第8章 脳は思考の器、肉体は感情の器(上)
これは前作「中2の夏に、白石くんが神様になった」の続編です。
今年の夏休みに不思議な体験をした、日向 結と白石くん。
秋から冬、そして早春に季節は進んでいく中で、さらに不思議さは増していきます。
人間の“思考”と“感情”、“魂”と“心”をめぐり、少女が成長する物語をどうぞ最後まで見守ってあげてください。
第8章 脳は思考の器、肉体は感情の器(上)
(1)
「やぁ、結さん。期末試験だったんだね、お疲れさん」
矢納さんが画面の向こうで話し始める。なんかすごい髭が伸びてるけど……。
「はい、メッセージ気づかずにすみませんでした」
「はは、まぁいいさ。ちょっと話を聞いてほしいんだが、いいかい」
「はい、なんですか?」
「ほかでもない、この間のチャネリングの件だ。最初のときはZOOMの録画ができていなかったんだが、記憶を辿って書き出して整理した。二回目のときは録画できたが、それも書き出して合わせて整理したんだ」
「はい……」
「結さんと対話をした存在――神様と呼ぶが、神様が実在することは納得できた。本物だと感じた。
そして、神様がどんな質問にも答えるのを見て思ったんだ。
「そもそもチャネリングを実際にしているのは白石くんだ。神様が白石くんの体に宿った状態で、結さんが質問をする。質問をするのが違う人でも神様は答えてくれるのだろうか」
「えっ、うーん、それは考えたことなかったなぁ」
「二回目のとき、僕もすぐ近くにいたが白石くん、いや神様とは一度も目が合わなかった。僕の存在を認識していないように感じた」
「そうだったんだ……。あっ、そうだ白石くんが昨日言ってたんだ。白石くん途中から意識があったって」
「本当かい?」
「うん。でも体は動かなくて、自分の口が勝手に喋っているのを聞いていたって。あと、目も見えてたけど視線は動かせなかったって」
「うーん……、そうだったのか。だとすれば、やっぱり神様は結さんのことしか見ていなかったということか」
「そういうことになるのかな……」
「それで、もう一つ気になることがあるんだ。神様はなぜ未来のことがわかるんだろうってね」
「えっ、未来のこと」
「そうだ、結さんも謎のメールで知った、あのサーバのデータを覚えているだろう。地球の生成以来の環境変化のサイクルについてのデータがあった。そこには思念体からもたらされた情報で、180年後に大きな環境変化が起こり、人類の存続に大きな影響があると記されていた。この思念体というのは神様のことだろう」
「そういえば、そういうことが書いてあったね」
「あの資料によれば、アメリカの組織やPEOでは、それを信憑性が高い情報としている。なにしろ神様が言ったことだからな。お告げってやつだ」
「うん。わたしも神様なら、そういうこともわかるのかなぁって」
「実際、アメリカの組織とPEOは連携をとり、その環境大変化に対応するべく活動している」
「うん。でも180年後だよ、それ」
「そうだよな。人間は自分の寿命以上に先のことを考えるのが苦手だ。せいぜい100年後のことしか、想像力が及ばない、科学でも、政治でもな」
そこで矢納さんは共有データを表示させた。
「要領を得ないだろう、僕の話。自分でもわかっているんだ。考察がここから先に進まない。
きょうは結さんに話してみて、考えをまとめたいという気持ちもあったんだ。だからこれを見てくれないか」
表示されているのは、手書きの図だった。
宮内庁からPEO、そこから文科省へと矢印がのびていて、さらにAOBやUSSFへと網の目みたいに線が伸びている。中央には私と神様がいて、まるで世界がわたしたちを中心に回っているようだった。
「この一連の動きに登場する人物、団体を書き出してみたんだ。相関図だな、手書きなんだが、わかるかい結さん?」
わたしはちょっと違和感があったが、今は矢納さんの説明を聞くことにした。
「これを解説すると、知的興味で神様と接触しているわれわれのグループ、公務や国家プロジェクトで動いている宮内庁グループとアメリカのグループ。この3つのグループがあることがわかる。それぞれの目的をリストにして比較した」
もう一枚ファイルを共有してきた。今度は手書きではなくテキストファイルだ。
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人物、団体 活動理由 目的
・日向 結―白石悠翔―矢納 知的好奇心 世界の不思議を知りたい
・宮内庁(PEO)文科省―皇室 日本人遺伝子の継続 日本人の総体認識の啓蒙、
次元上昇、
児童才能開発プロジェクト
・アメリカ(USAID―USSF) 小惑星の落下阻止 人類の危機回避、
宇宙空間での軍事活動
人物、団体 直面している問題点
・日向 結―白石悠翔―矢納 チャネリング実施が困難
・宮内庁(PEO)文科省―皇室 USSFと連携すべき情報=人類の危機の
確定回答を得ていない
・アメリカ(USAID―USSF) 環境大変化の内容が、小惑星の落下で
