第6章 神様と白石くんの思惑とパパとママの苦悩
これは前作「中2の夏に、白石くんが神様になった」の続編です。
今年の夏休みに不思議な体験をした、日向 結と白石くん。
秋から冬、そして早春に季節は進んでいく中で、さらに不思議さは増していきます。
人間の“思考”と“感情”、“魂”と“心”をめぐり、少女が成長する物語をどうぞ最後まで見守ってあげてください。
第6章 神様と白石くんの思惑とパパとママの苦悩
(1)-a
11月14日(土) 9時00分。
「みんな寝不足って顔ね、朝ご飯食べたら二度寝してきてもいいのよ」
ママが作った朝ご飯を、テーブルに並べながらあくびをしていたわたしは、シャキッと背筋を伸ばした。
「ごめん、ママ。大丈夫、わたしすっきり目覚めてるから」
ママの作った朝ご飯は、小さなおにぎりと、小松菜とお豆腐のお味噌汁。おにぎりにはそれぞれ違うふりかけがまぶしてあって、小さな子どものお弁当みたいでかわいい。
「立ってるのがしんどくて、おにぎりくらいしか作れなくて。がまんしてね」
「そんなことないよ、ママ。すごく美味しいし、かわいい。」
「ありがとう、結」
「パパは、コーヒーだけ自分で淹れて飲んだら、本当にまた部屋で寝ちゃったのよ」
「パパ、夕べ遅かったもんね。1時くらい? 帰ってきたの」
「そうね、お酒も飲んでて、ぐったりしてた」
夕べ、わたしは神様Q&Aを終えて、帰ってきたのは24時だった。ママはまだ起きてて、パパが帰ってくるのを待ってたんだ。わたしも「遅くなってごめんなさい」ってママに謝ったんだけど、パパのことが心配な様子で、叱られる感じではなかった。
「一人っきりでさびしかったでしょ?」
「何いってんの。のんびりさせてもらってたわ」
「そっかー、よかった」
嘘をついて、夜に外出した罪悪感が少し薄れてきた。
「さて、わたしも二度寝してみようかなー。ごちそうさま」
「ママもそうしようかな、どうしよう。パパを起こしちゃいそうだな」
「みんな、二度寝だー」
わめきながら自分の部屋に行くわたしに、ママが微笑んで手を振った。
(1)-b
美沙はジョナサンを起こさないように、ふたりの部屋のドアをそっと開けた。夫はぐっすりと眠っているようだった。
ジャケットとスラックスが雑に畳んで机の上に置いてある。それをハンガーに掛け直してクローゼットにしまう。
結には言ってみたものの、二度寝をするつもりはない美沙は、床においた大きなクッションに、手をつきながらゆっくりと座った。
(結はなにか秘密を隠してるみたい)
美沙には結の感情がわかる。大雑把ではあるが、寂しがっている、不満がある、悩んでいる……、そういった、言葉にすらならない感情を読み取る事ができる。
巫女の血筋を引く、日向家の女が代々持つ力だ。力と言っても、人の心をある程度の正確さで読み取ることができるという、ささやかな力。
結は今、何か隠していることがある。それは白石くんが絡んでいるということもわかる。
(思春期まっただ中の14歳、そう心配することもない)
そうも思う。しかし、心になにかが引っかかる。
(なにかが起こる。そんな予感がする。それはいいことなのか、悪いことなのか)
たとえば、神社のおみくじに曖昧なお告げが多くて、結局いいのか悪いのか、はっきりとわからないのと同じで、日向家の力も肝心のところはわからない。
(見守りましょう。それしかできることはない)
無意識にお腹に左手を添えながら、美沙はそう考えていた。
ふと、目の前の小さなローテーブルに何かが置かれているのに気付いた。
薄い金属製のコイン、でも貨幣ではない。縁が金色で、黒字に青色と金色のロゴマークがデザインされている。
(パパのものかしら? USSF……)
美沙にそれ以上の疑問がわくことはなかった。
音を立てないように要心しながら立ち上がり、いっこうに起きそうもない夫のブランケットを直して、リビングに出ていった。
(2)
わたしは、二度寝はしなかった。夕べは体が疲れてたから、すぐ寝ちゃったけど、今は目が冴えてる。昨夜のことをいろいろと思い出して、寝るどころではないよ。
ムービーを撮ってた矢納さんからの連絡はまだないしなぁ。早く昨日のやりとりの矢納さんの考察を聞きたい。
白石くん……には、ちょっと連絡するのは躊躇しちゃう。というか声を聞くのが怖い。
(結ちゃん……大好きだよ、結ちゃん)
神様が言ってるんだよっていうのはわかってる。わかってるんだけど、白石くんの口から出たことばであることが、わたしの脳を混乱させた。そして、まだ混乱してる。
(パパもあんなふうにママに告白したのかな……)
二度寝もできず、神様Q&Aのことも考えられないとなると、部屋にいてもモヤモヤするだけだ。
わたしがリビングへ出ていくと、ママが部屋から出てくるところだった。
「あれ、ママ二度寝しないの?」
「結だって、どうしたの?」
「寝れない」
