第7章 神様と白石くんの和音、大人たちの不協和音(上)
これは前作「中2の夏に、白石くんが神様になった」の続編です。
今年の夏休みに不思議な体験をした、日向 結と白石くん。
秋から冬、そして早春に季節は進んでいく中で、さらに不思議さは増していきます。
人間の“思考”と“感情”、“魂”と“心”をめぐり、少女が成長する物語をどうぞ最後まで見守ってあげてください。
第7章 神様と白石くんの和音、大人たちの不協和音(上)
(1)-a 大阪市天満 シティホテルロビー
ジョナサンは接触を急ぐべきだと思った。
土曜日にもかかわらず、ジョナサンはジョン・スミスに連絡を取った。
アメリカ人相手に、日曜日にビジネスのアポをとることは、交渉を不利に進めるだろう。
しかし、それでも構わないと思った。
相手の狙いは娘の結にあると感じていたからだ。
おそらく、ジョナサンの推理がそこにたどり着くことを見極めたうえで、相手はジョナサンにチャレンジコインを渡したのだ。
事実、ジョナサンはコインを渡されただけで相手の意図に気付いたのだ。
(油断できない。頭の回るやつらしい)
*
11月15日(日) 9時00分
指定されたホテルのロビーは閑散としていいた。
ソファまでコーヒーを運んでもらえることを知って、ジョナサンはホットコーヒーを注文してジョン・スミスを待っていた。
「I’m sorry for the wait, Mr. Everett.」(お待たせしてすみません、エヴァレットさん)
約束の9時ジャストにジョン・スミスは現れた。黒いブリーフバッグをテーブルに置いて握手をしてくる。
「No problem, Mr.Smith.」(大丈夫です、スミスさん)
「またお会いできて光栄です。日本語でいきましょう、エヴァレットさん」
「わかりました」
「このままここでお話をしましょうか」
そう言って、ジョン・スミスは、ソファに座り今日の本題に入った。
「先日は大使館広報官としてお会いしましたが、私は在日アメリカ宇宙軍少佐でもあります」
とジャケットの裏に付けた階級章を見せた。
「チャレンジコインを見て、そうだろうと思ってはいましたが、宇宙軍とは、ずいぶん畑違いのスカウトですね」
「スカウトではありません。外部協力者、エージェントとしてのご依頼なのです」
「まだ、ピンとこないが。私になにかできることがあるのでしょうか」
「あります」
スミス氏は、ブリーフバッグからタブレットを取り出して、動画を再生した。
*
暗い部屋で白人男性が床に跪いて、祈るようなポーズで指を組み目を閉じている。
彼の前には燭台があり、ろうそくがわずかに部屋を照らしているが、年齢はよく判別できない。周囲はカメラ、マイクなどの撮影機器で囲まれており、パイロットランプが点灯しているのが見える。
彼は何かをつぶやいて、そして沈黙し、またつぶやき始める。
つぶやきは聞き取れず内容はわからない。
延々と続く映像を一時停止して、スミス氏は言った。
「何をしていると思います? エヴァレットさん」
「わからない。なにかの儀式ですか?」
「いえ、違います。これはアメリカ本土の宇宙軍施設で行われた、チャネリングの様子です」
「チャ、ネ、リング……」
「全宇宙的存在、“Identity of Universe”との会話です。2022年まで定期的に行われていました」
「宇宙軍で、ですか?」
「はい、とても重要な取り組みとされています」
「目的は?」
「……それは、エヴァレットさん、あなたが私たちの依頼を受けていただいた後でないとお話しできません」
「……」
「エヴァレットさん、あなたの奥さんは宮内庁PEOのメンバーだ。これと同じ取り組みが日本でも行われているのをご存知ですか、PEOでね」
「いや、知りません。妻はもう退官しているし……。以前にもPEOの動きを妻を通じて探れというミッションを強要されたことがある。USAIDの残務処理だと思っていたが、あれも、あなたたちですか?」
「そのとおりです。あなたの所属していたUSAIDは、このチャネリングの取り組みに関して日本と協力していた。その経緯とデータがわたしたちには必要なのです」
「USAIDが解体されたから、というわけか。なら、宮内庁に直接聞けばいいでしょう」
「宮内庁と宇宙軍との直接の接触は、JCから認められませんでした」
「JC……日米合同委員会……ですか。議長が在日米軍司令部副司令官ですからね。それで迂回して在日アメリカ宇宙軍からアプローチするわけですか」
「思った通り、あなたはとても聡明だ。まさにそのとおりなのです。しかしそれでも直接の接触は許可されませんでした。ですからあなたにお願いしたいのです」
「なぜ、直接宮内庁と接触してはいけないのですか?」
「エンペラーに関わることだからです。アメリカのプロジェクトに、日本のエンペラーを利用する形をとることは許されません」
*
