女主人として
思い立った設定で書いただけのよくわからないものができました。
目にとめていただけて光栄です。
「ユリアノ。シャガとサンダーソニアを呼んでくれるかしら。ああ。そうね。ルピナスさんとアルメリアさんもお願いするわね」
「承知いたしました奥様」
……この方にお仕えして何年になるだろうか。
幼いころに旦那様の婚約者としてお会いしてから、学園生活もつつがなくお過ごしになられていて。
仲睦まじくこのお屋敷で。
二人のお子さんに恵まれて。
女主人として、このお屋敷を切り盛りされてきた。
采配もとてもよくて。
使用人みな奥様を尊敬している。
いつも穏やかに。
にこやかに。
そんな奥様が。
……とても冷たい声だった。
「……私は奥様についていきます」
聞こえないと思うけれど。
声に出していた。
……。
なんだよこれ。
「こんな時間に呼び出してごめんなさいね。どうしても宣言したいことがあって」
目の前に広がっている光景に。
訳が分からなくて頭を抱えるサンダーソニア。
「かあ様! なんだよこれ!」
大きな声を出すサンダーソニアにふるふると首を横にふる青白い顔のアルメリアさん。
「かあ様俺もわかりません。ユリアノさんに呼ばれて火急だと言われましたが……」
俺はどうにか落ちつくことを心がけた。
椅子に座っている母と。
床に座っている父と見知った顔のメイド。
場所は父の書斎。
……少しだけメイドの服が乱れているように見える。
二人とも顔色が悪い。
メイドにいたっては、ガタガタと震えている。
「ふふふ。そうよね。追って説明するわ。ルピナスさんとアルメリアさんを呼んだのは、女性としての意見を聞きたいとおもったからなの」
……宣言って言ってなかったか?
ふだんのかあ様とあまりにも空気がちがう。
俺たちに向けてくれる表情も声も、笑顔で落ち着いているけれど。
目の奥は。
「今目の前に、この家の当主。私の夫。あなたたちの父親がいるわ。その横にいるのはこの家のメイド。たしかシャガの家にいたメイドよね。当主がこの屋敷でメイドと不貞を働いたの」
すごく落ち着いている声だ。
「こういったことは何度もあったの。私が目にかけていたメイドにこの人は手をだして」
「え? はじめてじゃないの?」
サンダーソニアの疑問ににっこりとかあ様はうなづいた。
「ええ。私が知っている限りだけれど、彼女で七人目ね」
は?
「まっまってかあ様! え? ちょっと? はあ? 俺わかんないんだけど」
取り乱すサンダーソニア。
……弟が感情を出してくれるから、俺は落ち着きを取り戻した。
「……かあ様はそれを知ってて……だまってみてたの?」
「シャガ。あくまで知っている人数よ?」
くるっと振り返って。
俺たちの奥さんにそれぞれ目を向けて。
「ルピナスさん。アルメリアさん。同じ女性として意見をきかせて? 夫の火遊びを妻は許すべきなのかしら」
ルピナスは俺の手を握ってきた。
「そういう意見があることは存じ上げています。……ですが。私は嫌です。愛人や妾ということだとして。妻である私をないがしろにされるのは嫌です」
まっすぐにかあ様を見つめてはっきりと答えているが、手は震えている。
「わ……私もいやです。……サンダーソニアの妻は私です。私以外を見て……ほしくないです」
ぎゅっと腕にしがみついている姿は、普段見る控えめの彼女だ。
「よかった。……あなたたち? 妻を大切にするのよ?」
ふふっと笑って、姿勢を戻して。
「これまでの子たちは許してきたの。あの子たちは私に泣きながら許しを請うたの。なかには自殺をしようとした子もいたわ」
床に座らされている父とメイドを冷たい目で見降ろしている。
「みんな私に謝った。私に話してくれた。私に罰を求めた。……みんな私が気に入っていた子たちばかり」
とても悲しそうな目になって。
「ああ……。だから知っていたわ。あなたが遊んでいることは」
父は恐る恐る顔をあげて。
「ででも……。何も言わなかったってことは、ゆるしてたんだろ? メイドたちにだって……おまえは何も……」
「ええ。あなたには言わなかった。あの子たちを私は許したわ」
「ならっ! 今回も!」
みっともなく足に縋りつく父に思わず目をそらしてしまった。
「あら。聞いてなかったの?」
……寒い。
かあ様の声が。
驚くほどに冷たい。
ぎゅっとつながれている手に力を入れた。
「あの子たちは許してきたの。私に泣いて謝ってきたあの子たちはね。……未来ある子ばかりだった」
視線を窓の外に向けて。
「みんな勉強を頑張って、礼儀作法も身につけて。……どこに連れて出ても自慢できる子たちばかりだった。できることならそばにいてほしかった。孫についてほしかった。可能なら、あの子たちの結婚の面倒も見たかった。でも。それができなくなって。……せめてもの償いとして、次の就職先を探したわ」
「……そういえば……みんないつの間にかいなくなって……」
「ええ。……あなた。手を出しても、数回まで。途中であきて、その存在さえも忘れてた」
「でもみんな! 円満で出ていったって」
「ええ。そうよ。次があるのだから」
……父は何もしらなかったのか?
