013 ミレイ②
初めてアイリスと会った時のことを、ミレイはよく覚えていた。
気に食わなかったからだ。
名前は忘れていたが、顔については今でも鮮明に思い出せる。
化粧気のない芋臭い女。
それがアイリスに対する第一印象だ。
ただ、一瞬遅れてこうも思った。
まともな化粧をすれば自分に匹敵する美貌かもしれない、と。
他の女を見てそのように感じたのは、後にも先にもこの時だけだ。
だから気に食わなかった。
好きでも嫌いでもないが、自然と敵意を抱いた。
アイリスに対して酷い態度をとったのもそのせいだ。
もっとも、鈍感なアイリスはそのことに気づいていないが。
とはいえ、ミレイとアイリスでは立場が違い過ぎる。
ミレイは世界を統べる王国の伯爵令嬢で、アイリスは只の孤児だ。
そのため、ミレイがアイリスをライバル視することはなかった。
現に、ふと思い出すまで失念していたくらいだ。
そして、思い出した翌日には失念していた。
ミレイにとって、アイリスはその程度の矮小な存在だ。
そんな彼女が再びアイリスの存在を思い出したのは一週間後のこと。
調べに出ていたアルベルトが帰ってきたのがきっかけだ。
家の中庭でライルと話している時に、彼は報告にやってきた。
「ミレイ様、少しよろしいでしょうか」
アルベルトが目で訴えかける。
二人きりで話がしたい、と。
ミレイは察知した。
何かあったのだ、と。
「ライル様、申し訳ございません、少し外させていただいても?」
「もちろんでございます、ミレイ様! 私は治安維持も兼ねて街をぶらりとして参ります!」
ライルはミレイの言葉に逆らえない。
ロバディナ王国と違い、ブルーム公国は今なお貴族主義が鮮明だ。
そんな中で、宗主国の伯爵令嬢に逆らうなど許されない。
自分だけでなくカークランド家の存亡に関わる。
「アルベルト、どうなされたのですか? ずいぶんと遅いので心配していたのですよ」
ライルが去ると、ミレイは尋ねた。
「申し訳ございません」
「お気になさらず。それで、何があったのですか?」
「実は、アイリス殿の所在が掴めたのですが……」
「まさか墓の中に……?」
アルベルトは「いえ」と笑った。
「その点はご心配なく。元気にされていました。今はガーラクランにいます」
「ガーラクランと言えば我が国ではありませんか」
「さようでございます。おそらくこの国にはいられなかったのでしょうな。ライル様を相手に不貞行為したということになっていますので」
「気の毒ですわね」
もちろんそんなことは思っていない。
言葉だけだ。
「それで、現在はフリックス農園という農園にて、農業に従事しておられます」
「農家ですか」
数週間前まで伯爵令息と婚約していた女が、今では農家ときた。
孤児に相応しい哀れな落ちぶれようだとミレイは思った。
「この話のポイントは、農園を経営するフリックスという男です」
「フリックス? 聞いたことのないお名前ね。どういう方ですか?」
「分かりません」
「え?」
「念のために軽く調べてみたのですが、どうもガーラクランでは変わり者として扱われているようで、常日頃から顔をマスクで覆っているらしく、素顔を知る者はいませんでした。あと、年齢はライル様と同じくらいのようです」
「マスクで顔を隠す20歳の男……たしかに変わり者ね。ただ、それだけであれば気にする必要はないのではありませんか?」
「仰る通りです。なので私も、アイリス殿の姿を確認してから戻ろうとしました。ただその時、アイリス殿の農園に卸売業者がやってきまして」
「卸売業者?」
「なんとペッパーマン様です」
「なんですって!?」
ミレイは思わず声を荒らげた。
アルベルトが「私も驚きました」と笑う。
「あのボルテックス家のペッパーマン様なのですか?」
「はい、そのペッパーマン様でございます」
「どうして公爵家の人間が片田舎の農園まで……」
そう、ペッパーマンはロバディナ王国の公爵令息なのだ。
といっても三男であり、権力の一切を放棄しているため力はない。
ただ、その見返りとして、二人の兄から大金を得ていた。
卸売業はそのお金で始めたビジネスだ。
ペッパーマンが公爵家の人間と知る者は少ない。
それは彼が社交の場に顔を出すことが殆どなかったからだ。
地位や名誉に興味がなく、自由でいることを望んでいた。
「その点が気になりまして、フリックスという男についてさらに詳しく調査することにしました」
「何か分かりましたか?」
「はい。この男、通常では考えられないほどの財力を持っておりました」
「といいますと?」
「株式投資で連日にわたって数百万ゴールドの損失を出しているのです。株式投資を行うために紐付けされている銀行口座を調べてみたのですが、累計の損失額は優に数十億を超えています」
「数十億!? 我がキーレン家でもおいそれと払える額ではありませんわ。公爵家、いえ、王家ですら問題視されるですわ」
「さようでございます。また、株式投資を行うために使うパソコンなる道具は、私のような老いぼれには難しくて分かりません」
「私もパソコンのことはさっぱり分から……ハッ!」
話している最中に、ミレイに電流が走った。
彼女の顔を見て、アルベルトが頷く。
「パソコンを使えるほど最新の技術に精通していて、且つ二十歳そこらでとてつもない財力となると、思い当たる人間は一人しかいません」
「まさか……! え……本当に!?」
アイリスの顔が見る見るうちに青くなっていく。
「素顔を確認したわけではないので断言できませんが、まず間違いないかと。あの御方であれば、ペッパーマンさんと繋がっていてもおかしくありませんので」
「たしかに……。でも、そんな……。じゃあ、あの女、落ちぶれたどころか、逆に……!」
ミレイは衝撃のあまり腹黒い感情を隠せなくなっていた。
世界一と称される美貌が、鬼の形相に変貌していた。
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