「あなたたちの事情はわかりました。しかし、欲しがっているデータを手に入れることは、私にはできないでしょう。妻は退官しているし、旧USAIDのデータを引き出すことも不可能です」
「わたしたちの調査によると、日本側のチャネラーは、日向・D・結。あなたの娘さんだ」
「!!」
「しかも、娘さんはPEOと関係なく、興味本位でチャネリングを行った。したがって結果の報告もしていない。これを聞き出せるのは父親であるあなただけです」
「……」
長い静寂が流れた。ジョナサンには返事ができなかった。
(やはり、結のことまで知っていた。おれが申し出を断った場合の展開が読めない。結に強硬手段を取るようなことがあるのだろうか)
「どうぞ、お考えください。明日以降わたしにメールでお返事をいただけますか。なにしろ今日は日曜日ですから」
ジョン・スミスはあっさりと立ち上がって出口に向かっていった。
ジョナサンは完全に冷めてしまったコーヒーを口にした。
(1)-b
11月15日(日) 11時30分
(大変だぁ、急がなくちゃ)
パパが朝から出かけていって、11時にママも出ていってしまってから、わたしは焦っていた。
なにを慌てているかって? お昼になったら白石くんが来ちゃうんだよ。
わたしのお部屋は昨日の夜に片付けたから、まず、リビングを掃除しよう。あぁ、あとわたし何着ようっ……。
*
結局、わたしは悩みに悩んで、麻の白いブラウスに、タータン柄の巻きスカート、ベージュのカーディガン、紺のハイソックスというコーディネートに落ち着いた。このまま、お出かけしたっていいくらい。
玄関の姿見の前でふーっとしゃがみ込んだ。
(間に合った……)
と思った瞬間、目の前のドアの向こうに気配がして、呼び鈴が鳴った。
(!!)
ぴょんと飛び上がるように立ち上がった。
「は、はい! 今……」
ガチャガチャとロックを外し、玄関のドアを開けた。
「やあ、こんにちは、結ちゃん」
「こ、こんにちは。いらっしゃい、白石くん」
*
これまで白石くんは3度わたしの家に来たことがある。
1度目は、夏の肝試しで白石くんが倒れちゃったとき。2度目は、第一回神様Q&Aのとき。3度目は宿題をいっしょにうちでやった。
3度ともパパかママが家にいたけど、今日は誰もいない、ふたりっきりだ。
なんか、緊張する。うれしいけど緊張する。
「さっ、あ、上がって、白石くん」
「おじゃましまーす」
まず、リビングに行ってソファに向かい合わせに座る。
「……今日はね、だ、誰もいないんだ、うち」
「えっ、ほんと」
「うん。だから、あんまり、その、おもてなしとか、パパみたくできなくて、ごめんね」
「あっ、いや、うん。大丈夫。お、おかまいなく」
白石くんも緊張してるみたい。
わたしたちは、しばらくおとといの神様Q&Aのことについて喋った。何と言っても、すごい体験だったので、あのときのことを喋っていると、お互いに緊張も忘れて夢中になっちゃう。
「ぼくね、実は途中から意識があったんだ。あったんだけど、口が勝手に動いて喋ってた。だから、ぼくも自分の口から出てくる神様の言葉を、聞いていたって状況だったんだよ。なんか不思議だったなぁ」
「えっ、そうなの? 目は? 見えてた?」
「うん、でも視線は動かせなかった。ずっと結ちゃんの目を見てた」
「それは、新事実だね。矢納さんにも言わなくっちゃ。どのあたりから意識があったの?」
「うん、UAPがなにかってとこ」
「あぁ、あそこかー。UAPは宇宙人の乗り物じゃないって、神様言ってたね」
「残念です」
「そうだよね、あれは、白石くんがぜひ神様に聞いてくれって、わたしに頼んでたやつだもんね」
そうなんだ。今回は白石くんと矢納さんの質問が、一問づつ入っていたんだ。ぜひ、神様に聞いてくれって。わたしだけ聞きたいこと聞くのは、ちょっとズルい気がしてたからね。白石くんはUAPについてで、矢納さんは日本古代史についての質問だったんだ。
*
ふいに沈黙が訪れる。明日から期末テストという事実が、いやおうなしに私たちの楽しいおしゃべりを中断させる。
「結ちゃん、……勉強しよっか」
「……うん、じゃわたしのお部屋に行く?」
「う、うん」
なぜか真っ赤になった白石くんがついてくる。
「結ちゃん、顔が赤いよ暑いんじゃない?」
そっか、ふたりして顔が赤くなってるのか……。
(1)-c 応神天皇陵祭祀場復元広場
「お久しぶりでございます、最上様。少なくとも私にとっては」
「いや、久しぶりだ、日向君。本当だよ」
「お暇を頂戴してして以降、私をいつもご覧になっていらっしゃったのではないですか」
「部下たちは、ずいぶんと君のことを、心配していたようだがの」
「恐れ入ります」
応神天皇陵祭祀場復元広場の脇にある休憩所。美沙と男は、設置された二脚のベンチに向かい合って座っている。
男は、最上源泉。宮内庁 非公開部署 Project Execution Organization(PEO)の統括長である。
