第11章 世界で一番短い祈りは[名前]――そして白石くんは神様になった(上)
これは前作「中2の夏に、白石くんが神様になった」の続編です。
今年の夏休みに不思議な体験をした、日向 結と白石くん。
秋から冬、そして早春に季節は進んでいく中で、さらに不思議さは増していきます。
人間の“思考”と“感情”、“魂”と“心”をめぐり、少女が成長する物語をどうぞ最後まで見守ってあげてください。
第11章 世界で一番短い祈りは[名前]――そして白石くんは神様になった(上)
(1)
2027年3月21日 奈良県 橿原市
春のお彼岸の日、わたしに弟が生まれたんだ。
ふるさと出産で実家に帰ってきていたママは、お祖母ちゃんのお友達だという助産師さんのお世話になって、無事出産をした。お守りが効いたのか、とても安産だった。
3日前から春休みになったわたしとパパは、ここ橿原市にあるママの実家に滞在していて、ママの弟が生まれてくる瞬間にもに立ち会った。
とても神秘的な体験だったなぁ。
“産む”というよりは、“生まれる”、ママの体から“出てきた”っていう感じ。ママも
「ようやく会えたね。いらっしゃい」
って言ってた。
*
わたしたちは、あと2日ここに滞在して、いったん大阪に帰る予定だけど、パパは1ヶ月後に、またここにママと弟を迎えに来る。
弟がまだ移動できないのと、ママの1ヶ月検診が生まれた土地の病院であるからだ。
パパは叔母さんの作るご飯にとても感動して、頻繁にお料理の話をしている。叔母さんも嬉しそうだ。
今も台所で山菜を前に、なにやら話し込んでいる。
わたしはお祖母ちゃんといっしょにママと弟が寝ている横に座っている。
お祖母ちゃんはいっぱいおしゃべりをしてくれた。ママは目が覚めているけど、黙って聞いている。
ママの小さいころの話とか、わたしが、同じ助産師さんで産まれたこととか、いろいろ。
血の繋がった4つの世代が同じ部屋にいるのは、とても不思議な感覚だ。
「結は4ヶ月前に見たときよりも、ずいぶんと大人になった気がするねぇ」
「えっ、本当? なんも変わってないけどな」
「心が深くなっている。優しい子だね、結は」
「えへへ、そうかな」
弟のちっちゃくて柔らかい手のひらを人差し指でちょんと触ってみる。
思いのほか強い力で、わたしの指を握り返してくるのがかわいくて、何回もやっちゃう。
それを見守りながらお祖母ちゃんが「お名前をどうしましょうね」と口にした。
「まだ決まらないの、ママ?」
「そうね、パパは明後日帰ってしまうから、その前に決めてしまいたいのだけど」
ママはあとひと月こっちにいるけど、出生届というものを、14日以内に大阪の市役所に出さなきゃいけないらしい。
「男の子の名前はどういうのがいいんだろうね、お祖母ちゃん」
「うちは女系だから……。男のお子が産まれたんは、ずいぶんと久しぶりのことだねぇ。ご先祖様からでもお借りしようかね」
「結の、ひいお祖父ちゃんは御所の侍従だった。お祖父ちゃんも神職だった。硬い響きの、やはりご先祖様から一字いただいたお名前でした。
ですが、この子には、親の、そしてまわりの人の想いを込めた名前にしたいと思っています」
*
次の日、朝ご飯のあとパパとふたりでお散歩をした。
「パパ、赤ちゃんの名前考えた?」
「ああ、考えたよ。“そら”っていうのはどうだい?」
「そら……。どんな字なの? お空の“空”かな」
「宇宙の“宙”だ。この漢字でそらとも読むって、パパ昨夜一所懸命調べたんだ」
「“宙”は宇宙の“宙”。……へぇ、いいんじゃない“そら”。いい名前」
「[ウは宇宙船のウ]ってSF小説知ってるかい? [R is for Rocket]」
「知らない。変わったタイトルだね。その小説からこの名前にしたの?」
「いや、違う。読んだことはない」
「なにそれ。わかんない」
「パッと閃いたってことだよ」
「ママはなんて?」
「まだ言ってない。帰ったら相談だ」
*
ママはなにも言わずにニコニコしながらうなづいていた。
「いい名だね、ジョーさん」
お祖母ちゃんが口を添えた。
「本当に……。日向 宙。ひなたそら、いい名前ですね。ありがとう、ジョー」
わたしは隣の小さなお布団で寝ている、弟に
「そら、そらちゃん。きみの名前が決まったぞ。日向 宙だ」
そう言って小さな手のひらをチョンと突いた。
宙はギュッと握り返して返事をしてきた。
(2)
大阪に帰る日が来た。パパは朝から橿原市役所と病院へ、出生証明書その他の書類を受け取りに行っている。
帰りの支度もし終わって、ママと宙のいる部屋でパパの帰りを待っていたんだ。
そして、なんとなくまた宙の手のひらを触っているとき、ビリビリって、一瞬頭が痺れたような感触があった。
びっくりして宙の顔を見る。宙は変わらずに天井を見てるだけみたいだ。
どうかしてるのかな、わたし。
やがてパパが戻ってきた。
「やぁ、待たせたね結。書類関係は全部揃ったよ。もう出ないと、じきに電車の時間が来てしまうぞ」
慌ただしく靴を脱いで、パパが部屋までやってきた。
「美沙、充分に休んでくれよ。さびしくてたまらないが、なんとか我慢するよ」
ママの横に座り込んで、しばしのお別れをしている。やがて盛大にキスをし始めたけど、わたしはやっぱり恥ずかしくて、顔をそむけて横目で少しだけ見てた。
宙にもキスしようとしたけど、「赤ちゃんにキスすると虫歯菌が感染っちゃうんですよ」ってママに言われてあきらめていた。
「じゃ、行くか、結」
玄関まで見送りに出てきてくれた、お祖母ちゃんと叔母さんに挨拶をして、わたしとパパは駅行きのバス停まで歩いて行った。
*
近鉄線の急行列車に並んで座ったわたしたちは、もうあまりおしゃべりしなかった。
パパは病院でもらってきた書類をずっと見ていて、ときどきスマホの翻訳アプリを使って読んでいる。わたしはぼんやり窓から見える住宅街を見てる。
さっき宙に触れたときに感じた感覚を思い出していた。
(何かを感じた。何かを言われたような気がした。でも宙じゃない。そもそも言葉でもなかった。言葉ではない何かが頭の中に流れ込んできた……)
なんだろうあれ……。
突然、理解した。まるで翻訳が完了したみたいに、言葉になってあのときの感触が再現された。
――やぁ、また会えたね。うれしいよ、ぼくは。
(!!……。)
まさか……、神様!?
