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中2の春休み、神様が白石くんを駆け抜けていった  作者: Dicek


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11/18

第8章 脳は思考の器、肉体は感情の器(下)

これは前作「中2の夏に、白石くんが神様になった」の続編です。

今年の夏休みに不思議な体験をした、日向ひなた ゆいと白石くん。

秋から冬、そして早春に季節は進んでいく中で、さらに不思議さは増していきます。

人間の“思考”と“感情”、“魂”と“心”をめぐり、少女が成長する物語をどうぞ最後まで見守ってあげてください。

第8章 脳は思考の器、肉体は感情の器(下)


(2)-a


「パパ、ママ、行ってきます」


「行ってらっしゃい、気をつけてね」


「Have a nice day!!」


 いつもと同じ登校の場面。学校に向かって歩きながら、わたしは考えていた。


(ママの気持ちが暗いな……)


 今朝、「おはよう」とお互いに挨拶してママの顔を見た時、ママの感情がわたしにはわかった。ニコニコしていたけど、わたしに何か言いだせなくて苦しんでるみたいだった。

 それが何なのかまではわからない。ママとわたしの間のこの感覚は、いつも言葉まではわからない。心の状態が大まかに感じ取れるだけだ。

 あっ、でも名前はわかるな。ママが心の中で「結!」って思ったときは、耳で聞いたのと同じ感覚で伝わってくるかな。


(でも、わたしの方だって……)


 第二回神様Q&Aのことも言ってないし、またやろうとしてる第三回目のことだって言えない。心配かけちゃうから……。


(どうしよう、良くないよねこういうの)



 放課後アルトパートの女の子たちと自主練して、夕方ひとりの帰り道。

 今日は白石くんとしゃべれなかった日だった。

 休み時間は各パートで自主練してたし、放課後はわたしも白石くんも、それぞれ自主練があって帰る時間が合わなかった。

 だから昨日矢納さんと話し合って決めた、第三回神様Q&Aのことも伝えられなかった。

 こればっかりは、白石くんがいないとできないから、早く相談しなくちゃいけないんだけどなぁ。



(2)-b


「ただいまー」


 結が帰ってきた。


「おかえり、結」


 返事をしながら結の顔を見た時、美沙には結の感情が伝わってきた気がした。

 笑顔ではあるけれど、憂鬱で沈んだ感情。


「パンケーキ焼いてるのよ、結もおやつに食べる?」


「やった! お腹へってるんだ、いっぱい唱ったから、クタクタだよ」


(そうか、それで……。疲れてたのね、結)


 杞憂であったかと、美沙は多少安心してキッチンに戻った。


「結、帰ったのか。おかえり」


 ジョナサンが、部屋のドアから顔だけ出して結に声をかけた。

 夫は、1日中部屋にこもって、仕事の文書を作成しているようだ。結も「ただいま、パパ」と応えながら自分の部屋へ荷物を置きに行った。


 妊娠中期で安定期に入ったと定期検診で告げられたばかりなのに、なにかわからない不安感があり、過度に敏感になっている神経を美沙は持て余していた。

 なにしろ、夫の代わりに夕食の支度をするつもりだったのが、なぜか結のためにパンケーキを焼いてしまっていたのだ。


「どうぞ、召し上がれ」


 テーブルにパンケーキとメープルシロップを運んだときの、甘い香りが鼻につく。安定期に入っておさまっていた“つわり”が、またくる予感がする。


「美味しそう、ありがとうママ」


「お口にあえばいいけど」 


 かろうじて笑顔で応えられたが、立っているのがつらくて、テーブルの横のソファにドサッと座った。


「ママ、大丈夫? お腹大きくなってるのにごめんね、しんどいよね」


 食べかけのパンケーキを皿に置いて、結が立ち上がった。


「パパー、ねぇ、パパぁー!」


 ドアが開いてジョナサンが飛び出してきた。


「パパ、ママがつらそうにしてる」


「Misa! What’s wrong? Does something hurt?」(美沙、どうしたんだい? どこか痛むのかい)


「I’m OK. It was just a little hard to stand.」(大丈夫。立ってるのがちょっとつらかっただけだから)


「Were you planning on making dinner? I’ll do that for you.」(晩ごはんを作ろうとしてたのかい? そんなの僕がやるから)


「Thank you, but I’ll be fine if I get some rest.」(ありがとう、でも少し休めば大丈夫)


 妊娠してる美沙に、献身的にサポートしてくれる夫に、いつも笑顔で感謝している美沙だが、今は神経が過度に反応して、涙がひとすじ頬を伝っていた。



(2)-c


 さっきはびっくりした。ママやっぱり大変なんだなぁ。きっと、今朝、ママの感情を感じたあの時も辛かったんだ。

 あれからママはソファに横になり、わたしはママの向かいのソファに座って、パパが急いで晩ごはんの支度をしているのを見ていた。

 パパはときどき振り返ってママのことを見ていた。パパも優しい。

 さっきママがちょっと泣いちゃった時、パパはママにキスしてた。いつもは見ないようにしているんだけど、さっきは横目でちょっとだけ見てた。

 ママはご飯を食べなかったけど、体調はそんなにひどくないみたいなので、今はソファに横たわったまま、パパと仲良くお話してる。

 

 夏にハイキングに行った時、パパが言ってたな。


「パパとママのお互いの気持は、見事に融合してる」


 って。


 神様が言ってた。


「思考は融合して“魂“という大きな思考になる。人間に宿った“魂“同志がさらに融合して、よりおおきな思考になるのか、それはまだわからない。ただ、どのみち肉体に留まることのできなくなった“魂“は、ぼくが取り込んで、ぼくと融合する」


