029 ミレイ⑥
ロバディナ王国の伯爵領にあるミレイの邸宅にて――。
「言われた通りに論文を発表した! これで僕の負債は帳消しでいいな!」
ニコラスは声が執務室に響く。
重厚な机を挟んだ向こうには、黒髪の華奢なご令嬢が座っている。
ニコラスからは悪魔にしかその女の名は、ミレイ・キーレン。
「ええ、これで貴方の役目は終わりです。もう消えてよろしいわ」
「ぐっ……」
ニコラスは衝動に身を任せてミレイを殴りたいと思った。
しかし、自身の背後にアルベルトが控えているので何もできない。
これ見よがしの舌打ちをすると、「失礼する!」と出ていった。
「これであの女の畑はおしまいね」
ミレイは「おーっほっほ」と高らかに笑う。
その声が館全体に響き渡る。
アルベルトや使用人しかいないため、彼女は本性を露わにしていた。
「らしくありませんな」
アルベルトが呟く。
「なんですって?」
ミレイはギロリと睨んだ。
「アイリス殿に嫌がらせをするなど、ミレイ様らしくないと言っているのです」
相手がアルベルトでなければ、ミレイは声を荒らげていただろう。
「だまらっしゃい」とか「身のほどを弁えなさい」などと怒っていたはずだ。
しかし、相手が国の英雄である以上、そのような態度はとれない。
不快そうに顔を歪ませながら彼女は答えた。
「嫌がらせをするのは貴方が私を止めたからでしょう」
「と言いますと?」
「貴方が邪魔をしなければ、あの女は今頃この世にいなかった」
アルベルトは「いやいや」と苦笑い。
「そんなことをすればフリック様に叱られるどころでは済みませんよ。私が止めたから事なきを得たのです。幸いにもアイリス殿は黙っていてくれているようですし」
「いいですわね、他人事だから気楽なもので」
ミレイが嫌みたらしく言うが、アルベルトは何も返さなかった。
なので、彼女は勝手に言葉を続けた。
「私はね、アルベルト、フリック様のことはもう諦めているのです」
「ほぉ?」
「ですが、他の女がフリック様と結ばれることは許せません。それは私の負けを意味します。私にとってそれは何よりも屈辱なのです」
「だからアイリス殿に嫌がらせをすると?」
「そうです。あんな従属国の孤児女、フリック様の視界に入るだけでも穢らわしいというのに、あろうことか一緒に暮らしているのですよ。そんなもの認めるわけにはいきません」
ミレイは話しながらアイリスの顔を思い出した。
すると憎悪の感情が沸々と滾ってきて、気が狂いそうになる。
(なんと醜い)
アルベルトは何も言わずにミレイを見つめる。
(今すぐにでも転職したいが、ここでワシが離れると彼女の暴走を止められる者がいなくなってしまう。それはまずいだろう)
いやはや、どうしたものか。
アルベルトは無表情ながらに悩むのだった。
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