あきて。
捨てた?
本当に?
「あなたは家の事なんて何も気にしてなかった。メイドが入れ替わっても大して気にしてなかった。この家に興味をもたなかった。……まあいいの。当主としてあなたは外で家を繁栄させるために働く。妻はそんな夫のために、家でできることをする。帰ってきたときに煩わしいことを想わないように屋敷を整える。妻同士の交流をして、情報を集める。つながりを作る。それが務め。だから。あなたが家のことで何も思わなかったのは、私がちゃんと務めを果たせていたということ」
すがる父を払いのけて。
「でも。それは。私がこの家の。当主の妻だから。当主の妻として。この家を守るため。この家の使用人を守るため」
……こんなかあ様見たの始めてだ。
こんなにも。
感情がない人は始めてだ。
「私が許したのは、この家の使用人だから。この家の子だから。でもその子は違う」
「なにいってんだ……。この子もここのメイドだろ? ここではたらいて」
「何もわかってないのね」
「え?」
かあ様がゆっくり振り返って。
「その子は私に許しを求めてこなかった。私に対する想いがないの。あなたとの逢瀬をとても楽しんでいる。それに」
にっこりと笑って。
「ルピナスさん」
「っはい」
「この子のお給料はどこからでているのかしら」
こちらに向ける顔は、一変して穏やかなもので。
「我が家です」
「え? シャガの家からこっちに……」
「確かに彼女は、こちらのメイドとなりましたが、それはあくまで一時的なものということで、こちらに帰ってくるというものだったので」
「ということだから。この子はここの子じゃないから。ルピナスさんに処分はまかせます」
「承知いたいしました」
ゆっくりと一礼する妻に。
俺はそっと肩を抱いた。
「あと。アルメリアさん」
「はっはい!」
「この人が最近、そちらのお屋敷にいったと思うのだけれど」
「え……あはい。おこしになられました」
「そこでメイドをひとり見繕ったみたい。もし。だれかこちらに連れてきたいなんていったら。判断をまかせるわ」
「え……えっと……はい」
おびえた目でサンダーソニアにすがる。
「かあ様。……俺わかってないんだけれど」
黙っていたサンダーソニアが鬼の形相で父を見ている。
「あら。簡単なことよ。あなたたちの父親は。この家の当主は。若いメイドに手を出して楽しんでいたの。それを私は指摘することなくきた。メイドたちは。使用人たちは妻の私の管轄だから。でも今回は、この屋敷の者ではなかったから。ルピナスさんにお願いするわ。で。また同じことを繰り返すようだったから。アルメリアさんに報告したの」
なんでもないことのように言っているけれど。
「かあ様はそれでいいの? とう様の不貞をゆるすの? 何にも罰しないの? かあ様がどれだけこの家のためにうごいてきたか。そんなかあ様を裏切ったとう様をゆるすの?」
弟はそういう子だ。
いつだってかあ様のことを想っている。
かあ様のことで一番感情的になる子だ。
「俺からも教えてください。かあ様はどうしたいのか」
まっすぐ見る。
俺たちの視線にかあ様は目をそらした。
「ゆるすも。どうしたいもないわ。……どうでもいいもの」
「え……」
「この人はどうしようと関係ないわ。当主としてちゃんと働いてくれるならそれでいい。いずれ、当主を譲るその日まで。その日まで。私は妻としてこの家を守ります。家に問題を起こさないのであればそれで」
そんな……。
どうでもいいなんて……。
「お母様」
ルピナスが一歩前に出た。
「お母様さえよければ、私をこのお屋敷においてくださいませんか」
「あら。どうしたの?」
「お母様のおそばにいたいのです。……この方と一緒にいてほしくありません」
ルピナスの父を見る目も冷たい。
「わっ私も。私もいたいです」
パタパタとアルメリアさんがかあ様に近づいた。
「あらあら。ありがとう。でも二人とも。それぞれお屋敷があるでしょう? どうするの?」
「いっそここで、三家族すむか」