あることの確証が必要
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「読んでくれたかい、結さん」
「うん。読んだけど、わからないとこがある」
「どこだい?」
「アメリカは人類の危機が小惑星の落下って決めつけてるのはなんでですか?」
「アメリカで行われた神様との接触で得られた情報だからということだ。あのサーバにあったデータを隅々まで見て見つけた、USSFの報告書に記してあった。USSFっていうのはアメリカ宇宙軍のことだ。
アメリカで行ったチャネリングは、われわれと方法が違う。小惑星の落下に関しては明言されている。しかし、その他の件の情報に整合性の不備や矛盾があり、そのせいで小惑星の落下という情報の信憑性にも問題があるとされた」
「う、宇宙軍ってなんですか? そんなのがあるんですか?」
「ああ、7年前にできた。高度10000メートル以上の宇宙空間のできごとに対応する軍隊だ」
「へぇ、すごい、SF映画みたい。あと、日本とアメリカでチャネリングのやり方が違うんですか?」
「厳密には同じだが、情報の得方が違うということかな。われわれは白石くんに降りてきた神様に、結さんが質問をするだろう? そうやって質問の答えを、つまり情報を得ている。
一方アメリカ、そして宮内庁のやり方では、チャネラーに神様が降りてくるのは同じなんだが、質問はしない。チャネラーが自発的にしゃべることを記録するという方法だ。得られる情報が的外れだったり、不明瞭な単語があったりするらしい。
加えて、アメリカで行うチャネリングは神様と接触する場所の思考出力が低い。
一方、応神天皇陵石室での思考出力は強力なんだ。宮内庁の資料には、古代からの継続的接触の蓄積で、思考を石室に封印したとある」
「そう……なんですね、ちょっと難しいです」
「そうだね、悪かった。僕にもよく飲み込めないよ。ほかに気付いた点はある?」
さっき感じた違和感を言ってみよう。
「あのね、矢納さん。相関図にわたしと神様が真ん中に書いてあって、いろんな線でまわりと繋がってるでしょ? わたしの感覚ではね、〈神様=白石くん〉って真ん中にあって、わたしは横にいるだけなんだ。誰とも繋がってない」
「……」
矢納さんは沈黙してる。なんか変なこと言っちゃったかな。
「結さん。……いろんなことを繋ぎ合わせて考えてみると、結さん、きみはやっぱり〈探るもの〉だ。
[知覚推理]に長けたきみは、質問と答えを繰り返していく過程で、多くのヒントを積み重ねて全体像を推測できる。神様の宇宙的なスケールの話を受け入れることができる。
普通の人間では想像すらできない、時間の長大さや、宇宙全体の広大さや、そういった物を、たとえ理解はできなくとも受け入れることができてしまう。
だから神様はきみが好きなんだ、ようするに話が合うんってことだよ」
「それは、ど、どういう」
「神様は、きみとおしゃべりするのが楽しいんだ。だから、きみの質問にしか答えない。きっとそういうことだ」
矢納さんがペットボトルの水を飲む様子がが映った。ZOOMを始めたときより、考えがまとまってきて、元気が出てきた感じがする。
「それで、あんな同い年の男の子みたいな口調で話すのかな」
「案外そうかもな」
*
その後も、「応神天皇陵の謎」とか、「祭祀場に飾られている埴輪は、意識を中継するためのものだったかも知れない」とか、「あの石室には思考が残存できるための、高密度で動かない気体を充満させることで、神様の思考を封印していて、あの広さはそのためのものである」とか……。まるでわたしが、皇学館大学の研究室に通い始めたころに戻ったみたいに、矢納さんと不思議な話をいっぱいした。
しゃべり疲れたみたいに、沈黙がやってきた。
「結さんさぁ」
矢納さんが思い詰めた顔で言い出した。
「結さんさぁ、もう一度、またやってみないか、神様Q&A。
われわれが、今ひとつわからないで、もやもやしていることとか、日本やアメリカの偉いやつらが知りたがっていることとか、まとめて全部聞いてみないか、神様に」
「矢納さん……、いい…かもね。わたしもそう思ってたけど言い出せなかった」
「きみは〈探るもの〉だ。堂々とこの世の不思議を聞けばいいさ」
「矢納さんだって聞きたいでしょ?」
「神様は僕とは気が合わなくて答えてくれないかもしれない。僕はただの〈知りたがるもの〉だからな。きみのおこぼれで、なにかひとつでも知ることができれば、それだけでありがたい。
それに、たとえ自分の今書いている論文の結論を教えてくれると言われても、僕はそれを聞きたくないよ。そいつは自分でやる」
「でも、大人たちに秘密で、そういう事するのって、やっぱりいけないことみたいでさ……」
「なんてことはない。気の合う友だちと、おしゃべりするつもりでいいんじゃないか。向こうだって、きっとそう思ってる」
(気の合う友だちとおしゃべりか……、ふふっ、そうかもね)
(つづく) 8月11日 07:00投稿予定




