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希死念慮 いきたがり度会さんとしにたい僕の徘徊譚  作者: アストロコーラ
第4章

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23/29

23 もしかしてこれがデートってやつなのか2 

劇中劇はモチーフがあります。

 じゃらり、じゃらり

 首からぶら下がる鎖が音を鳴らし続ける。

 どれほど森の中を歩いたのだろう。

 はだしの足は血にまみれ、棒のように細い脚はもう思う様に動かない。


 (もう、どうでもいいかぁ)


 仰向けになって寝転がる。

 空は木々に阻まれ見えない。

 月明りが木の葉の間から漏れている。たしか今日は満月だったはずだ。

 月は好きだった、陽の光より優しく寄り添ってくれている気がしたから。

 

 (最後に、月が見たかったなぁ)


 ぼんやりと仰向けになっていると、目の前に2つの満月が現れた。

 

 「私の森から()ね、人間よ」


 冷え冷えとするような、荘厳な声が目の前の男から発せられる。

 漆黒のローブを身にまとい、フードの中は人間が本来持つはずの顔が見えずぽっかりと空いている。

 その虚空の中に、夜空に浮かぶ月のように鮮やかな銀色の瞳だけが輝いている。

 心はその瞳に釘付けになっている反面、体はかたかたと身震いがとまらない。


 「去ね、ここは人の居場所ではない」

 「じゃあ、大丈夫だよ。私は『人でなし』らしいから」


 寝ころびながら首元の鎖をじゃらじゃらと鳴らす。

 聞いたことがある。

 王国の近くにある森には、魔物が潜んでおりその中でも絶大な力を持つ異形の王が居るのだと。

 きっと彼がそうなのだろう。

 私は彼に殺されるのだろうか?

 

 「あはは」

 「なぜ、笑う?気がふれたか?」

 「ねぇ、私を殺してよ。跡形もなくこの世から消し去ってよ」


 それがいい。今までも人として生きてはいなかったのだ。

 物のように扱われ、蛆や腐肉しか与えられてこなかったのだ。

 いつかゴミのように廃棄されるだけの未来しかなかったのだ。

 彼の美しい瞳に見られながら息絶えるのならば、それはきっと今までを思うと幸せな死に方だ。

 

 「人の言葉を話すだけの獣か」

 「獣かどうかすら分からないよ、私は何なんだろうね。それよりも早く楽にしてよ」

 「......哀れだな」


 そういうと満月は去って行ってしまった。

 あぁ、ついに人以外からも見放されてしまったなぁ。

 ぼんやりと薄れゆく意識の中で、彼の瞳が脳裏に焼き付いて離れなかった。


 


 「起きよ、名もなき獣よ」


 朝、目が覚めると、目の前にはまたローブの男が立っていた。

 夜とは違いフードは暗闇があるだけで満月は見えなかった。

 起き上がると、昨日倒れた場所とは違い川の近くであることに気が付いた。

 たき火では魚が焼かれており、その匂いだけで脳がくらくらとする。


 「食え」


 フードから星のない空のように黒い腕が出てきて魚を指さす。

 なぜ?と思うよりも体が先に動いていた。

 魚にむしゃぶりつく。味は良くわからなかった。

 ただ、涙がとめどなくあふれ出てきた。

 他者から、ちゃんとした食べ物を与えられるのはいつぶりだろうか。

 

 「人でないならば、この森は寛容だ」

 

 異形の王からの声は、昨日と違い慈しみを感じる。

 

 「獣から人へと成った時、この森から疾くと去ね」

 「私はずっと、人でなしだよ?」

 「お前が人である限り、いつかその時は来る」

 「よく分んないや、それよりあなたをなんて呼べばいいの?」

 「名は捨てた。魔物は私を王とだけ呼ぶ」

 「それじゃあ、ヨルって呼ぶよ。お月様みたいな瞳だもの」

 「好きに呼べ。......お前の名は何だ?」

 「私の名前?分かんないや!村の人はよくじゅうはちって呼んでたよ!」


 涙をぬぐい、そう言って肩を指さす。

 肩には焼きごてによって烙印された番号が書いてある。

 村の大人はずっとこの番号で私を呼んだ。

 ヨルからため息が聞こえる。何か変な事を言ったのだろうか?

