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中2の春休み、神様が白石くんを駆け抜けていった  作者: Dicek


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16/18

第10章 第3回 神様Q&Aは、クリスマス直前公開収録スペシャル(下)

これは前作「中2の夏に、白石くんが神様になった」の続編です。

今年の夏休みに不思議な体験をした、日向ひなた ゆいと白石くん。

秋から冬、そして早春に季節は進んでいく中で、さらに不思議さは増していきます。

人間の“思考”と“感情”、“魂”と“心”をめぐり、少女が成長する物語をどうぞ最後まで見守ってあげてください。

第10章 第3回 神様Q&Aは、クリスマス直前公開収録スペシャル(下)



(7)


 12月18日(金) 14時00分


 ジョナサンはジョン・スミスを待っていた。

 以前と同じ、大阪の中規模のホテルのロビーである。

 このホテルはロビーでも飲み物を注文することができる。フロントでコーヒーを頼み、先払いしてロビーのソファに落ち着いた。


 *


「お待たせしましたかな、ミスター エヴァレット」


「いや、そんなことはない。コーヒーが飲みたくて早めに来たんだ」


「あなたはやはり優秀です。思いがけず、こんなに早く依頼を遂行していただけるとは、やっぱりあなたをリクルートしたくなりました」


「あいにく、私は新しい仕事を始めたばかりなんでね、謹んでご辞退しますよ」


「残念。本気だったんですけどね。では、話を始めましょうか」


「ああ、そうしよう。これだ、手のひらを広げてくれ」


 ジョナサンは指先で5ミリ四方のMicroSDカードをつまんで、ジョン・スミスの手のひらに置いた。

 ジョン・スミスはタブレットを取り出して、MicroSDカードを差し込んだ。


「コピーできたのを確認したら、そいつは指でひねりつぶして捨ててくれ」


 ジョン・スミスは画面を凝視している。読み込んだデータを開いて確認している様子を、ジョナサンはコーヒーを飲みながら眺めていた。


「チャネリングの撮影動画ですね、編集もされていない生データです。距離も近くて、鮮明だ。よく取れています」


「日本語が聞き取れるかい?」


「完璧なヒアリングは私にはできません。そのかわり、このタブレットはクラウドにつながっているので、うちのスタッフが直ちにこのムービーをチェックしているはずです。

 確認の連絡が来るまで10分ほどかかるでしょうが、お待ち下さい」


 ジョン・スミスはMicroSDカードを抜き出してそう言った。


「では、その間に私の話を聞いてほしい」


「ぜひ。エヴァレットさん」


「さっきも言ったが、私は新しい仕事を始めたばかりなんだ。私に依頼をするのはこれで最後にしてほしい。私への連絡も、妻と娘への監視、接触もしないでほしい。聞き入れてもらえるかな」


「残念ですが、あなたがお望みであれば仕方のないことです」


「ありがとう、感謝する。スミスさん」


「……私も今動画を見ましたが、軍はこのオペレーションを、大きく方向転換せざるを得ないのではないかと感じました。危惧されていた人類の危機に対する作戦が、宇宙軍のカテゴリーに入らないことになれば、おそらくは……」


「PEOにしても、そうだろうな。それに、なにしろずいぶんと先の話すぎる」


「いや、たとえ180年後であっても、宇宙進出のための科学力、しいては宇宙で使用する武器の開発に関することとなれば、現在の予算にも影響がありますからね、……いや、これは言いすぎました。忘れてください」


「所詮は予算と命令で動くものだ、国の組織ってものは。私のいた組織もそうだった。ふふっ、これも忘れてください」


 ジョン・スミスがウインクして応えたとき、彼のスマホが鳴った。

 ジョナサンは残りのコーヒーを飲み干した。


「データの受理が終わりました。これで全て終了です」


 ジョン・スミスが指に力を入れてMicroSDカードをふたつに折りたたんでいる。


「よかった。じゃ、家族が家で待ってるんで、これで失礼する。さようなら、スミスさん」


「一緒に仕事ができて光栄でした、エヴァレットさん。私は少し後からここを出ます。

 あなたへの報酬は、あなたが思いもよらないところから振り込まれるでしょう。ロンダリングは不要です。受け取って下さい」


 ジョン・スミスは立ち上がって見送り、ジョナサンは軽く手を振ってロビーを出ていった。


(クリスマスまで一週間か。やっかい事がかた付いてやれやれだ)


 駅へ向かう街並みが、イルミネーションで飾られている。ジョナサンは立ち止まってその景色を眺め、そしてすぐに、ゆっくりと歩き出した。



(8)


 12月21日(月)12時40分


 研究室の机で、パソコンのモニターを見ながら、矢納は昼食のメロンパンを食べていた。

 画面にはエディタソフトが立ち上がっており、びっしりとテキストで埋まっている。

 論文の推敲中なのだ。


 もぐもぐと口を動かしながら、時折マウスを動かしたり、キーボードでタイピングしている。


(こんな論文を、最後まで査読する酔狂な学者はいないだろうな)


