9 どうやら彼女は見る目がないようだ1
深夜、テレビをつける。
画面の中の、悲壮感を漂わせたアナウンサーがニュースを読み上げる。
「明日土曜日の明朝、直径15㎞程の隕石が日本に衝突するとの発表がありました。隕石が地球直前まで発見されなかったことから『ゴースト』と命名されたこの隕石は――」
僕はテレビを消して布団にもぐる。
直径15㎞か、恐竜を絶滅させた隕石の大きさもちょうどそれぐらいだったらしい。
詳しくは知らないが、衝撃よりも巻き上げられた塵で太陽光が遮られて、寒冷化するらしい。
まぁ、日本直撃なら寝ている間にスパっと逝けるな。
明日の度会さんとの部活動もなしだな、同好会だから部活動とは厳密にはちがうのだけれど。
教室でロックオンされた時はどうなるかと思ったが、これで何も考えずに済むな。
おやすみ、僕。さようなら、世界。
アラーム音で目が覚める。テレビをつける。
アナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。そこには隕石に関するニュースは一切ない。
世界は今日も平常に回っているらしい。
(衝突目前まで隕石に気が付かないのはリアリティが流石にないか、突拍子もない)
僕は自分の現実逃避に辛口の採点をつけながらスマホをいじる。
通知の一番上には度会さんからのメッセージが届いている。
「今日の13時、学校の校門で集合しましょう」
文章のあとに可愛い少女のスタンプが押されている。確か、少し前に流行った恋愛漫画のキャラクターだったはずだ。
僕は読んでいないが加藤がおすすめしてきたのを覚えている。
「了解」
僕はそれだけ打って時計に目をやる、まだ集合時間には早い。
ベッドに横なり、どうしてこうなったかぼんやり考える。
どうやら度会さんは土曜日を徘徊部の活動日にすると決めたらしい。
教室でいきなり土曜日が空いているか確認された時はビックリした。
とりあえず何も無かったから暇だと答えたら、徘徊部の活動をすることが決定となった。
予定の確認をする前に、先に要件を教えてほしい。そうすれば、返事も変わるのに。
当日になった今でも何をするかは聞いていない。加藤が来ないことぐらいしか知らない。
(とりあえず着替えるか)
クローゼットの前まで行き、ふと気が付く。
(女子と一対一で出歩くときの服装ってどうすればいいんだ)
基本的に外出するとき、僕はジャージしか着ない。
ひどいときは寝間着でコンビニに行く。自分一人の時はあんまり人目を気にしない。
そのためファッションには疎く、私服のバリエーションは多くない。
度会さんは僕がどんな服装でも気にしなさそうだが、周りの人はそうではないだろう。
僕個人が白い目で見られるのはいいが、一緒にいる人もそういった目で見られるのは本意ではない。
僕はうんうん唸りながら考える。
(今から服買いにいくか?いや、めんどくさいな。ただの部活だ、気にしなくていいんじゃ?)
悩んだ末に出した結論は、"気にしない"ことだった。
無地の黒のパーカーに、紺色のストレッチデニム。
おしゃれというほどではないが、無難なはずだ。
いつも着けているスポーツ用の磁気ネックレスも外さずにそのままいくことにした。
(改めてみると僕の服、パーカーばっかだな)
そもそも選択肢がそこまで多くないのだ。悩むだけ無駄だ。
ダメ出しされた時はその時だ。
気を紛らわせるため、時間までゲームをすることにした。
集合時間より5分早く校門へ着くと、そこにはもう度会さんが先に来ていた。
「ごめん、待たせた」
「いいえ、私が楽しみで早く来ちゃっただけですから。気にしないでください」
そういって度会さんは楽しそうに笑う。
度会さんはオーバーサイズの白いTシャツ、黒色のスキニーとシンプルな服装だ。
徘徊部のために新しく買ったのだろうか、新品の真っ白なランニングシューズを履いている。
「ふふ、定番のやり取りみたいでいいですね」
彼女の首元で、指輪を通した銀のネックレスが笑うたびに小さく揺れて音を立てる。
「それで、今日は何をするの」
休日に女子と二人きり――加藤の言葉が頭をよぎり、妙に意識してしまいそうになる。
早めに終わらせたくて、少しそっけない態度で話を切り出す。
「今日はですね、実は決めていません」
「じゃあなにするのさ」
「徘徊ですよ悠さん。徘徊部なんだから行く当ても決めずぶらぶらしましょう!」
彼女はなぜか誇らしげに言ってくる。
部活として活動できるのが嬉しいのだろう、すこし面倒くさいテンションだ。
「ある程度方向性は決めてもらえると助かるかなぁ......」
「行く場所は決めてないですけど、方向はある程度決めてありますよ」
すこしズレた会話をしつつ、彼女は僕のアパートと真反対の方向を指さす。
あっちの方角には小さいショッピングセンターと駅がある。
「私、まだこの街に来てから日が浅いので、色々なところを歩いて行きたいです」
「いいけど、僕もこの街地元じゃないからあんまり案内できないよ」
「そうなんですね、てっきりここが地元なんだと思ってました」
度会さんが指した道を、彼女のペースに合わせて歩きはじめる。
「僕と加藤の地元は、隣の市だよ」
「へぇ、じゃあ通学大変じゃないですか?こないだ歩いて帰ってましたけど」
「僕は一人暮らししてるから、大変じゃないよ」
「一人暮らしなんですね、私すこし一人暮らしに憧れがあるんですよね」
会話をしながらぶらぶらと歩く。
何をしたら今日の活動は終わりになるんだろう。
考え込む僕の横で度会さんは周りをキョロキョロと見まわしながら歩く。
こちらの方に来たことがないのだろう、道を覚えようとしているようだ。
「度会さんは東京から来たんだっけ」
「そうです。でも、東京に居た頃は病院と家にいてばかりで、こんな風に歩くことはあんまりなかったんですけど」
「へぇー、そうなんだ」
重たい話だが彼女の顔に暗さはない。
彼女がやりたいことに一直線なのは、昔出来なかった反動からきているのだろうか。
ゲームをさせてもらえなかった子供は、大人になってからドはまりするらしい。
そう思うと行き過ぎた行動力にも納得がいく。
そんなことを考えていると度会さんがじっと僕の目をのぞき込んでほほ笑む。
あまりの近さに少しのけぞる。
「なに?顔になにかついてる?」
「いえ、なにもついていませんよ?」
「急に見つめられるとビックリするんだけど」
「ふふ、気にしないでください」
度会さんはそう言って歩く速度を少しあげる。
ショッピングセンターが見えてきた。
「やってみたいことがあるんです。5分ぐらい待っててもらえますか?」
彼女は返事を待たずそう言い残して、1階のスーパーへと消えていった。
相も変わらずマイペースだ、仕方がないので近くのベンチで座って待つことにした。
(見つめられるの、苦手なんだよなぁ)
ショッピングセンターに入る前の、度会さんの行動を思い返す。
今思えば、転校してきてからずっと、目を見られているような気がする。
彼女のビー玉みたいな瞳にじっつ見つめられると、自分のちっぽけさを見透かされているような気分になる。
何が楽しくて、度会さんは僕の目を見るのだろう。
うわの空だった僕の頬に、何か冷たいものが触れる。
うつむいていた顔を上げると、度会さんがビニール袋を持って立っていた。
「アイス買ってきました、半分こにして食べましょう!」
ウキウキしながら彼女が喋る。
またベタなことをしてくるなぁ……僕も釣られて笑ってしまった。