 彼の腕が私の肩に触れる。少しだけ熱さと痛みが走る。

 肩を見ると烙印が鎖が絡みあう複雑な模様の入れ墨になっていた。


 「これからはセルセラと名乗れ」

 「セルセラ......セルセラ!それが私の名前!セルセラ!」


 ヨルからもらった名前を何度も叫ぶ。

 いいようのない感情が胸を支配する。

 これがきっと幸せというやつなのだろうか。

 気が付くとヨルはいなくなっていたが、パチパチとはぜるたき火と魚の匂いが今までの出来事が妄想ではないことを教えてくれる。


 「セルセラ!私はセルセラ!」


 少女の歓喜の声が森にこだまし続ける。

 この時ばかりは、じゃらじゃらとなる鎖の音も煩わしくはなかった。





 * * *


 スクリーン上で主人公の少女が叫んでいる。

 正直に言って、あまり恋愛映画に期待していなかったが、面白い。

 ポップコーンの存在を忘れて画面に見入るぐらいには集中していた。

 ふと横を見ると、度会さんはもう泣いていた。

 きっと原作勢から見たら感動シーンなのかもしれない。

 場面は2人の出会いから、森での穏やかな生活に移り変わる。

 セルセラが他の魔物と出会うシーン、ヨルは1人で歌うことが好きなことが分かるシーン。

 ゆったりとした、平和な日常が描かれる。

 しかし、セルセラの幸せな日々は続かなかった。

 森に迷い込んだ盲目の少女とセルセラがたまたま鉢合わせてしまったのだ。

 セルセラは善意から少女を安全に森から帰してやったが、少女は鎖の音を聞いてセルセラが魔物に奴隷にされていると勘違いしてしまう。

 その少女はお忍びで城から抜け出していた王国のお姫様で、父である国王に救助を懇願する。

 そして、国王は別の思惑もあり大軍での進行を決意する。


 * * *





 「セルセラが勝手な行動をしたから......」


 王国側からは煙が上がっている。

 行軍する兵士が飯炊きをしているのだろう。

 きっと、この夜が明けたら大軍でヨルのもとに襲い来るのだろう。

 彼女にはどうすればいいか分からなかった。

 魔物たちは応戦するつもりだが、きっと森はめちゃくちゃになってしまうだろう。


 「約束を覚えているか」

 「え?」


 ヨルがいつの間にか隣に立っていて私に話しかける。

 その手には首飾りを持っている。 

 一度だけ見た、彼がフードを外して歌っていた時に身に着けていたものだ。


 「獣から人に成った時、おまえは森から去ってもらう」

 「そんな、セルセラは!まだ森に居たい!」

 「私は森の王、森を守る責がある。おまえはもう、その森にはいない」


 彼の漆黒の腕が私の首をなぞる。

 いつの間にか私の首から鎖が外れ、彼の首飾りがかけられていた。

 きっと、彼の別れの餞別(せんべつ)だろう。

 ヨルはきっと、自分の身を犠牲に森を守るつもりだ。

 彼と目が合うと、意識が段々と遠くなる。


 「人であるおまえには、この森の記憶は不要であろう」

 「いや!いやぁ!ヨル!」

 「……お別れだ」


 叫んで手を伸ばしても、彼には届かない。

 フードのなかの満月はいつもと変わらない美しさで輝いていた。


 



 * * *


 「いやぁ、思ったより引き込まれちゃったなぁ」


 大量に余ったポップコーンを抱えながら映画館を後にする。

 2人の別れからエンドロールまでは怒涛の展開だった。

 森を守るために自ら投降するヨル。

 ヨルの魔力で盲目の姫を治そうとする国王と、友達となったセルセラの力になりたい姫。

 特に記憶をなくしたセルセラが、記憶を取り戻しヨルを助けに行くシーンは胸が熱くなった。

 人間らしい王国での生活よりも、獣としてでもヨルの隣にいることを望んだ。

 いいシーンだった。僕も原作買おうかな。

 1人余韻に浸っていると、横から鼻をすする音がする。


 「なにも言うことはありません......」


 途中から大号泣していた度会さんが言う。

 目元も鼻も真っ赤になっているが、表情は非常にすっきりしている。

 映画の出来は相当満足だったようだ。


 「感想会しましょう!感想会!」

 「いいよ、ポップコーンも処理しないといけないし」

 「私、集中しすぎて全然食べられませんでした......」

 「面白い映画だと食べるタイミング無いんだよねぇ」


 映画館から少し離れたところに、寂れた公園があったのでそこのベンチに座る。

 

