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5 ある日それは爆弾のように2

 「なんか秘密基地みたいで、すごくいいですね!」


 僕の聖域に度会(わたらい)さんが侵入してくる。

 学校における唯一の安息地だったのに、今日からはそうもいかないようだ。


 「なんで度会さんがここに......」

 「後をつけてきました。だって(ゆう)さん、あとでねって言ったのに教室から出てどっか行っちゃうんですもん」

 

 そういえば身体測定に行く前に度会さんから話しかけられていたのを忘れていた。


 「一緒にご飯を食べようと思ったのに」


 度会さんが頬を膨らませてぷんぷんと怒るフリをする。

 その手には薄い黄色の巾着袋が握られている。きっと弁当箱が入っているのだろう。


 「あとでね、ってそういう意味だったのか......」

 「ちゃんと返事してくれたじゃないですか」

 「急すぎて反応しちゃっただけですよ......」

 

 あの一言が、一緒にご飯たべましょうの意味を持つとは理解できなかった。

 陽キャはあれで理解できるのだろうか……加藤はできそうだな。


 「なんでもいいけどよ、ちゃっちゃと掃除しないと昼休み終わっちまうぜ。度会も手伝ってもらっていいか」

 「分かりました。私ホウキかけしますね」

 「ああ、俺と悠でホコリ取りと雑巾がけするわ」


 僕のテリトリーなはずなのに、段取りを勝手に決められていく。

 ちゃっかり加藤は呼び捨てにしている。馴染むのが早い。

 納得は行かないが、加藤の言う通り時間はあまり多くない。

 僕は清掃用具入れから雑巾を取り出す。

 掃除は好きだ、ホコリがなくなり床がピカピカになるのは気分が良い。

 空き教室のため、机や椅子もクラス分あるわけではなく予備分があるだけだ。

 3人で協力すれば、10分とかからず掃除が終わった。

 掃除用具を片付け、廊下の水道で手を洗う。

 キレイになった教室に戻り、ビニール袋から朝作ったおにぎりを取り出した。

 加藤は当然のように僕の机に向かい合うように机を移動させる。

 そしてその横にもう1つ机を横につけそちら側に座る。

 戻ってきた度会さんが僕の対面に座る。


 「ありがとうございます。加藤さん」

 「いいってことよ。それより度会に聞きたいんだけどさ、なんでそんな悠に構うんだ?」

 (それな)


 内心僕が気になっていたことを聞いてくれた加藤に感謝しつつ、僕は無言でおにぎりを食べる。

 クラスには自分より明るい人は多いし、イケメン度でも加藤のほうが高い。

 自分の容姿を客観的に点数をつけるなら、甘く採点して中の中だ。決して上位には入らない。

 そんな自分になぜそこまで構うのだろう。


 「それはですね、私、高校生活で実現させたいことがあるんですよ」


 そういって度会さんは一度食べるのを中断して、ポケットからメモ帳を取り出す。

 そういえば学校案内したときにもメモ帳を使っていたな。

 表紙には、「やりたいことリスト」とでかでかと達筆で書かれていた。


 「このやりたいことのリストの1つが、学校で最初に話した人とお友達になることなんです」

 「最初に話した……あぁ、悠の席の前を紹介された時に挨拶してたな」

 「はい。その後の学校案内も丁寧にしてもらいました。とても良い人だと思ったので、それで悠さんとお友達になってもらいました。」

 「まぁ悠、愛想は悪いだけでいいやつだからなぁ。悠も友達増えてよかったな」


 加藤が笑いかけてくる。僕としては、あまり良くはない。

 たったそれだけの理由で、僕の聖域はなくなってしまったのか。

 いや、明るく振舞っているが、知り合いもいない新天地なのだ。不安もあっただろう。

 不安をごまかすための願掛けのような意味合いでリストを書いたのかもしれない。

 それにしてはその後の距離感の詰め方は異常だが。

 僕がうーんと唸りながら考えていると、


 「本当はほかにも理由はあるんですけど......」


 度会さんが小声で何かつぶやいた。

 口が動いたのは分かったが何を喋ったかは分からなかった。

 横の加藤には聞こえていなかったようだ。2段の弁当箱に目線が向いている。

 何をつぶやいたか聞き返す前に度会さんが先に口を開く。


 「それで悠さんにはこのやりたいリストに、お友達として協力して欲しいんです」

 「僕じゃなくても、加藤や伊集院さんがいるじゃないですか」

 「クラスのみんなにも協力してもらう時はあると思います。でも悠さんに手伝ってもらいたいんです。」

 