「ふふっ、パパはぐっすり寝ててね、起きそうにないから、ママ、お散歩に行こうと思ってね」
「わたしも行く。お外出たい」
「じゃ行こっか。パパは寝ながらお留守番してもらいましょ、ふふ」
*
「伝言メモとかしてこなかったけど、パパ大丈夫かな」
「大丈夫よ、ママがどんな行動するか、パパには全部わかっちゃうから」
「以心伝心?」
「そうそう。だから心配はしてないの。だけど、寂しくなったらスマホで呼んでくるかもね」
手を繋いで、わたしたちはゆっくりと歩く。お天気は上々だ、寒くもないしお散歩日和だね。
「あら? あの車」
ママが後ろを見て小声で言った。
「珍しい車種でしょ、多分宮内庁の公用車。ママのいた部署の自動車はみんなあの車種なの」
「えっ?」
ママの以外な言葉に頭が働かない。
「誰も乗っていないから、降りて活動中ってこと。結、後ろを見ちゃダメよ、このまま真っすぐ歩いて」
なに、なに? 急展開。どういう事?
「表通りに出たところのカフェに入りましょう、振り向いちゃダメだからね、カフェに入ったら話すから」
繋いだ手に、思わず力が入っちゃう。
(3)-a
美沙が部屋に入ってきた時、ジョナサンは目覚めていた。うっかり出しっぱなしにしていたコインを、美沙が見つけたことも見ていた。
(どう説明したものかな……)
コインはチャレンジコインと呼ばれているものだ。アメリカの軍関係の組織は、それぞれの記念コインをメンバーで持ち合っていることが多い。
大抵は団結の証だが、これを部外者に渡してリクルートの意思を伝えることもある。「うちの組織に入らないか」ってことだ。
夕べの[堂島]のオープニングパーティーの終盤、ジョナサンは見知らぬ客からこれを渡された。スタッフとして自己紹介の握手をした際に、手に滑り込ませてきたのだ。
元USAIDのジョナサンは、このやり方がリクルートであることを知っていた。さりげなくその場を離れ、渡されたコインを確認してみると、USSF とある。7年前に設立された米国宇宙軍……。もらっていた名刺も確認した。John Smith とある。
(ふっ、こんな名前があるものか。肩書はアメリカ大使館広報官だって? 怪しいもんだ)
その後パーティーで、なにを言われたわけでもない。ジョン・スミスはジョナサンにコインを渡したあと、程なく帰っていった。少なくとも今の時点まで、なんの連絡もない。
ジョナサンはベッドに起き上がり、ローテーブルまで歩いていった。コインを手に取り、しげしげと眺めたあと、デスクの引き出しにしまった。
(USAIDが解体されて、よっぽど再就職に飢えていると思われてるのかな。……軍関係はもうたくさんなんだけどな。)
正式な話があったわけじゃないので、まだ美沙に相談するまでもない。
なんとなく美沙の顔が見たくなって、リビングへ出ていった。
(3)-b
「アイスハーブティーと、抹茶ラテで」
ママがウェイターに注文をする。ママにいわれるがままに表通りのカフェにに入り、窓際のテーブル席に座ったところだ。
「ごめんね、結。べつに怖いことじゃないのよ、安心して」
「うん」
「あの車は、天皇陵や古墳の管理、保全を担当する部署の車。覆面仕様にしてあったから、ママがいた〈PEO〉かも知れない」
「ママの辞めたお仕事の仲間の人ってこと? なにか用事があってお家まで来たのかな」
「ママのしていたお仕事は、一般には秘密にしていることが多かったから。辞めたあとも、ああやって様子を監視することもあるのよ。でも、あんなにバレバレの監視をするのは、多分(気付いたらそちらから連絡してこい)ってことなんだと思う。PEOは秘密の部署だけど、映画に出てくるみたいなスパイ組織じゃないから、怖いことはない……と思う」
「なんかよくわからないかも」
「そうよね。辞めたあとでさえ、こうやって結にも秘密にしなければならないことがある。そんなお仕事だった……」
「ママ……」
ウェイターがアイスハーブティーと抹茶ラテを運んできた。ママがアイスハーブティーで、わたしが抹茶ラテだ。
「……なんとかするわ、結も家の前で監視されていたらいやだもんね。うん、もう大丈夫、ごめんね、結」
一口飲んで、ママが明るくいってくれたので、わたしは少しは安心した。大人の話はわからないことが多いもんね。
「抹茶ラテって美味しい。パパも作れるかな」
「もちろん。頼んでみたら? パパ、ラテアートもできるのよ」
「えーっ、すごくない? 何でもできるんだね、パパ」
「ほんと。今ごろ起き出して、誰もいないからさびしがってるかもね」
テーブルに置いた、ママのスマホがバイブレーションで着信した。
「ほらっ」
と、ママがスマホの画面をわたしに見せてきた。
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@Jonathan
Misa, did you go for a walk? I’m lonely without anyone here.