 矢納は、今年の夏以降に応神天皇陵を中心に起こった、様々なできごとをまとめ、考察したものを“仮説”として論文にしていた。


 “思考”が先に生まれたという仮説は、どの学者も信じてはくれないだろう。物的証拠はなにもないが、“証言”はある。だが、その“証言”とはチャネリングによって得られた〈万物の正体〉の言葉だ。

 これでは、学会が論文の受理すらしてもらえないかも知れない。


(これで僕もトンデモ学者の仲間入りかな……)


 食べ終えたメロンパンの袋を丸めてくずかごに放りながら、矢納はため息をついた。


 ふいに、スマホの着信音が鳴る。メッセージではなく通話着信だった。


「もしもし」


「あっ、矢納さんですか? わたしです、結です。通話しちゃってすみません。今大丈夫ですか? わたしは昼休みなんです」


 けたたましく、若い声が耳を突く。矢納はマイクに切り替えてスマホを机に置いた。


「ああ、大丈夫だ。どうしたんだ」


「あれから矢納さんどうしてたんですか? メールも電話もくれないから、あのときの大人たちに、ひどい目に合わされてるかも知れないと思って」


「ぷっ、そんなわけあるか。何もされてないよ。PEO関係の仕事がなくなったので、大人しく論文書いてたんだ」


「そっかー、よかった。矢納さんGoProも取り上げられちゃってたもんね、帰ってきた? GoPro」


「あぁ、送り返されてきたよ、初期化されてな」


「えぇぇ、じゃ録画全部消えちゃったんですか」


「いや、あのとき、撮影を終えてすぐに、GoProから直接クラウドにアップロードしておいたから、録画データはこちらにある」


「おぉー、矢納さんすごい。さすがですね」


「そんな用件で、貴重な昼休みを浪費していて大丈夫なのかい?」


「浪費じゃないですよ、矢納さんをお誘いしようと思って直電したんです。メールだと時間かかるから」


「お誘い?」


「矢納さん、クリスマスイブって空いてますよね」


「ん? なんか引っかかる言い方だな。大学中の美女が押しかけてきて、乾杯して回るだけで夜が明けちゃうくらいだよ」


「えー、美女! 本当ですか、凄いんですね矢納さんって」


「大人は、会話の潤滑油としてこういう事を言うんだよ、聞き流せ。まぁ、僕の周りは大体神道だからな、クリスマスに格別何かをするわけじゃない」


「わたしのうちで、パーティーするんです。白石くんも来てくれるし、矢納さんもお誘いしたらって、パパが」


「僕を? きみんちに。ずいぶんと遠出になるな」


「えー、だめですか?」


「リモートじゃいけないか?」


「リモートでパーティーなんて聞いたこと無いですよ。えー、会いたいなぁー、矢納さんに。本当にだめですか?」


「……わかった。前向きに検討しよう」


「わぁっー、それって来てくれるってことですよね? やったー。これでみんな揃う」


「うん、わかった、行くから。そんな声出すな。きみんちの住所、あとで送っておいてくれ」


「わかりました、送ります。じゃ、HRが始まっちゃうんで。今日4時間授業なんです」


 唐突に始まった通話は、唐突に切れた。研究室に静寂が戻る。


(純粋で悪意なき強引、揺るぎない自我……。〈探るもの〉とは〈神〉と同義か……)


 矢納は手帳を取り出して、スケジュールを書き込み始めた。



(9)


 12月24日(木)クリスマスイブ 14時00分


「パパ、もうテーブルに乗り切らないよ」


「パパの部屋のローテーブルを持ってきてくれないか、結」


 リビングにクリスマスツリーを飾っているので、スペースがもうあまりない。

 パパが昨日の夜から仕込んで、早起きして仕上げた手料理の数々で、テーブルとコタツの上はいっぱいだ。

 日中は窓を開けて、風を部屋に入れるのが好きなパパは、冬のコタツが大好きだ。

 コタツが出されている季節には、リビングの端に追いやられているソファに、もうずいぶんお腹が大きくなったママが座って、ニコニコとわたしとパパの様子を見ている。


「もうすぐ、白石くんがくるから、そしたらいっしょに運んでもらうね」


 わたしたちは今日から冬休みなので、パーティーはお昼過ぎから始めることになった。

 朝から我が家はその準備で大忙しだ。


 呼び鈴が鳴った。


「白石くんかな?」


 わたしは玄関まで走っていってドアを開ける。


「やぁ、こんんちは、結ちゃん。メリークリスマス」


 やっぱり白石くんだった。


「いらっしゃい、白石くん。上がって、上がって」


「やぁ、悠翔。いらっしゃい。メリークリスマス」


「お邪魔します、お父さん。メリークリスマス」


「悠翔、結を手伝ってあげてくれないか。僕の部屋からテーブルを運ぶとこなんだ」



 すべての準備が整ったころ、矢納さんがやってきた。あったかそうなベージュのダウンコートを着ている。


「メリークリスマス、エヴァレットさん、日向さん。お招きいただいてありがとうございます」


「いいよ、いいよ。そんなかたくるしい挨拶は。君とは一度じっくり話してみたかったんだ。どうぞゆっくりしていってくれ」



 テーブルいっぱいに乗ったパパの料理の数々は、どれもとても美味しい。

 中でも、パリパリに焼いた七面鳥の皮をナイフで削ぎ取って、チコリを器に見立ててのせ、ハーブを散らしてオリーブオイルをかけた一品が抜群だった。

 他にも、ローストビーフとたっぷりの三つ葉をミルフィーユみたいに重ねて挟んだサンドイッチ、スモークサーモンときゅうりペーストの冷製スパゲティとか、どれもとてもおいしい。


