第3章 神様と白石くんの距離
これは前作「中2の夏に、白石くんが神様になった」の続編です。
今年の夏休みに不思議な体験をした、日向 結と白石くん。
秋から冬、そして早春に季節は進んでいく中で、さらに不思議さは増していきます。
人間の“思考”と“感情”、“魂”と“心”をめぐり、少女が成長する物語をどうぞ最後まで見守ってあげてください。
第3章 神様と白石くんの距離
(1)
11月11日
「悠翔ぉ~、放課後、合唱祭のテノールの自主練だからな」
二学期も後半になって、白石くんに仲間ができたみたい。クラスの男の子なんだけど、12月にある合唱祭の練習がきっかけで、仲良くなったようだ。
彼らは白石くんのことを“悠翔”って呼ぶ。
「えぇー、試験勉強しなきゃじゃん」
「通しで一回やるだけだからさ、すぐ終わるよ。放課後第二音楽室な」
「うーん、じゃぁ、まぁ」
わたしは自分の席で、なんとなく、その会話を見てたんだけど、白石くんが急にこっちを見てきた。
(えっ、なに?)
白石くんの目が「ごめん! 結ちゃん」って言ってる。
あっ、そうか。今日はわたしの家で試験勉強するって約束してたんだった。一緒に勉強できるのは二時間くらいだから、練習で一時間でも取られちゃうと、その日は勉強にはならないだろう。
(えっ、いいよ、いいよ。練習大事だもんね。勉強は明日でいいよ)
という思いを込めて、ニコッと笑ってみせたんだけど、伝わらなかったみたい。なんか白石くんの顔はひきつっていた気がする。
本当にいいんだよ。それより今夜はもっととんでもないことに、白石くんを巻き込んでしまいそうなんだから。
昼休みに、白石くんがそっと近づいてきて、
「ごめん、日向さん、今日行けないかも」
他の人がいるときは、白石くんは私のことを“日向さん”って呼ぶ。
「いいよ、全然。自主練でしょ、聞こえてたから」
つとめて機嫌よく答えたつもり。
「ごめん、本当にごめんね」
「いいってば、何も怒ってないよ。それよりさ……」
白石くんの耳にわたしの口を近づけて、
「その自主練のあと、わたしの話をちょっとだけ聞いて。わたし図書室で時間つぶしてるから」
白石くんは顔を赤くして、
「わかった。絶対行く」
って、教室の後ろでワイワイ話しをしてる、男の子のグループの方へ行っちゃった。
わたしもちょっとドキドキしちゃったけど、みんなの目に止まらないように冷静を装って、5時間目の教科書なんかを取り出した。
*
放課後の図書室は、人があんまり居ないと踏んでいたんだけどなぁ。試験前ということもあってか、自習してる人が結構いるじゃん。
わたしは、空いてる席を確保してから、書架のところに行って、科学雑誌を選んできた。特集は「新説 宇宙のはじまりビッグバウンス」だって。理解できるわけじゃないんだけど、わたしの好きな話。
けっこう夢中になって読んでいたら、結構時間が経ってたみたいで、ドアを開けて白石くんが図書室に入ってきた。
「ごめん、待った? 日向さん」
白石くん、図書室だからもっと小さい声じゃないと。自習している生徒がいっせいにこちらを見る。
「ううん、でもほか行こっか」
ここで話すのはまずい。白石くんの制服の裾を指で引っ張って図書室の外へ出た。
結局、屋上への階段の踊り場で、白石くんとわたしはふたりっきりになった。
「話あるって言ってたよね、結ちゃん」
「そう、そうなの。白石くん今夜9時くらいにZOOMしてほしいんだけど」
「えっ、なんで? 今、直接話せるじゃん」
「そうじゃないの、わたしと矢納さんと白石くんとで、打ち合わせしたいの」
「なんの?」
「神様Q&Aだよ。白石くんもう一回くらいならいいって言ってたじゃない」
「えっ、今夜? 今夜やるの」
「違うって、その打ち合わせ。前のときと、少しやり方とか変えないとならないらしいんだ」
「うーん……」
「だめ?」
「……結ちゃんがやりたいって言うのなら、まぁ。」
「本当? うれしい」
思わず白石くんの制服の裾を振り回す。わたし、ずっと掴んだままだったらしい。
白石くんは真っ赤になってたけど、なんでかな。
「じゃ、話は終わり。いっしょに帰ろ?」
夕焼けの道を、ふたりで帰る。
授業の話とか、合唱祭のこととか、テストまであと5日だねとか、そんな普通のお話を白石くんとするのは、とっても楽しい。分かれ道に来るまでがあっという間だった。
「じゃね、白石くん。今夜9時ね」
「バイバイ、結ちゃん。今夜9時ね」
ちょっと急いで帰ろ。パパがまた、心配しちゃうもんね。
(2)
9時になった。
パソコンのメールに、矢納さんからのZOOMの入室招待が来てる。白石くんにもいってるはずだ。もういいかなと、リンクをクリックする。
*