サンダーソニアが明るくいった。
「部屋はあるだろ? それぞれの家で使用人雇ったって、人件費かかるだけだし。あ。ちゃんと就職先は探すし、俺の名前で推薦状書くから」
夫の提案に乗るアルメリアさん。
「そうしましょう。それがいいわ。お母様。お姉様。どうかしら」
「私はかまいません」
そういって俺をみた。
「俺もいいよ」
こんなかあ様を置いておくのは怖いと思ったから。
「……あの……私たちは……」
「あの日。皆様をお呼びするようにと言われた時は、とても怖かったです。奥様が奥様でないような気がして。……でも皆様がご一緒に住まわれることを決めてくださって。奥様。だいぶお元気になられて」
メイド長のユリアノさんが教えてくれた。
「奥様は、旦那様に遊ばれたメイドたちのことで大層お心を痛めておられました」
「自殺……しかけた子もいるって……」
「はい。……私が見つけまして。とめました。……奥様に泣いて、謝っていました」
目を伏せている。
「ここの子たちの多くは、施設の子や身寄りのない子。自分が働かないと家族が食べていけない子など。生活が苦しい子がほとんどです」
「……寄付もかなりされていると聞きました」
「ええ。アルメリア様のおっしゃるとおりです。奥様はそういった子たちが生きていけるようにと、メイトとして雇う子には読み書きも礼儀作法も学ばせて。……一番のお気に入りの子が旦那様に手を付けられた時は。それはもう。……見ていられないぐらいでした」
……かあ様はどうして父を……。
「その子は今どこに?」
「ちょうど幼い娘様がおられるお家で、若いメイドを探しておりまして。教養や作法が身についており、身元もしっかりしたものがいいというお話だったので。奥様がそこに」
「連絡はとったりしてるの? この家からでたけど、ひどい目にあったりしてないの?」
サンダーソニアが不安そうに聞いている。
「そこはぬかりなく。とても生き生きとしていると。娘様からも信頼されているようで」
ああ。よかった。
「……ところで当主は?」
あれから一緒に暮らすことにしたけれど。
父を見ていない母に、自分の過ちにやっと気づいたのか。
それとも。
どうでもいいといわれたことが効いたのか。
父はただただ仕事をするだけの人になって。
俺たちと目を合わすことさえなくなって。
「お仕事に出られています。……私から一ついいでしょうか」
「なんでしょうか」
「どうして一緒に住むことを選ばれたのですか? 正直に申し上げると、奥様と旦那様のあのような姿を見られて。近くに居たいと思われた理由を」
俺はルピナスを見た。
「あまりにもお母様が危ないと思ったのです。どうでもいいとお母様はおっしゃいましたが、お母様とお父様のこれまで過ごした時間はとても長いものです。……お母様はお父様を愛しておられた」
俺の手を握って。
「それにとても優しく、慈愛に満ちたお母様が愛した方をどうでもいいなんて……。お母様のお心が壊れてしまったと思って」
「私も……。お母様。本当に優しくて。……お屋敷の皆さんから敬愛されていて。……私そうなりたいって。私の憧れて。そんなお母様があんなにも冷たくて。無音で……」
ルピナスの言葉にアルメリアさんも重ねて。
「きっと。お母様にとって。謝罪し、時には死を選んでしまうほど思い悩んだ方たちが支えになっていたんだと思います。それだけ。お母様が妻としての務めを果たしており、皆さまに愛されているから。……存在を肯定されているようだから」
ルピナスの手をにぎり返す。
「俺にはわかんないよ。かあ様の考えが。……俺たちだってもう大人だ。こっちに来ることだってできたのに。あんなやつほっといて」
「サンダーソニア。かあ様はこの家を守っているんだ。それを放り投げることなんてできないんだよ。かあ様はそういう人だろ?」
「そんなあの方だから」
ユリアノさんが顔をあげて。
「私たちはお仕えしているのです」
その視線の先は。
ありがとうございました。