正午近く、多くの観光客が柵に沿って祭祀場を見物している。
「私に、なにかご用がおありなのでしょう。でも、こんな所でお話はちょっと……」
「こういう場所のほうがええのです、日向君。それに、話す必要はない。この書類を読んで対応しておくれや」
「退官のお許しをいただいた私が、命令に従う義務はないと思いますが」
「命令ではありません。提案です。老婆心からいうが、受け入れたほうがええ」
美沙は受け取った無地の封筒を見た。
「いったい何なのでございましょうか」
最上は答えない。立ち上がって立ち去ろうとしている。
「最上様」
「その書類を見ることや。ごきげんよう」
最上は遊歩道を下っていく。立ち尽くしている美沙は、最上がふたりの男に出迎えられているのを見た。
*
美沙は拍子抜けしていた。もっと緊迫した交渉を強いられると覚悟していたのだ。
侍従の下でお仕えする女官は、退官する際には、正当な理由と後任者の推挙が求められる。後任者は娘であったり、親族であったり、血筋が重視される事が多い。
美沙は、出産という一身上の理由で辞表を出し、後継の推挙はしなかった。
それは、PEOの任務が嫌いであったからだし、結に女官を継がせることもしたくはなかったからだ。
その事を追求されると予想していた。
中学を卒業すれば、結は16歳になる。その年令で御所の女官としてお仕えすることは珍しくはない。しかし、美沙はその道を結に歩ませたくはなかった。
結が納得するのならまだしも、結にはもっと違う多くの選択肢を与えてあげたい。美沙は親としてそう考えていた。
美沙も、遊歩道を下り、陵墓の出口にある駐車場へ向かった。どこかの店に入り、渡された書類を読もうと思った。
(お腹も減ってるし。それに、みんなにはランチしてくるって出てきたんだから)
美沙が運転する自動車が走り出した。
*
国道沿いの和食レストラン。美沙は注文したキノコご飯御膳を食べ終えて、焙じ茶を飲んでいた。封筒から出した書類を見ている美沙の顔は険しい。
封筒に入っていたのは2枚の書類。そして数枚の写真。
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●USAIDの解体による共有情報の喪失についての対応方針について
文科省の外郭団体AOB(Any Other Business)より報告された、人類存続に大きな影響のある地球環境変化に関して、USAID(アメリカ国際開発庁)と共有していた情報は以下の通りである。
・アメリカ宇宙軍(以下USSF)は、2000年~2022まで行われていたチャネリング実験、“Identity of Universe”Operationのデータを、PEOと共有する。
・USSFから宮内庁への接触は、日米合同委員会の議長決定によって禁じられたため、以降USAIDを通じて、“Identity of Universe”Operationは宮内庁と共有された。
・USSFは、“Identity of Universe”Operationにおいて、被検体チャネラーから得られる情報の不明瞭性を問題視しており、精度の向上を目指していたが、目標に達していない。
・確定解読しているチャネリング結果である「2206年の環境大変化」に関しての、USSF側の更新情報は、USAIDが解体されたため得られていない。
・PEOは「2206年の環境大変化」に関する情報の確定を最優先する。
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(USSF……! ジョーのあのコイン! 宇宙軍? なんで……)
2枚目の書類には短い文章。文末の署名は肉筆だった。
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日向・D・結は、御陵墓石室の封印を冒し、〈万物の正体〉と接触をした。
その罪を問わない代償として、改めてPEOの管理下で、再度の接触を行うことを求める。
美沙くん、母親の立場から説得をしてくれたまえ。
最上源泉
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同封されていた写真は4枚。ナイトビジョンカメラで撮影されている。
・夜の応神天皇陵石室場の祭祀場。祭祀場中央に黒いテントがあり、光が漏れている写真
・祭祀場内に侵入する人影が3人映っている写真
・人物のクローズアップ、暗くて判別が難しい写真2枚
(この子は……?)
小柄の人影のクローズアップを見て、美沙は気付いた。
(白石くん? じゃこっちは……)
もう一枚のクローズアップにはさらに小柄な人物。パーカーのフードを被っているが、さっきのが白石くんならこれは、
(結? 結が、“石室の封印を冒し、〈万物の正体〉と接触をした”……。それに誰か手引をしている者がいる)
(つづく) 8月8日 07:00投稿予定