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希死念慮 いきたがり度会さんとしにたい僕の徘徊譚  作者: アストロコーラ
第4章

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25 もしかしてこれが好きってことなのか2

 度会さんがいない1日は何事もなく平穏だった。

 突拍子のないアイデアも、唐突に巻き込まれるハプニングもなにも無い。

 授業を受けて帰るだけ、僕の思い描いていた学校生活のはずだ。

 ただ、ぽっかりと空いた前の席から見る教室は、何か物足りなさを感じた。


 「和知、ちょっといいか」


 放課後になると轟先生が僕のところにやってくる。

 なぜ先生がわざわざ来たのだろう?

 呼び出しではないことから、知らないうちに悪いことをしたわけではなさそうだ。

 轟先生の手にはファイルが握られている。

 嫌な予感がする。


 「このプリントを度会の家に届けてほしくてな、頼んだぞ」

 「僕がですか?同性の方が良くないですか」


 予感が当たってしまう。

 面倒事の匂いがして、なんとかごまかそうとするが先生は有無を言わさずプリントを押し付けてくる。


 「家はもう知ってるんだろ?それに数少ない部活のメンバーだ、お前が適任だ」


 轟先生はそう言って去ってしまった。

 確かに度会さんの家を僕は知っているが、それとこれは別問題と言いたかった。

 ため息をついて、ファイルをカバンに入れて帰りはじめる。

 僕は友達の家に行くことがあまり好きじゃない。異性となればなおさらだ。

 自分のパーソナルスペースがない場所は落ち着かず、嫌いだ。

 そもそも度会さんのご両親が僕を見てどう思うだろうか。

 相手の立場になって考えてみる。

 自分の娘が大切にしていた指輪のネックレスを、いつの間にか友達と交換したという。

 後生大事にしていた指輪をあげるくらいだ、きっと素敵な友人なのだろう。

 それが、どうだ。

 冴えないだらしない男が自分の娘に買ってあげたはずのネックレスを身に着けているではないか。

 僕が度会さんのご両親なら、絶対に根掘り葉掘り関係を問いただすね。

 重たい足を引きずる。

 度会さんの家に普段なら10分ぐらいで着くのに、今日は倍近い時間がかかった。

 諦めて家のチャイムを鳴らす直前、天啓が降りてきた。


 (そうだ、ポストに入れて帰ればいいんだ)


 轟先生からも特に対面で渡せなんて言われてない。

 ポストに入れて、あとで度会さんに連絡すれば誰とも会わずに済む。

 自分の発想に満足して、カバンからファイルを取り出す。

 その時、視界の端から白くて丸い何かが僕に走ってきた。


 「わ!?」


 それは僕の胴体に飛び込んでくる。予想外の衝撃に尻もちをつく。

 そいつは僕の体に乗っかり、顔をぺろぺろと舐めてくる。

 徘徊部発足の時に、度会さんに見せてもらったポメラニアンだ。

 たしか、度会さん命名のフワシロ丸という名前だったはずだ。


 「ちょ、やめ、舐めないでって」


 犬を飼ったことがない僕にとって顔を舐められるのはあまり嬉しくない。

 そんなことを知らないフワシロ丸は、警戒心なんて無いかのように僕にじゃれついてくる。

 体の上からどかしても、戻ってきては顔を舐めはじめる。人懐っこすぎる。


 「シロー?何暴れてるのー?」


 僕が玄関で犬と格闘していると、音を聞きつけたのか女性が出てきた。

 黒髪、黒目、小柄で白い肌、きっと度会さんのお母さんであろう。

 僕とフワシロ丸を交互に見つめ、困ったような顔を浮かべている。


 「ええぇと、大丈夫?すみませんねうちのシロが。家族以外には大人しい子なんですけど」

 「大丈夫です......その、顔舐めるのやめさせてもらえませんかね?」

  

 お母さんがシロを抱え上げる。

 どうやら僕には満足したようだ、大人しく腕に抱えられるがままになっている。


 「多分、玲のクラスメイトの方よね?」

 「はい、今日はプリントを持って来ました」

 

 ファイルを渡す。

 これで僕の任務は終わりだ。


 「それでは、僕はこれで」


 そう言って帰ろうとするが、後ろから手を掴まれる。

 何だろうと思うと、お母さんが僕の目をじっと見つめてくる。

 あぁ、なんか既視感があるな。


 「もしかして、和知 悠さんですか?」

 「はい、そうですけど......」

 「良かった!一度会ってお礼をしたかったんです!いつも玲がお世話になっております」

 「いや、お世話ってほどじゃ――」

 「もしよかったら、学校での玲の話を聞かせてもらえませんか?どうぞ上がってください!」


 そう言うと、お母さんは家の中に行ってしまった。

 度会さんの押しの強さは、お母さん譲りなんだなぁ。

 厄介な展開から、目を背けるために現実逃避する。

 フワシロ丸が嬉しそうに僕の周りを回っている。




 「私、てっきり女の子だと思っていたんですよ。玲はいつも悠さん悠さんって話すから」

 「はぁ、なんか、すみません」


 リビングのソファに縮こまって座る。

 やはり、人の家は苦手だ。


 「それが男の子なんてねぇ。交換したネックレスがスポーツ用だったから、少し変だなとは思ったんだけどねぇ」

  