 「映画館で観るの初めてだったんですけど、やっぱり迫力が違いますね!」

 「テレビだと音響がどうしてもしょぼくなるよね」

 「最後のヨルの魔法のシーンは映画館で観られて良かったです!セルセラの幸せそうな笑顔も表現がすごい、すごかったです」


 興奮のあまり語彙力も低下している。

 瞳もらんらんとさせている。ここまで満足しているなら誘った甲斐があるというものだ。


 「悠さんは、どのシーンが一番好きですか?」

 「んー、最後の魔法のシーンも良かったけど、自分の身を王国に差し出して森を守るところかな」

 「……なんでそのシーンなんですか?」

 「圧倒的な力があるのにわざと自分の身を犠牲にしたから。王国を滅ぼせば森を守れるけど、セルセラが人として帰れる場所が無くなっちゃうからあんな選択したんでしょ?」

 「そうですね、森を守ると同時に、森の一族として認めたセルセラも守るための行動ですね」

 「僕だったら、我が身可愛さに王国滅ぼしちゃうからなぁ。だから印象に残ってるね」


 僕にはその選択はできないな。

 圧倒的な力で王国を滅ぼして、セルセラには人としての諦めてもらうしかない。

 そう思っていると、度会さんが真剣な面持ちでこちらを見ている。

 何か気に障るような事でも言ってしまったのだろうか。


 「悠さんも、ヨルと同じ選択をすると思いますよ」


 お世辞かと思ったが、度会さんは本気で言っている気がする。

 彼女の瞳が、いつものように僕の目を見つめる。


 「だって、同じように私を助けてくれたじゃないですか」

 「え?」

 「わざと自分に注意が行くように、先生を怒らせるような発言までして、私を助けてくれたじゃないですか」

 

 きっと佐藤田先生にネックレスを取り上げられそうになった時の話をしている。

 そんな高尚なもんじゃない、ただ悲しい顔を見たくなかっただけだ。

 なんて直接は言えないので、ごまかすことにした。


 「あれは、廊下のど真ん中に立ってる先生が悪い。ヨルと違って自己犠牲の精神じゃないよ」

 「ふふ、そうでした。そういうことでしたね」


 度会さんはまともに取り合ってくれない。

 彼女は僕のことを買いかぶっている。

 僕は、ずっと自分のことだけを考えて生きている。

 だから、彼女の期待は少し僕にとって重い。

 そんな僕の気持ちを知らずに、度会さんは笑顔で提案をする。


 「そうだ、私たちも森の王ごっこしましょう!」

 「ごっこって、何するのさ?新しい名前でも付けあうの?」

 「それも面白そうですけど、もっと中盤の方ですね!」

 

 そういうと彼女は腕をうなじの方に回し何かしている。

 数秒後、彼女の手にはネックレスが握られていた。

 

 「お互いのネックレスを交換しましょう!」

 「いや、それ大切なものでしょ......」


 劇中の首飾りを送るシーンを思い出す。

 ヨルが形見のつもりで首飾りを送っているので、劇中でも重いシーンだがあくまで創作である。

 現実世界で急にそんな大切なものを送られても、困る。


 「はい、私が初めて両親にわがままで買ってもらった指輪が通してあります」

 「重いって......僕のスポーツ用の洒落っ気のない磁気ネックレスだよ?」


 度会さんは突き出した手を引っ込める様子は無い。

 いつもの、僕を振り回すときの度会さんだ。

 僕が引き受けるしか、彼女は止まらない。


 「大切なものだから、信頼できる悠さんに送ります。前回みたく没収されそうなときに、私1人だと守り切れないかもしれなので」


 度会さんは僕の手を取ってネックレスを握らせる。

 そうして僕の首から磁気ネックレスを勝手に取って自分の首に着けている。

 黒のワンピースに、黒単色の磁気ネックレスは明らかに浮いていた。

 

 「ほら、悠さんもつけてくださいよ」


 今更彼女の首から磁気ネックレスを取り返す勇気は僕にはない。

 ため息をついて自分の首にネックレスをつける。

 留め具が小さく少し手間取ったが、無事壊すことなく身に着けることができた。

 僕の胸元に指輪がぶら下がる。


 「わぁ、似合ってますよ!」

 「お世辞は良いよ......」


 重い。

 人の大切なものが、自分の手が届くところにあり続ける。

 きっとこの重さに慣れることはないだろう。

 ただ屈託のない、輝くような笑顔を浮かべる彼女を見ると、その重さもまぁいいかと思える。


 「帰ろっか」

 「はい!」


 立ち上がった僕の耳にじゃらりと鎖の音がする。

 きっと、この音を聞くたびに今日を思い出す。

 スクリーンで幸せそうに笑っていた少女と、目の前の彼女が重なって見えた。

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