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(美沙、お散歩かい? 誰もいなく寂しいよ)
「パパもママもお互いにお見通しなのね、うふふ」
(4)-a
PEOが運営している偽交流サイトがある。
スマホでそのサイトを閲覧していた美沙は、3ヶ月ぶりに交流掲示板に書き込みをした。
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>P 直接の連絡を乞う M
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そして、PEOの対応も速かった。
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>M エガノモフシノオカノミササギ ニテ マツ P
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(ふーっ、やっぱりあの車はエージェントのものだったんだ。あちらから連絡できない理由があるから、こちらから接触するように仕向けてくる。こういうスパイじみた真似をするのも、辞めた理由のひとつなんだよな。別に非合法っだたり、危険の伴うような組織ではないんだけど……)
彼らの“待つ”ということは、おそらく、これ以降、いつ行っても待っているということだ。どのみち美沙は監視されているのだ。
明日の日曜日に行ってみよう。美沙は決断した。
*
ジョナサンは自分の部屋で考え込んでいた。USSFのチャレンジコインを手に、ベッドに座っている。
(以前、結とボーイフレンドの白石くんが、応神天皇陵で起こしたチャネリング事件のとき、あの古墳の石室についての情報を求めてきたのも、アメリカ大使館広報官秘書だった。
だが、アメリカ大使館というのは隠れ蓑だろう。宮内庁女官の美沙と結婚した僕に、あの事件の内部情報をリークさせた人物は……、おそらくJCにいるやつ)
JC(Japan-US Joint Committee 日米合同委員会)のアメリカ側の筆頭は在日米軍司令部副司令官だが、終戦直後の開設時の議長は、GHQ最高司令官マッカーサーだった。
(結が忍び込んだという応神天皇陵は、仁徳天皇陵とともに、マッカーサーが初めて発掘調査した古墳。その応神天皇陵石室は、結が〈万物の正体〉と接触するきっかけとなった。宮内庁は〈万物の正体〉なる宇宙的存在のことをひた隠しにしている。……そこで宇宙軍の登場ってことか?)
天皇陵墓を管理している宮内庁から、秘密を引き出せということだろうか。しかし美沙はもう宮内庁を辞めている。
(結に狙いを変えたか……。〈万物の正体〉と直接接触した結から、聞き出せということなのかも知れない。だとしたら……)
ジョナサンは無意識に立ち上がって、部屋の中を歩いていた。
(絶対に、結を巻き込んではならない!)
(4)-b
「それじゃ、ママも明日出かけるのかい?」
「あら、パパもなの?」
土曜日の晩ごはんの時、パパとママが明日の日曜日のことを話している。
ママは、前の仕事のメンバーとランチをするといって、パパは次の仕事の打ち合わせで朝から出かけるといってる。
「結はお留守番できるでしょ?」
わたしはちょっと口ごもった。
「あの、あのねママ、パパ。明日はもう試験直前だし、いっしょに勉強しようって、お友だちがうちに来たいっていってるの……。だ…め…かな」
「白石くんね」
「白石くんだろ」
パパとママの声がそろった。
「う、ん……、まぁ、そっ……かな」
「だと思った。しょうがないわね、勝手にそんな約束して。何時にくるの?」
「あの、お、お昼に来て夕方くらいまでかな」
「いいんじゃないか、ママ」
「そうね、白石くんならね。今日のうちに、お部屋を片付けておくのよ」
「わかった。片付ける、やったぁ」
「おいママ、少し窓をあけようか。暑くて結の顔が真っ赤になってるぞ」
わたしが、白石くんに連絡とりづらくなってて、モヤモヤしてたら、白石くんの方からLINEでメッセージをくれたんだ。明日の日曜日、わたしのうちで試験勉強したいって。
なんか白石くんの家だと、都合が悪いらしい。お母さんが修学旅行の引率が終わったばかりでぐったりしていて、日曜日にお客さんがくるのはちょっとつらいって言われたらしい。
いいよ、わたしは大歓迎だよ。神様Q&Aの話もしたい。
パパがいれば、美味しいおやつを作ってくれたかも知れないのにな。わたしひとりだからなぁ。
えっ……わたし……ひとり。そっか。
(つづく) 8月7日 07:00投稿予定