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8 どうやら彼女はネーミングセンスがないようだ2

 「すみません、もう一回言ってもらっていいですか」

 「徘徊部ですよ! 色々な場所を歩き回って、たくさんの物を見るんです!」


 度会(わたらい)さんが生き生きとした目で僕を見る。

 その名付けに僕は軽いめまいを覚える。 

 今日から僕は、徘徊部の一員として生きていくのか?

 履歴書に「徘徊部所属」と書くのか?面接のときに「徘徊部に所属していました」なんて言う羽目になるのか?

 それは嫌だ、何とかして名前を変えてもらおう。


 「散歩部とかじゃダメなの?それか郷土研究部とか」

 「ふふ、そのあたりのネーミングは一晩じっくり考えたんですよ」


 度会さんが得意げな顔で、再び胸を張る。

 きっと部活動発足はやりたいことリストの1つなのだろう、少しテンションが高い気がする。

 いや、テンションの低い度会さんをまだ見たことがないな。これがデフォルトなのか?


 「(ゆう)さん、散歩と徘徊の言葉の意味は分かりますか?」

 「細かくは知らないけど、どっちも歩くことじゃないの?徘徊は少し悪いイメージがあるけど」 

 「どちらも意味としてはぶらぶらと歩くことです、辞書で調べましたからね」

 「じゃあ散歩部で良くないか?」

 

 わざわざ辞書まで引いたのか......その熱量をもっと別の方向に活かせなかったのか。


 「散歩には気晴らしや健康のために歩く意味が含まれるそうです。犬の散歩とかウォーキングとか言いますもんね」

 「良いイメージの言葉じゃないか、散歩部にしよう」

 「いえ、私がしたいのは行く当ても決めずぶらぶらと歩くことがしたいんです。散歩だと意味合いが少し変わってしまいます。だから徘徊部なんです!」

 「でもやることは同じ歩くことなんだろ?」

 「名は体を表すというではありませんか!名前がブレると目的もブレてしまいます!」


 度会さんが勢いよく詰め寄ってくる。

 僕にはわからないが、彼女には彼女の理屈があってそれは絶対に守りたいらしい。

 攻め方を変えよう。僕は一縷(いちる)の望みをかけて、轟先生に質問する。


 「こんな変な名前で職員会議で許可が下りるんですか?」

 「設立に必要なのは最低人数と担当顧問だけだからな、承認されるだろう。正式に部活として昇格を目指すなら話は別になるが、同好会なら問題はない」


 終わった、最後の希望はあっさりと砕け散った。

 轟先生が僕の入部届を確認し、他の用紙とまとめてファイルに入れる。

 きっと、朝か昼に度会さんが必要な書類を書いていたのだろう。


 「和知の入部届で必要なものは終わりだ。翌朝の職員会議で話しておく、明日から気兼ねなく空き教室を使っていいぞ」


 そういって轟先生からラミネート加工された画用紙を渡される。

 そこには「徘徊部」の三文字が達筆に書かれている。度会さんが書いたのだろう。


 「それじゃあ、呼び出しの要件は終わりだ。それを空き教室に貼ったら帰っていいぞ」


 そういって轟先生は仕事に戻ってしまう。

 度会さんと二人で退出して南棟の空き教室へ歩き始める。

 僕は手にある画用紙を見ながらこれからのことを考える。

 おとなしく聖域を見捨てて別の場所を探した方が楽だったのではないか?

 同好会としての活動と空き教室使用を諦める、どちらの方が楽だったか頭の中で天秤にかける。

 

 「すみませんでした......」


 すると、さっきまでとは打って変わって、度会さんがしょぼくれた雰囲気で話しかけてくる。


 「悠さんも本当は名前を考えたかったですよね......?それに急に話を振ってしまって、混乱しましたよね」


 画用紙をずっと見つめていたから、名前に不満があると思われたらしい。

 

 「いや、いいよ。名前にこだわりがあるのは分かったし。部活も作らなかったら、この教室が使えなくなるところだったんだ、逆にありがたいよ」


 そう言って僕は、無理矢理にポジティブな考えで思考を埋める。

 同好会は学校からの活動費はないが、大会の出場や文化祭の発表の義務もない。

 それにこんな名前だ、1年生や同級生が新しく入ってくることはないだろう。

 自由に使える部室を手に入れた、そう思えばいい。

 空き教室の扉に画用紙を貼る。

 僕個人の聖域は、今日この時をもって徘徊部の部室と化した。

 さようなら僕の聖域。


 「それじゃ、僕は帰るよ」

 「あ、待ってください!」

 

