黙ったままだった。



(3)-a


 駅から歩いてきたジョナサンが自宅の前までくると、エントランスから結と友人の白石くんが出てくるのが見えた。


「ただいま、結。白石くん、試験勉強は進んだかい?」


「あっ、パパも帰ってきた。おかえり、パパ。白石くん今帰るとこ」


「こんばんは、お邪魔させてもらってました。ありがとうございました」


「うん、うん。気をつけて帰るんだよ」


「はい、じゃ」


 白石くんをしばらく見送りながら、ジョナサンは結の肩に手をかけて、エントランスに向かって歩く。


「ママもついさっき帰ってきたんだよ」


「そうか、急いで晩ごはんを作らなきゃな。結、何が食べたい?」


「うーん、和食でママの体にいいもの」


「……、根菜が多めに残ってたからな、鶏肉とあわせて、お煮染を作ろうか。あとはだし巻き玉子ってとこかな」


「やったー、お米はわたしが研ぐね」


 結の肩を抱き寄せながら歩くジョナサンは考えていた。


(こんな子どもに皇室やら宇宙軍やらが関わってくる。どうなっているんだ。俺や美沙の今までの人生のしがらみが、結に何かを強いているのか。“Identitiy of Universe”Operation ……、まったくどうかしてる)


「ママー、ただいま! パパもいっしょだよ。下で会ったの」


「おかえりなさい、ジョー。お疲れ様でした」


 ソファに座ったまま出迎える美沙の目を見たとき、ジョナサンは美沙が(話があるの)と伝えてくるのがわかった。


「ただいま、美沙。さぁ、結、晩ごはんの支度だ」


 ジョナサンも美沙に(わかったよ)と目配せを送りながら、努めて明るくキッチンへ向かった。



(3)-b


「Misa, you look like you have something to talk to me about.」(美沙、ぼくに話がありそうだね)


「You seem to have a story for me too, Joe. Please start with you.」(あなたも同じみたいね、ジョー。あなたから話してくれない?)


「OK. Well, where should I start? Look at this coin first.」(わかった。そうだな、なにから話したものか。まずはこのコインを見てくれ)


 ジョナサンはデスクの引き出しから、チャレンジコインを取り出して、ローテーブルの上に置いた。


「I saw this coin yesterday while you were sleeping. This is a challenge coin, isn’t this? It doesn’t seem to be from USAID.」(昨日あなたが寝ているときに見たわ。これチャレンジコインでしょ? 国際開発庁のものではないみたいだけど。)


「That’s right. It’s a United States Space Force challenge coin. The night before last, I was given this coin and recruited.」(その通り。それはアメリカ宇宙軍のものだ。おとといの夜〈堂島〉のオープニングパーティーで、俺はある客にこいつを渡されてリクルートされたんだ)


「Recruited?」(リクルート?)


 ジョナサンは、美沙に一昨日からの込み入った状況を説明していたが、


「オーケー、美沙。君の母国語でしゃべろう。どうも出てくる単語が、日本語じゃないとうまく伝わらない」


「……」


「今日そいつに会ってきたんだが、再就職の話じゃなくて、ある依頼だった。取引と言ってもいい。そしてそれは、結と美沙にも関わる内容だった。聞いてくれ」


「結と? わたし……」


「日本とアメリカは今、神とのチャネリングを行う取り組みをしている。この夏、結が白石くんとやってたあれだ。

 結たちは興味本位でやっていることだったが、アメリカでは本気で取り組んでいる。

 先に神とのチャネリングを成功させていたのはアメリカ宇宙軍で、日本は、いや美沙のいた、宮内庁の秘密組織PEOはその情報を共有していた。俺のいたUSAIDを通じてね。

 ところがアメリカがそのチャネリングで得た情報ってのが、内容が不明瞭な部分が多い。軍はやっきになって研究と実験を続けているらしい。……ここまではいいかい? 美沙」


「ええ、ジョー。知っていることだったから」


「なんだって? 美沙」


「PEOのエージェントを兼任していたわたしは、日米のそのプロジェクトに関しての事情は知っていたの。

 退官したあとも守秘義務を負わされているから、あなたにも言えなかった、ジョー。ごめんなさい」


「そうか、そうだったね。夏のあの一件のとき、君は結に匿名でメールを送っていたんだったね。じゃ結も知っているのか、この話を?」


「資料を見れるようにしてあげたけど、結は全部を見ていないだろうし、理解も完全ではないと思う」


「じゃ、君はどうなの、美沙。

 俺には、アメリカが俺を通じて結を利用しようとしているように思えるんだ。

 でも、今日の面談では、俺が依頼を受けると言うまでは、これ以上の事情は、話せないと言う。

 きみは知っているのかい? アメリカの狙いを」


「ええ、わかるわ。アメリカは結にチャネリングをさせて、「2206年の環境大変化」に対応したい。そう考えている」


 美沙は一気に言った。


「なんだいそれは?」


 美沙は今日持ち歩いていたバッグから、封筒を取り出した。


「これを見てちょうだい、ジョー。ジョーが伏せられたという事情が書かれている」


 ジョナサンは、封筒の中身を確かめ、取り出した書類を読み出した。


「わたしもね、ジョー。今日はPEOのボスと会ってきたの、応神天皇陵でね。そして、あなたと似たような頼み事をされてきたの。でも退官したわたしには、従う義務はない。だからランチはひとりで食べてきたのよ」