 そういって度会さんが真剣な顔をして、頭を下げる。

 正直に言って、嫌だ。

 自分のペースを乱されるのは好きじゃない。今でさえ調子を狂わされているのだ。

 ただ、僕はハッキリとノーと言える人間ではなかった。面と向かってお願いされると断れない。


 「......僕のできる範囲でいいなら」

 「本当ですか!ありがとうございます!」


 顔を上げた度会さんは弾けるような笑顔を僕に向ける。

 転校してきたときに感じた儚さや、人形のような整った雰囲気はそこにはない。

 ころころと表情が変わる彼女は、かわいい小型犬といった感じだ。

 パチパチと加藤が横で拍手している。他人事だと思いやがって。


 「お前も協力しろよ」

 「もちろん、バイトのない時なら全然オッケーだ」

 「加藤さんも、ありがとうございます!」


 そのとき、お昼休み終了の予鈴がなる。教室に戻らなければ。

 机をもとに戻し、3人で空き教室をあとにする。

 廊下を歩きながら度会さんが話しかけてくる。


 「悠さん、私にも加藤さんと同じため口で話してほしいです」

 「あー、頑張ってみますね」

 「もう、敬語じゃないですか。もっとラフに接してほしいです」

 「悠いつの間にか敬語で喋るようになってたよな」

 「そんなもんだろ皆」

 「そういう感じで私にも話してくださいよ」

 「...…努力しますね」

 「もう!」

 「だっはっは!漫才みてぇだ」

 

 そんなやり取りをしながらクラスに戻る。

 クラスには学生服ではなく、ジャージやユニフォームを着たクラスメイトの姿が見える。

 対面式では部活紹介の時間もある。紹介で気になった部活を放課後にそれぞれ見学しにいく流れだ。

 本鈴がなると同時に轟先生が教室に入ってくる。


 「これから体育館で対面式やるから、廊下に名簿番号順に並べー。部活発表で前に出るやつは先に体育館いっていいぞー」


 数人がぞろぞろと先に出ていく。

 僕も廊下に出て轟先生の言う通り並んでいく。

 名簿順なので当然僕の前は度会さんだ。

 僕の前に並ぶ度会さんはなぜか少し楽しそうだ。 

 150センチ少しぐらいだろうか、小柄な体をすこし左右に揺らしている。


 「私、高校1年の夏まで喘息であんまり学校行事に出れなかったから、自分の目と足で参加できるの嬉しいんです」


 僕の目線に気が付いたのか、度会さんが楽しそうな理由を教えてくれる。

 そういえば轟先生から喘息を持っていることは紹介されてたな。


 「あれ、重症じゃないって言ってなかった?」

 

 僕の周りに喘息の人はいないので重症軽症の違いが分からない。

 せいぜい発作の時に吸入薬を使う、マラソンなどの激しい運動を避けるぐらいの知識しかない。


 「今は重症ではないってことです。発作を起こすこともあんまりなくなってきて、今なら軽い運動もできるんですよ。吸入薬は念のために持ち歩く必要があるんですけど」


 ほら、と言って彼女はメモ帳とは逆のポケットから黄色の小袋を見せる。

 弁当箱の巾着袋も黄色だったので彼女は黄色が好きなのかもしれない。

 

 「それより今、ため口で話してくれましたね」

 「あ、すみませんでした」

 「ため口が良いって言ってるのに......」

 

 彼女が残念そうな表情をする。

 仕方がないじゃないか、敬語で喋るのは楽なのだ。

 

 「ほら、行くぞー。前の2-1についていけー。」


 轟先生の声が響く。

 式が終わったらさっさと帰ろう。家でゲームでもしながらゆっくりしたい。

 そんなことを考えながら体育館へ向かう。


 「ねぇ、悠さん」


 度会さんが歩きながら話しかけてくる。


 「式が終わったら、一緒に部活見学回ってくれませんか」

 「......あんまり行きたくないかなぁ」

 

 彼女が上目遣いでお願いを口にする。

 僕がハッキリとノーと言える人間ではないことを、また思い知らされた。

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