6 ある日それは爆弾のように3
「野球部部員募集中です! 興味がある人はぜひどうぞ!」
「吹奏楽部募集中で~す。楽器未経験でも大丈夫ですよ~」
「文芸同好会募集中です......ゆるく活動しています......」
結局僕は断れず、放課後度会さんと部活見学することになった。
度会さんは入りたい部活が特に決まっている様子は無かった。
渡される勧誘チラシを全てもらいながら、きょろきょろと当たりを見まわしている。
「あ、度会さんと和知だ! 何か部活入るの!? それなら陸上部入ってよ!」
声がする方を見てみれば伊集院さんが駆け寄ってくる。
彼女の格好はジャージではなく、大会用のセパレート型のユニフォームを着ている。
腹筋がうっすらと割れ、体に余分な脂肪がついていない姿は一流のアスリートだ。
「まだどこに入るかは決めていません。とりあえず全体を見ようと思いまして」
「そうなんだ、気が向いたら陸上部に入ってね! マネージャーでもいいから!」
ポニーテールを揺らしながら伊集院さんが度会さんの周りを跳ねている。
彼女が苦手な僕としてはバレないようにコッソリと視界から消えようとする。
しかし逃げきれなかったようだ。伊集院さんが話しかけてくる。
「和知も陸上部入ってよ! 中学で走ってるの見たんだから、あんなキレイなフォームで走ってたじゃない!」
「人違いじゃないですか?」
「あたし、まだその大会のプログラム持ってるよ、ちゃんと和知の名前書いてあるもん。同じ800mの選手だったからちゃんと印象に残ってるよ!」
苦手な理由がこれだ。1年の時もこの勢いで急に絡まれた。
僕にとって中学の陸上人生はあまり良い思い出ではない。
「1年の時も言いましたけど、高校で続けるつもりはないんです」
「まだ走ってるのに? 足を見ればわかるよ? 自分のタイム計りたくならない?」
「趣味でランニングしてるだけで、競技レベルまで鍛えてないですよ」
「ふーん、そっか。まぁ気が変わったら教えてね。度会さんもまた明日!」
そう言って手を振りながら陸上部のスペースに戻っていく。
「悠さん陸上部だったんですね」
「まぁね、伊集院さんと違って結果は出してないけど」
自嘲気味に笑う。伊集院さんはあんな感じでもゴリゴリの陸上部のエースだ。
去年の新人戦では県で1番速いタイムを叩き出し優勝している。
校門に優勝を称える垂れ幕が掲げられていたのを覚えている。
「他の部活にはなんで入らなかったんですか?」
「うーん、あんまりやる気が起きなかったし、入りたい部活もなかったからかな」
「今も走ってる理由は何でですか?」
「習慣になっちゃたからなぁ、ランニング自体は好きだし」
他の部活動を見学しながらぼんやりと答える。
一通り見学し終えるころには、度会さんの小さい手はチラシでいっぱいになっていた。
「度会さんは、何か入りたい部活見つかった?」
「うぅん、今のところピンとくる部活はなかったですね。確認したいことはできましたけど」
「へー。まぁ、入部式は再来週だからそれまでゆっくり考えればいいんじゃないかな」
「はい。ふふ、悠さん少しずつ敬語じゃなくなってきましたね」
本当だ。昨日今日といろいろあって疲れたからか、少し素の自分が出てしまう。
敬語に戻そうかと思ったが、度会さんが嬉しそうに笑っているので、思いとどまる。
「なんか疲れたから、もういいかなって」
「ため口の方がお友達って感じがして、嬉しいです」
多分、ため口で話す友達を作ることもやりたいことリストに入っているのだろう。
彼女はチラシをカバンに入れ、ポケットからメモ帳を取り出し何か書いている。
「じゃあ、今日はこれで」
「はい、ありがとうございました。明日からもお願いします」
校門で挨拶を交わし、アパートへ帰る。
2年生になってから急に色々な事が起こり過ぎだ。少し疲れた。
早く家に帰って休もう、少し寝てゲームでもしよう。
そんなことを考えていると、度会さんがまだ着いてくる。
嫌な予感がする。
「帰らないの?」
「私の家もこっちの方向なんです。一緒なんですね!」
的中してしまった。どうやらもう少し1人にはなれないらしい。
「私の家はそんなに遠くないんですけど、悠さんのお家はどのあたりなんですか?」
「あぁー、あっちの公園の方だよ」
「近くに赤い屋根の病院があるところですよね、結構歩きますね」
少し投げやりに答えると、どうやら知っている場所だったらしい。
「まだあんまりこの街を知らないんですけど、病院の周りだけはちょっと歩いたので分かるんです」
「あそこの周り、公園と田んぼ以外なにも無くないか?」
「そんなことないですよ。キレイに山が見えるベンチとか、おしゃれなカフェとかありましたよ。」
「そうなんだ、ランニング以外で公園の方に行かないから知らなかったな」
「じゃあ私の方が詳しいですね、今度案内してあげますね」
他愛もない会話をしていると、どうやら度会さんの家についたようだ。
僕のアパートと学校のちょうど中間ぐらいの位置にある。
「今日はありがとうございました。部活見学も、お昼ご飯も楽しかったです」
「別に大したことはしてないよ、それにこれぐらいしかできないから期待しないでね」
本心から言う。巻き込まれてご飯を食べて、断れないから一緒に回っただけ。
彼女のやりたいことリストに何があるのかは分からないが、これ以上期待されると僕には荷が重い。
「ふふ、期待してますね。それじゃあ、また明日」
彼女は楽しそうに冗談を言って家に入っていく。
冗談だよな?さすがにもう何にもないよな?
僕はどこかへ行ってしまった、かつての平穏無事だった生活に思いながら帰路についた。
僕の目の前には、赤と青のコードが複雑に絡み合った爆弾が置かれていた。
周りには誰もおらず、タイマーの無機質なカウントダウン音だけが響いている。
赤と青のコードのどちらか切れば止まるのだろうか。
刻一刻とカウントは進み続ける。僕は動かない。ただそれを眺めるだけだ。
カウントはついに0を示す。
筒からまばゆい光が溢れ、視界を焼いたその瞬間。
「和知、今日からお前個人の空き教室の使用を禁止する」
「悠さん、部活作りましょう!部活!」
僕の意識が、妄想の世界から現実に引き戻される。
――どうしてこうなった。
頭が真っ白になる。
あまりの衝撃に僕は立ち尽くすことしか出来なかった。
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