 ジョナサンは書類を見ながら聞いている。


「でも、今あなたの話を聞いて、これは結に、なにか良くないことが降りかかる問題だと思えてきたの。お互いの情報を全部突き合わせて、今何が結に起ころうとしているのか考えましょう」



 美沙とジョナサンの長い話し合いが一段落したとき、もう12時を過ぎていた。明日が期末試験の結も、もう勉強を辞めて眠りについていた。



(4)


 11月16日(月)期末試験一日目


 期末試験一日目。今日は3教科で給食はない。

 どの教科もそれなりの手応えがあったので、お昼に下校できるうれしさもひとしおだ。

 試験のときは机が出席番号順になるので、白石くんとは遠く離れちゃって、ほとんど口をきけなかった。朝に「おはよー」って、手を小っちゃく振っただけだ。

 放課後も男の子たちのグループで帰っちゃったので、なんとなく物足りない。ここ最近ずっと白石くんといっしょだったからなぁ。

 明日もあさっても試験が続くけど、白石くんといっしょに勉強する約束はできてない。帰り道をひとりトボトボと歩く。


(そんなことばっか考えてないで、勉強しないと)


 まだ中2だけど、通信簿の内申点を良くしとかないと、白石くんと同じ高校に行けなくなっちゃうかも知れない。勉強してても、時々そんな事を考えちゃう。白石くんは、もう高校のこととか決めてるのかなぁ。



 家に帰ると、パパもママもリビングにいた。


「おかえりなさい」


「おかえり、結。お腹へってるだろう?」


「ただいま、パパ、ママ。頭使っただけなのにお腹ペコペコだよ」


「ははは、ママと座ってて、結。すぐランチを出すからね」


「はーい」


 ぐたーっと、ソファにうつ伏せに倒れ込む。トマトソースの香りが漂ってくる。


「なに作ってくれるの、パパ」


「パスタ・デ・アルモンデ。残り物でパスタだよ。土日に買い物に行けなかったからね。冷蔵庫にある物で作るから、アルモンデ」


「おもしろーい、パパ」


 お腹に手を添えて座っているママも、やさしい顔でニコニコしている。

 よし、お昼ごはん食べたら、勉強がんばらなくっちゃ。



 パスタを茹でながら、ジョナサンは考えていた。


 ジョナサンと美沙は、今自分たち家族が巻き込まれている状況について、昨夜遅くまで話し合った。

 

 結が二度目のチャネリングを応神天皇陵で行っていたことを、PEOは美沙に知らせてきた。そして、結がそのチャネリングで得た情報をPEOは知りたがっている。さらに、「2206年の環境大変化」の具体的な情報を得るために、結に3回目のチャネリングをさせろと美沙に命じてきた。

 つまり、地球になにが起きるのかを知りたがっている。これが美沙から聞いたPEO側の状況だ。

 ジョナサンはこの情報と、ジョン・スミスから得た情報を考慮して、ある予測を立てた。


(アメリカは、いや宇宙軍の“Identity of Universe”Operationのメンバーは、「2206年の環境大変化」を小惑星の衝突であると考えているのかも知れない。それは、あのとき見せられたムービーで行われていたチャネリングで得たられた情報なのではないのか。

 小惑星の地球への衝突とその対応策、つまり、小惑星の破壊あるいは軌道修正。それを実行するのが宇宙軍ってことか……)


 おそらくアメリカの行ったチャネリング実験で得られた情報に、なにかしらの問題があった。チャネラーの能力の問題、あるいはチャネリング方法の良し悪しか、信憑性が確保できず上申できないで、オペレーションが頓挫している。

 それで日本で行われたチャネリングの情報と照らし合わせて検討したい。そのために結の父親である自分に接触してきたのではないか。ジョナサンはそう推理した。


(だとしたら、PEOとUSSFの狙いは同じだということになる。結にチャネリングさせることだ。

 しかし、この事を結に告げたら、結はいったいなんと答えるだろう。そして、俺を含んだ大人たちのことをどう思うだろう。

 ……とにかく、結は今学業で忙しい最中だ。ジョン・スミスからの依頼を受けるかどうかの返事は、やはりできるだけ先に引き延ばすことにしよう、そして結に説明をする機会を待とう)


 タイマーが鳴って、パスタが茹で上がったことを告げる。

 ようやく考えがまとまったジョナサンは、目の前の調理に集中することにした。




(つづく) 8月9日 07:00投稿予定

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