そういえば「今度は結の弟か妹に入ってみようか」って去年の夏に神様は言っていた。それで……?
えー、どうしよう。どうしたらいいんだろう。
今ママのところへ引き返すことはできないし、こんな事をママに言うのも今はどうかと思う。
そうだ、悠翔くん。帰ったら悠翔くんに会おう。
(3)
3月25日(木)11時00分
「ねぇ、悠翔くん。わたしね、お願いがあるの」
ここは、悠翔くんの家、彼の部屋。
去年のクリスマス以来、週に3,4回はどっちかの家に行ったり来たりしている。
初詣にも行ったし、バレンタインデーにもチョコあげたし、春休みになってもこうやって遊びに来たりしてる。
パパに悠翔くんの事を“ボーイフレンド”って言われても、なんか受け入れちゃってるわたしがいるし。
悠翔くんはどうなんだろうな。
「もう一度ね、もう一度だけでいいから……」
「な、なんだよ、結ちゃん。どうしたの」
「悠翔くん、わたし、悠翔くんにもう一度神様を呼んでほしいの」
「え、えー? また神様Q&Aをやるの」
「ちがうの、悠翔くん。わたし神様と話がしたいの。どうしても言わなくっちゃならないことがあるの。だからお願い悠翔くん、もう一度神様を呼んで」
「でもどうやって……」
「あの石室の近くに行かなきゃならない。でも、もう敷地内には入れないから、隣の誉田八幡宮へ行く。どう?」
「いつ?」
「今から。……だめ?」
実は昨日矢納さんにメールを出しておいたんだ。
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――どうしても、どうしても、明日誉田八幡宮に行かなくっちゃなりません。〈万物の正体〉に関係することです。どうかわたしと白石くんを車に乗せていってください。お願いします。明日11時に白石くんの家まで迎えに来てください。 結
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「もうすぐここに、矢納さんが来るまで迎えに来てくれる……はず」
家の前でクラクションが3回鳴らされた。
「あっ、もう来た。きっと矢納さん」
「えっ、えっ、えっー!」
*
「なんだって、こんな遠くまで呼び出すんだ。誰かほかにいるだろう、車出すくらい」
「ごめんなさい、矢納さん。でも、矢納さんにも見届けてほしいいんです。最後のチャネリングを」
「最後だって?」
矢納さんと悠翔くんの声が重なった。そりゃそうだよね、事情を話さなくっちゃ。
「説明しますから聞いて下さい。
わたしのママが実家で赤ちゃんを生んだんです、4日前。男の子でした。
産まれて3日目に、わたしが赤ちゃんの手に触れたとき、神様が――〈万物の正体〉がわたしの心に話しかけてきました。
「やぁ、また会えたね」って。
去年の夏に神様は言ってたんです。「今度は結の弟か妹に入ってみようかな」って」
「そんなこと、ありえるのか?」
「産まれたばかりの赤ちゃんは、まだ脳が十分に発達していないから、思考回路が出来上がるまでは、入っていくことができないって言ってたんです、なのに……。
だから、わたし神様にやめてくれって言いたいんです。弟から出ていってほしいんです。だから……、だからすぐに、神様に会わなきゃならないんです。
お願いします。力を貸してください、矢納さん、白石くん」
「……。あの埴輪は持ってるか?」
ハンドルを握りながら矢納さんが聞く。
「はい、持ってきました」
「よし、じゃやってみるか。じきに着くぞ、誉田八幡宮に」
*
誉田八幡宮は応神天皇陵のすぐ南に併設している神社だ。応神天皇を祀り、「渡御」とも「お渡り」とも言われる儀式を毎年行っている。
その駐車場に自動車を停めた矢納さんは
「どこでやるかだな、車じゃないほうがいいだろう」
できるだけ石室に近いほうがいいだろうということで、社殿の裏で人気のない場所を探した。
どこも、神社の人に見つかっちゃいそうで、なかなか決まらなかった。だけど、北側の境内の柵の境目に大きなけやきの木が立ってて、根本も低木で囲まれている場所があった。そこに踏み入ってみると四畳半くらいのスペースがあって、3人でしゃがみ込むと外からは見えないじゃないかな。
「ここでいいか。できるかな? どうだ結さん」
「どう? 白石くん」
「まぁ、座る場所さえあれば大丈夫なんじゃないかな。それにここ、すごい感じます。今までチャネリングしたときのような空気を」
「よし。じゃ、ここでやろう」
(つづく) 8月18日 07:00投稿予定