 って。

 それはきっとそうなのだろう。それが世界の真実なんだと思う。


 でもね、神様。人間に宿った“魂“という思考は“感情”を生み出すんだよ。

 手で触れた感触、肌で感じた温度、目に映る美しいもの、いい匂い、舌で感じた美味しさが……。肉体から送られてくる、そんな情報から“感情”が生まれるんだ。


 脳は思考の器。

 肉体は感情の器。


 そして神様、人間から取り込むことができるのは思考だけ。“感情”は神様とは融合しないで、肉体が終わってしまった後でも、子どもや残された人々に引き継がれていくんだ。

 肉体を持たない神様には、たぶん“感情”がわからないのだとしたら……ちょっと、かわいそうかもしれないな。


 パパとママが仲良しなところを見て、それがジグソーパズルの最後のピースになって、わたしはそんな全体像を導き出した。


(合ってるかなぁ?)


 これは、“神様に聞きたいこと”というよりも、”神様に教えてあげたいこと”ってことになるのかなぁ。



(3)


 11月19日(水)


「結ちゃん、昨日いっしょに帰れなかったから、きょうは帰ろうね」


 白石くんが朝から帰りの話をしてきた。うれしいけど、けっこう教室に人が増えてきたから、ちょっと恥ずかしい。

 それで、小声で「うん」って返事して、


「今日、ちょっとでいいから白石くんの家行ってもいいかな」


 神様Q&Aの事を話さなくちゃならないから、学校じゃなくてどこかでふたりきりになりたいんだ。


「えっ、い、いいけど……なんで」


「話があるの。誰にも聞かれないところで」


「わ、わかった。そ、それで、あの……」


 始業のチャイムだ。残念そうに白石くんが席に戻っていった。



 きょうは5、6時間目の授業が、クラス全体の課題曲練習に変更されていた。

 ピアノ伴奏の女の子と指揮者の男の子の練習も兼ねている。パートごとに音楽室の後ろに並んでみると、なかなかの緊張感だ。


 指揮者がタクトを頭上に掲げて止まる。そしてゆっくりと振り下ろされ、ピアノの前奏が始まる。


♪どうして 君が泣くの 

 まだ僕も 泣いていないのに

 自分より 悲しむから

 つらいのが どっちか わからなくなるよ♪


 わたしは「ひまわりの約束」の歌詞が好き。

 大切な人同志が、離れてしまったり、その先でまた出会えたり……。わたしにもあるかも知れない未来と、その先にある、もっと先の未来のことを想像できるから。


♪そばにいたいよ

 君のためにできることが 僕にあるかな

 いつも君に ずっと君に 笑っていてほしくて♪



 最後まで通して唱い合わせるのは初めてで、まだ練習不足なところはあるけど、すごいよかった。素敵だった。みんなもちょっとどよめいていた。

 部分的に合わせて唱ってみたり、パートごとにやってみたり、かなり濃密で収穫のあった練習だった。少し疲れたちゃったけど、それさえも心地よい。


 担任の先生もいっしょに音楽室にいたので、そのままHRをやって解散。みんな教室に荷物を取りに行ってから下校だ。きょうはどのパートも、自主練はなし。

 教室に向かう集団の後ろの方で歩いていると、白石くんが近寄ってきた。


「日向さん、練習良かったね、楽しかった」


 そう話しかけてきた白石くんは、目がキラキラしてる。


「ねっ、わたしも楽しかった」


「僕、日向さんの声、判ったよ」


「あっ、わたしも白石くんの声だって思った、サビのとこで」


「そばにいたいよぉ~♪ってとこね。あそこ好きで大きな声になっちゃう。パート練習で注意されちゃった」


「えー、いいじゃん、大きいほうが、声」


「でも、ハモるとこでテノールが目立っちゃ、合唱としてさ、アレなんじゃないかな」


 夢中で話していたら自分たちの教室を通り過ぎちゃってて、慌てて廊下を戻ると、もう教室には誰もいなかった。


「早く帰ろっか、僕の家来る時間なくなっちゃうよ」


「うん、でもこのまま直接、白石くんの家に行っちゃおうかなって思ってたんだけど」


 「えっ?」って振り向いた白石くんの顔と、カバンを持って立ち上がろうとしたわたしの顔が、くっつきそうなくらい近づいた。


(……!!)


「ご、ごめん! 結ちゃん!」


(……)


「ごめんね……」


「うっ、う、うん。ぶつかっちゃうとこだったね、はは……」


「……行こっか」


「うん!」


 ゲタ箱まで階段を下っていく。白石くんは前を歩いている。いつもは少し見上げている白石くんを、上から見下ろしながら付いていく。


(少し髪の毛伸びてるな)


 白石くんの襟足を見ながらそう思う。

 さっきはパパとママがキスしてる場面を思い出して、すごくドキドキした。今もドキドキが少し残ってる。


(白石くん!)


 心の中で名前を呼んでみた。


「えっ、なに?」


 階段を下り終えた白石くんが振り向いてくれた。


「うぅん、なんでもない」



 白石くんと並んで歩く帰り道。日が落ちるのも早くなった11月、もうオレンジ色の空に変り始めてる。合唱祭までの2週間、毎日楽しい練習が続くといいな。

 ニコニコと笑うわたしの顔は多分真っ赤になってる気がしたけど、もうすぐ夕焼けだから大丈夫かな。


 白石くんの家に行く用事を、完全にわたしは忘れていた。




(つづく) 8月12日 07:00投稿予定

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