「みんなそろったね。結さんも準備できてるかな。白石くんは久しぶりだね、前回のチャネリング以来だ」
「こんばんは、矢納さん、お久しぶりです」
「やだ、白石くん、緊張してる?」
「だ、だって」
「さっ、それじゃ、結さんが提案した、第2回神様Q&Aについて話そうか。まず、この画像だ」
矢納さんが、画像を数枚共有データに出してきた。
「一枚目は現在の、恵我藻伏岡陵、つまり応神天皇陵の、方形部分中央にある石室の、地表部分の写真だ。10月に露出した石室天井岩の補修工事が終わり、ついでに地表の祭祀場を当時のように復元した。期間限定で一般公開されてるが、柵で囲まれていて直接触れたりすることはできない。」
「けっこう見学してる人多いみたいだよ。ママが言ってた」
「そうだね、見物客の中には、埴輪に触ってやろうなんて奴がいるから、柵で囲ってるってわけだ。だが、石室内部に封印されている思念体と、再びチャネリングをするためには、石室の真上あたりに中継物を置かなければならない。前回はお土産の埴輪を使ったね」
白石くんの画面には、後ろの本棚の埴輪が映り込んでて、白石くんは振り向いて、ちらっとそれを見ている。
「できるかな」
と、わたし。
「次の画像を見て。これは応神天皇陵全体のセキュリティの図面だ。監視カメラや、警備員の配置、巡回ルートなどがわかるだろ」
「すごい。なんでこんな情報がわかるの?」
「うちの研究所のパソコンから、宮内庁のデータベースが見られるからな。最新のものだと思うぞ、修復後の石室周辺の管理も載っている」
「あの柵の中に侵入したら、警報ベルが鳴り響いて警備員が駆けつけるとか?」
「警報装置の類はない。宮内庁の事務方レベルでは、あの石室はそんなに重要視はされていないんだ。だが、新たに造られた祭祀場への道が、巡回ルートに追加されているから、3時間に一度、警備員が巡回に来る」
「石室の上に埴輪を置いて、家に戻って、チャネリングして、また埴輪を回収しに行ってたのでは、警備員に見つかっちゃううってことね」
「その通りだ、結さん」
白石くんの画面を見ていると、だんだん白石くんの目が輝いてくるのがわかる。白石くん、こういうの好きなの?
「白石くん?」
「ん? なに、結ちゃん」
「いや、大丈夫かなって。だんだんすごいお話になってきたから」
「全然! 面白そうな話で、ちょっとワクワクしてきた」
「で、どうするかってことだけど。こういう作戦を考えた」
矢納さんもちょっと楽しげじゃん。
「警備員の巡回のインターバルを狙って、祭祀場内に侵入して石室の上で直接チャネリングを行う。3人でだ」
「夜に3人も集まって何かしてたら、気配でわかっちゃって巡回時間以外でも、警備員さんが来ちゃわないですか?」
「僕の計画では石室上に暗幕テントを張って、その中で行う。明かりも最小限に抑えて、3時間以内でチャネリングを終えて撤収する」
「ミッッションインポッシブルみたいですね」
白石くんが発言した。ノリノリだ。
「おそらく、うまくいくのではないかと思う。しかし、万が一見つかったら警察に通報されるだろうし、君たちの学校にも知らされるだろう。そしてなによりも、宮内庁を辞めたとはいえ結さんのお母さんに多大な迷惑がかかる。だから、危険を察知したらすぐに中止して逃げること、これが大事だ。絶対に見つかっちゃだめだ」
「はい。わかりました」
白石くんの返事がいい。
「どうだい、結さんは」
わたしはすぐには答えられない。“ママに迷惑がかかる”というのが引っかかる。
「少し考えます。考えさせてください」
「……、まぁそうだろうね。僕だってバレたらただじゃ済まないしな」
そっか、矢納さんも大変なのか……。
わたしが、ただ知りたいという理由だけで、みんなを巻き込んじゃうのが、とても心苦しい。
「準備はしておく、いつでも決行できるようにな。よく考えてくれ。白石くんも結さんの相談にのってあげてくれ」
「ごめんなさい、わたしが言い出したのに……」
*
ZOOM会議は1時間くらいで矢納さんは退室したけど、白石くんとわたしはしばらく残って話していた。
「結ちゃん、僕は結ちゃんのやりたいことを応援してるよ」
「ありがとう……。でも、みんなに迷惑かけるのは、わたしのわがままだよ」
「ちがうよ、結ちゃん。
僕はね、
結ちゃんが好きなことをして、楽しそうにしているのを、見てるのが好きだんだ。
僕には、そんなに夢中になれることがないからかな。
だから、結ちゃんはわがままなんて言わないで
好きなこと、正しいと思ったことをあきらめないでほしいな
おかしいよね、僕だってなにか行動すればいいのにね」
(!……)
もう、声も顔も、口調まで全部神様そっくりじゃないっ! わたしは、ただただ画面に見入ってしまった。
(つづく) 8月4日 07:00投稿予定