「美味しいです、エヴァレットさん。既存の料理を素晴らしい方向に進化させている」


「ジョーでいいよ、矢納さん。料理は好きでね、いつの間にかこんなことになっていた。ところで君のファーストネームは何ていうんだい?」


「ただし、です。正しいという字を書きます」


「オーケイ、じゃこれから正と呼んでも?」


「もちろんです、ジョー」


「漢字はいい。一文字にいろんな意味が込められている。正か……。いい名前だ。“名は体を表す”っていうんだろ? こういうとき」


 わたしは、テーブルで白石くんとママといろんなお話をしていたんだけど、パパと矢納さんがコタツで仲よく喋っているのを見て嬉しくなった。

 やっぱり来てもらってよかった。


「へぇ、矢納さんって正っていうんだ。始めて知った。わたしも正って呼ぼうかな」


「正さんでしょ、結。あなたは年上の人にフランクすぎます」


「へへ、ごめんなさい」


「でも、下の名前で呼ばれるって、それだけで親しみがこめられていていいよね、名前呼ばれただけで相手の気持が伝わってくるっていうか」


 白石くんが話に入ってきた。

 すると、ママがお腹に手を添えながら、静かに言った。


「名前はね、世界一短い祈り、世界一短い魔法の呪文なの。

 その人の名前を呼ぶとき、その人の健康を、幸せを、成功を祈っている。

 複雑な言葉をつけ足さなくても、呼んだ“名前”に、その人を大切に思う心がつまっている。

 だから、名前は祈りであり、魔法であるのよ」


 みんな、ちょっとの間黙って、おのおのが何かを考えているみたいだった。


「クリスマスイブにふさわしい言葉だ。まるで、教会のミサでマリア様の言葉が聞こえてくるようだった」


「本当です、感動しました、お母さん」


「さすがに〈探るもの〉のご両親だって、そう感じました」


 みんな口々に言ってママの顔を見た。

 ママはニコニコ笑ってお腹をさすっている。本当にマリア様みたい。


「さぁ、みなさんもうお腹いっぱいになったでしょう。デザートにケーキとお茶をいただきましょうか。結はお待ちかねだったでしょ」


 そ、そんなことないけど、ケーキは好き。ママにそう言われたらとっても食べたくなってきた。


「ケーキだけは作れなくてね、買ってきたものなんだ。でも、知り合いのパティシエが作ったとてもおいしいブッシュ・ド・ノエルだよ」


 空いたお皿をキッチンへ運びながら、パパはわたしに言った。


「結も手伝っておくれ」



 19時。いつもはエントランスまでだけど、きょうは白石くんを送って少しだけいっしょに道を歩き始めていた。

 白石くんはわたしのあげたクリスマスプレゼントを手に持ってる。

 一度開けてもう一度包み直したから、リボンがちょっと曲がってるけど、大事そうに持ってくれてた。


 白石くんが、わたしにくれたクリスマスプレゼントは、毛糸の手袋だった。くすんだピンクで目の詰まったあたたかそうなやつ。

 そして、わたしが白石くんにあげたのも手袋だった。薄い皮の少し大人っぽいやつ。


「ふたりとも、手袋だったね、ふふ」


「うん、びっくりした」


 会話は続かないで、おたがい心の中でなにか考えている。

 

「ねぇ、白石くん。あのね、その……」


「なーに、結ちゃん」


「わたしね、あのね、……悠翔はるとくん。って、呼んでも……いい?」


「……!」


「あっ、あの、ふたりっきりの時だけにするから……、みんなの前では白石くんって呼ぶから。だから、そう、よ、呼んでもいい?」


「も、もちろんだよ、ゆ、結ちゃん」


「本当? いいの」


「うん……」


「ありがとう。……じゃ、ここで。悠翔くん」


「じゃ、結ちゃん。ま、また、冬休み中に会おう、会えるかな?」


「うん、会う。会いたい」


「じゃ、ほんとにここで。バイバイ」


「バイバイ、悠翔くん」



 わたしは足を止めて、悠翔くんはそのまま歩いていく。

 何回か振り返って手を振ってくれた。

 わたしも小さく手を振って、悠翔くんがもう見えなくなってから、空を見上げて大きく口を開けて


(はーーっ)


 って、白い息を吐いた。




(つづく) 8月17日 07:00投稿予定

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