第3話「壊れた願い、眠る研究所」
薄暗い施設の中、レンは硬質なベッドの上で目を覚ました。
点滴、心拍モニター、白く冷たい壁。ここは――地下のメディカルラボ。
「っ……!」
飛び起きようとする彼を制止する声が響く。
「おいおい、急に動くと傷口開くぜ?」
レンの前に現れたのは、白衣を着た少年――カイ=プロメウス。
銀髪に黒い瞳、年齢はレンと同じくらいだが、その瞳の奥にあるものは遥かに古い。
「君、まだ“新人”だろ。第一願装であれだけ無茶しやがって……」
レンは眉をひそめる。
「お前……誰だよ?」
カイは肩をすくめて言う。
「元・WISH適合者。今はこうして、君らのメンテを請け負ってる」
「まあ、俺は……壊れちまったけどな」
そう言って見せたのは、右腕の義手。
皮膚の下に走る無数の接続管。機械と肉が継ぎはぎになっていた。
「願いってのは毒さ。強けりゃ強いほど、体と心を壊す」
「でも、それでも“叶えたい”から――みんな、バトルスーツを着るんだ」
レンは黙って拳を握る。
その手に、まだ“昨日の痛み”が残っていた。
――助けられなかった声。
――焼かれた記憶。
> 「……俺は、妹を助ける。それだけは……絶対に」
その言葉に、カイは目を細める。
「妹か。なら、急がないとな」
レンが顔を上げる。
「……なに?」
「次の出撃先、決まってる。しかも“あの施設”だ」
カイがディスプレイに映した地図。
廃都“ノヴァアーク”の地下区域。そこは、WISH実験の最初の犠牲者たちが眠る場所だった。
「“願いの暴走”で消された記録都市。お前の妹も、そこにいたらしいぜ」
レンの目が見開かれる。
「そこに……!?」
> 《任務指定:コードE73 ― 願い暴走個体・収容目標》
「次の出撃は48時間後。君の回復が間に合えば、前線に立てる」
「だけど……忠告しておく」
カイの声が少しだけ低くなった。
「そこにいるのは、“もう人じゃない”。願いに呑まれた者たちだ」
「――そして、君の妹も、その可能性がある」
レンは目を伏せる。
だが、その手は震えていなかった。
「構わない。たとえそうでも、もう一度……ちゃんと会って話したい」
> 『俺の“願い”は、まだ折れてない』
その言葉に、カイはわずかに笑った。
「……ま、ならせいぜい頑張んな。俺は義手を磨いとくよ」
そして、どこかで見ている者の気配が――また動いた。
廊下の先、黒いモニターの前で、科学者αがつぶやく。
「いいね、いいね。願いが育つ……それがいつか、希望ではなく**“呪い”**になると知らずに――」
そして、新たな実験記録が更新される。
> 『WISH適合者No.34 レン=エスカリオ:回復完了まで残り27時間』