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希死念慮 いきたがり度会さんとしにたい僕の徘徊譚  作者: アストロコーラ
第4章

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24 もしかしてこれが好きってことなのか1

 季節は初夏になり、僕らは衣替えをした。

 まだ6月の終わりだというのに、連日30度を超す日が続いてげんなりする。

 扇風機しかついていない教室では、Ýシャツだけになってもやはり暑い。

 ただ、度会さんは暑さに強いようだ。

 映画を見に行った後も変わらず、元気に僕を連れまわしている。

 最近だと2人で漫画喫茶に行った。

 転校してきたときから距離感はおかしかったが、ネックレスを交換してからはさらに近い。

 初めての漫画喫茶で、まさかペアシートの部屋を選ぶとは思わなかった。

 お互いに好きな漫画を紹介しあうだけの時間だったため、健全なまま終わったが、思春期の男子高校生には少し刺激が強い。


 (度会さんはなんとも思ってないだろうしなぁ。僕もライクかラブか分かんないし)


 昼休み、最近にしては珍しく1人部室でぼんやりと空を眺める。

 遠くの山に雲がかかっている。窓から入る風には雨の匂いがする。

 一雨降りそうだ。下校時間まで晴れてくれればいいが。

 大きく伸びをして席を立つ。

 じゃらら、と指輪とネックレスが擦れる音がする。

 この指輪とも1か月以上の付き合いになるがいまだに慣れない。

 ふと、思い立ってネックレスから指輪を外してまじまじと見てみる。

 度会さんがするには少しサイズが大きい気がする。

 人差し指、中指と順々に入るかどうか試してみる。

 その2本では関節で指輪が止まってしまったが、薬指ならギリギリはめることができそうだ。

 僕の薬指が入るなら、度会さんの指ならきっと隙間ができるだろう。

 そこで気が付く。自分が無意識に左手薬指に指輪をはめていることに。


 (何意識してんだ僕、あほらしい)


 ぶんぶんと首を振って邪念を追い払う。

 一度人間関係に失敗した身だ。自分を気にかけてくれる人がいる、それで満足すべきだ。

 僕が元々求めていた学校生活は、停滞、平穏無事だったはずだ。

 教室のカーテンを大きく揺らし風が走り抜ける。

 さっきよりも雨の匂いが強くなった気がした。




 放課後になると、予想通り天候は崩れていた。

 雨は土砂降りとなっており、ザーザーと天井を叩きつける音がうるさい。

 どんよりとした黒雲が空一面を覆っており、止む気配はなさそうだ。

 今日は傘を持ってくるのを忘れてしまった。置き傘もこないだ使ってしまって学校にはない。


 (部室で時間をつぶして、雨脚が弱まったら走って帰ろう)


 部室に行こうと席を立った瞬間、前の席の度会さんと目が合った。

 その顔には、いつものやりたいことが見つかったときの、僕を振り回す笑顔があった。


 「悠さん、この雨の中帰りましょう!」

 「嫌だ」


 いつものことだが、急に突拍子もないことを言う度会さん。

 ろくでもないことを言いそうな気配がする。


 「どうせ相合傘とか言うんでしょ?僕傘持ってないし、恥ずかしいから嫌だよ」


 少し自意識過剰かもしれないが、度会さんならこれぐらいは言うだろう。

 ただ、帰ってきた答えは予想とは違った。


 「相合傘もいいですけど、私も今日は傘忘れちゃったんですよね」

 「じゃあ――」

 「だから、びしょびしょに濡れながら帰りましょう!」


 意味が分からない。

 なぜわざわざ土砂降りの中帰らなければならないのか。

 なんとかして思いとどまらせなければ。


 「花見の時、雨は嫌いって言って無かった?親に向かい来てもらいなよ」

 「私の話、覚えていてくれたんですね。嬉しいです!」


 ダメだ、聞いちゃくれねぇ。

 彼女のガラスのような瞳が、いつものようにらんらんと輝く。


 「今思いついたんです。雨にいい思い出がないなら、作ればいいって!」

 「ポジティブだね、いい考え方だと思うよ。がんばって」


 僕はそう言って席を立つ。

 部室まで逃げよう、そう思った僕の前に度会さんが立ちはだかる。


 「お願いします、一緒に雨に打たれてもらえませんか?」


 先ほどとは違い真剣な表情で彼女が言う。

 結局、僕はいつまでたっても彼女にノーと言えない人間だった。

 