 帰ろうとする僕を度会さんが呼び止める。


 「LINEの交換をしましょう!学校以外でも会うことが増えると思います、ぜひお願いします」

 「......分かった」


 無理矢理ポジティブに変えていた脳が180度方向転換する。

 空き教室使用禁止を伝えられた時のショックで、彼女の行動力の凄まじさを忘れていた。

 転校してきてまだ3日で、もう新しい部活まで作ってしまった。

 僕はどこまでこの行動力に巻き込まれていくのだろうか。

 LINEの新しい友達に度会さんが追加される。白い可愛らしいポメラニアンのサムネイルだ。

 

 「可愛い犬だね」

 「悠さんもそう思いますか、うちのフワシロ丸はとっても可愛いんですよ」


 なるほど、名は体を表すか。誰が名付け親かすぐ分かった。

 彼女は自慢げに愛犬の写真を見せてくる。

 僕は勝手に心の中でポメラニアンに同情した。


 

 次の日、僕は加藤に礼を言うためにいつもより早くアパートを出る。

 それにそろそろ、度会さんの席に人だかりはできなくなりはじめるだろう。

 最初は興味があった人もそろそろ自分のグループに戻り始める頃だ。

 転校生への興味も、三日と経てば薄れるものだ。

 僕の席も占拠されていないはずだ。

 そんなことを考えていると後ろから背中を叩かれる。


 「おっはー! 今日は珍しく早い登校じゃないか」

 「......加藤、前も言ったがいきなり背中を叩くな。お前に用があったんだよ」

 「悠から俺に用があるのも珍しいな」

 「ほら、空き教室のことだよ。お前、わざわざ入部届書いてくれただろ? 助かったよ」

 「あぁー、別にいいぜ。俺もたまにあそこで飯食うしよ。それに俺、佐藤田そんなに好きじゃねーからよ、あいつの鼻を明かせられるならいくらでも協力するぜ」


 加藤も佐藤田先生から不満が出ていたことを聞いていたのだろう。

 それに加藤も、やれ茶髪が明るすぎるだのやれ制服の着こなしがだらしないだの、佐藤田先生からイチャモンをつけられていて不満があるらしい。

 

 「まぁ、それでも僕が助かったのは事実だからな、ありがとう」

 「素直な悠を見るのは久しぶりだな、度会の影響か」

 「勘弁してくれ、振り回されてばっかだよ」

 「今までが大人しすぎたんだよ、ちょうどいいさ」

 「他人事だと思いやがって、お前も同じ部活なんだから一緒に振り回されろ」

 「それなんだが、俺バイトの量増やすからあんま参加できないと思うわ」

 「は?」

 「ほとんど幽霊部員だな、出れるときは出るが。度会と二人で頑張ってくれ」

 

 加藤から急に爆弾発言が飛び出す。

 徘徊部は度会さんと二人きりで活動することになるのか?


 「まぁ可愛い女の子と二人きりで活動できるんだ、嬉しいだろ悠?」

 「あの距離感と勢いが苦手なんだよ......」

 「ぜいたく言うなよ。他クラスの奴とか、割と度会狙いの生徒いるぞ」

 「なおさら僕に良いことないじゃないか......」

 「だっはっは!まぁ頑張れ」


 加藤が声を上げて笑う。

 僕が困るのがそんなに面白いのか、薄情者め。

 加藤の言う通り、普通の男子高校生なら僕の立場は羨ましいのだろう。

 美人の転校生がやってきて、部活を立ち上げ、一緒に活動する。

 輝かしい青春の一ページだ。

 だが、僕の求めている学校生活ではない。僕が求める生活は停滞だ。

 決まった習慣をこなし、決まったタスクをこなす。

 たまに現実逃避してぼんやりする、それぐらいでいいのだ。

 そんなことを思っていると教室に着く。

 予想通り僕の席は空いていた。

 クラスは1年の時と同じように、ある程度決まったグループに分かれていた。

 いま度会さんの周りにいるのは伊集院さんだけだ。


 「えぇ~度会さん陸上部入らないのか~」

 「はい、新しく部活作ったのでそこで活動しようと思っています」

 「まぁ仕方ないか。新しい部活頑張ってね !学校生活で分らないことあれば気軽に聞いてね!」

 「ありがとうございます伊集院さん、とても助かります」

 

 どうやら部活の話をしていたようだ。

 僕は邪魔をしないように後ろからひっそりと自分の席に着こうとする。

 その瞬間。


 「あ、悠さんおはようございます!悠さん明後日の土曜日空いてますか?」


 度会さんからロックオンされた。

 クラスの視線が一斉に僕へと向かい、好奇の目に晒される。

 僕の求めていた生活は、本当にどこかへ消え去ってしまったらしい。

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