 お母さんの目線が僕のネックレスに注がれる。

 度会さんは両親にわがままを言って買ってもらった指輪と言っていた。

 きっとご両親にも思い入れがあるのだろう。


 「その、なんというか、お母さんにとっても大事なものだったんですよね。勝手に交換してしまって、すみません」

 「いいのよ、確かに思い入れはありますけど、玲が自分から交換したんでしょう?玲が納得してるなら、私から言うことはなにも無いですよ」


 あの子にも春がきたのねぇ、なんて言いながら遠い目をしている。

 僕からは触れにくいので黙って、出していただいたお茶をすする。

 喋り方も度会さんと似てるなぁ、なんてぼんやりする。

 そんなことを考えていると、突然お母さんは姿勢を正し、真剣な顔で僕を見つめる。

 

 「娘は、玲は迷惑をかけていないでしょうか」

 「え?」


 急に何の話だろう。

 学校生活で僕を振り回していることだろうか?


 「知っての通り、玲は喘息で体の弱い子です」


 僕にとって、度会さんは元気なときに出会ったら、虚弱という認識はない。

 ただご両親は違うだろう。

 度会さんが生まれた時からずっと一緒にいるのだ。


 「今でこそ発作はなくなりましたが、昔の玲にとって学校は保健室に通うだけの場所でした。発作の頻度が減っても、通常の学校生活に戻らずに保健室登校し続けました」


 目を細めながらお母さんは語る。

 

 「きっと、私たちを安心させるためでしょう。何かあった場合でもすぐ対処できるように、自分からその選択を選んでしまった」


 きっと、ご両親は自分たちを責めている。

 度会さんに、普通の学生生活を送らせることが出来なかったことを、自分たちのせいだと思っている。


 「同世代の子とすら、しっかり遊ばせてやることができませんでした。だから、こっちに引っ越してきてからしっかりと学校に行くようになって嬉しい反面、コミュニケーションがちゃんとできるかどうか不安でした。悠さんにも、ご迷惑をおかけしてませんか?」

 

 語るお母さんの顔には、強い不安が浮かんでいる。

 ただ、その質問に対しては、僕の答えは1つだけだった。


 「迷惑だと思ったことは、1回もないです」

 

 彼女が転校してきてから3か月か、なんというか、あっという間だったな。


 「度会さん、玲さんはいつも明るくて、いつもやる気のない僕を引っ張ってくれます」


 出会いから今までのことを思い出す。

 ずっとずっと、与えられてばかりで、僕はなにか返すことが出来たかな。


 「強引なところは少しあるけど、それでも迷惑だと思ったことは無いです」


 言葉にすると、すっと自分の気持ちに気が付くことができた。

 度会さんとの学校生活は、面白かった。

 振り回されてばっかだけど、彼女が笑う姿は見ていて楽しかった。


 「きっと玲さんが居なかったら、今の僕はいないと思います。だから、出会えて良かった」


 あぁ、僕は度会さんのことが好きなんだな。

 

 「そう......ありがとうね」


 そういって肩の力が抜けたようにお母さんは笑った。

 少しして、自分の発言がとんでもないような気がしてきた。

 残ったお茶を一気に飲み干して帰ることにする。


 「すみません、ごちそうさまでした。帰ります」

 「あら、顔を見ていかなくていいの?2階にいるわよ?」

 「大丈夫です!ありがとうございました!」


 からかうように笑う姿はやはり親子だ。

 お礼を言いながら僕は早足で玄関から去る。

 くそ、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいな。

 自覚した恋心に悪態をつく。

 そうか、僕、好きなのか。

 どくどくと脈打つ心臓をごまかすために、途中から走って帰った。

 ちゃりちゃりと鎖の音が鳴るたびに、鼓動が速くなった。

 




 真っ赤になって去っていった少年の言ったことを頭の中で繰り返す。

 

 (出会えて良かったか......)


 今時あれだけまっすぐ言葉にできるのも珍しい。

 きっと根は純真なのだろう、最初は気だるげだった表情は会話の途中から消えていた。

 娘のことを話す彼の顔は真剣そのものだった。

 途中から赤くなってたから、彼も玲のことが好きなのだろう。


 「良かったわ、指輪をあげた人が悪い人じゃなくて。彼なら安心だわ」


 リビングから2階に行く廊下に声をかける。

 顔を赤くした娘がのそのそと出てくる。

 途中から盗み聞きしていたのは気が付いていた。


 「いつも言ってるじゃん......いい人だって。なにもあんな昔話しなくたって」 

 「ふふ、ついね」


 風邪のせいだろう、口調が昔のように砕けた話になっている。

 それとも、彼の発言に恥ずかしくなったのか。


 「玲が好きになるのも分かるわぁ」

 「......好きなのかな、分かんないよ」

 「どうでもいい男に指輪なんて送らないでしょ。それより早く寝なさい」


 風邪のせいか、恋心のせいか、真っ赤な顔の娘を部屋まで連れていく。

 

 (娘を、玲をお願いします)

 

 心の中で、彼に娘のことを託す。

 きっと彼なら、彼と娘2人なら、どんな未来でも乗り越えられるだろう。

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