 昇降口には親の迎えを待つ生徒や、部活の室内練習をする生徒の姿が多く見えた。

 扉を開けると、屋根の下まで雨がはねてくるような土砂降りだった。

 教科書類は濡れないようにビニール袋に入れたが、この雨の前には無意味かもしれない。

 やはり、もう少し待った方がいいな。

 そう言おうと思った時には、度会さんは雨の中に飛び出していた。

 

 「行きましょう!悠さん!」


 雨音に負けないように、彼女は大声で叫ぶ。

 きっと僕が行かないなら、彼女はその場から動かないだろう。

 こうなったら、僕にできることはさっさと彼女を家に送り届けることだけだ。

 意を決して大粒の雨の中に体をさらす。

 一瞬で濡れネズミになる。靴下が水分を吸いこんで、歩くたびにぐちゅぐちゅと気持ち悪い感触がする。

 

 「ふふ、新鮮で面白いですね!」 

 

 度会さんはわざと水たまりを踏み抜きながら歩いている。

 長靴を初めて買ってもらった子供のようにはしゃいでいる。

 濡れたシャツがぴったりと肌に張り付いて、彼女の細いシルエットをあらわにしているが、本人は気が付いてないようだ。

 あまり見ないようにして、彼女の横を歩く。

 彼女が水たまりを踏むたびに僕の足にもかかるが、あまりにも楽しそうなので何も言わないでおく。


 「私にとって雨は、常に部屋から眺めるだけのものだったんです」


 少ししてから彼女が語りだす。

 きっと今回の奇行に至った説明だろう。

 

 「子供心に、窮屈な部屋がもっと狭く感じるような気がして、嫌いだったんです」


 ぱちゃぱちゃと彼女が歩くたびに音がする。

 跳ねるように歩いているからだろう。


 「保健室でも、家の部屋でも、病院でも、雨が降ってると窓から見える景色が全部灰色になっちゃって、あまり好きではありませんでした。いつもの景色がもしかしたら帰ってこないんじゃないかって、不安になりました」


 土砂降りの空を仰ぐ。

 いつもの青空は見る影もなく、視界も少し離れれば満足に見ることはできない。

 僕にとってなんてことはないこの景色も、子供の頃の彼女にとってはこわかったのだろう。

 止まない雨はないなんて大人はのたまうが、ただの経験則に過ぎない。

 

 「だから、今日はそんなことないんだって、雨はただの天気だって自分の体で確認したくて、この雨の中を歩いてみたくなったんです」

 

 透き通るような黒髪が雨に濡れて横顔に張り付いている。

 その顔を見て、キレイだな、なんて思ってしまったのだから彼女の目を見られなくなってしまった。


 「今日は、わざわざ付き合ってくれてありがとうございます」

 「......別に、一緒に帰るだけで、僕は何もしてないよ」

 「一緒に帰ってくれて、ありがとうございます。1人なら、怖くて雨に飛び込めなかったと思います」


 彼女がまっすぐに僕の瞳を見つめて言う。

 何回やられても、このキレイな目に見つめられることには慣れることができない。

 目をそらしてごまかしの言葉を吐くことしか出てこない。 

 

 「......どういたしまして。それより、こんなことしてたら風邪ひくよ?」

 「大丈夫ですよ!私、昔と比べたらこれでも頑丈になったんですから!」


 えっへんと彼女は胸を張る。

 このときに、ある程度の予感はしていたのだが――


 「えー、度会は風邪により欠席だ」 


 次の日のホームルーム、轟先生から告げられた言葉はあまりにも予想通りだった。

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