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希死念慮 いきたがり度会さんとしにたい僕の徘徊譚  作者: アストロコーラ
第4章

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21 もしかしたらこれが恋ってやつなのか3

 僕は1人で駅前を歩く。

 特に目的はなく、まばらな人の間をぶらぶらと歩く。

 ふと目の前を見ると、挙動不審の男がいる。

 血走った目は正気ではないようだ。

 1人の女性に目を付けた男は、カバンからナイフを取り出し猛然と駆け出す。

 凶器に気が付いているのは僕しかいないようだ。

 僕はとっさに女性を突き飛ばし、通り魔の間に体を挟む。

 腹に鋭い、焼けるような痛みが走る。腹を押さえる手に生暖かいものが触れる。

 通り魔は奇声をあげながら走り去っていく。

 突き飛ばされた女性が、僕の方に駆け寄ってくる。

 かすむ目に映った女性の顔は、度会さんに似ているような気がした。



 

 (うーん、自分を美化しすぎだな。僕は多分凶器に気が付いた瞬間逃げるな)


 自分の妄想にダメ出しをしながら加藤と廊下を歩く。

 僕はヒーローのような精神性は持ち合わせていない。わが身が一番だ。

 昼休みの会話のせいだろう、現実逃避にも度会さんの顔が出てきてしまった。

 結局、僕から度会さんに抱いている感情がよくわからず妄想の世界に逃げてしまった。

 うわの空で歩いていると、僕の目の前を歩いてた加藤が止まる。


 「あれ、度会達と佐藤田じゃね?」


 廊下の先では度会さんと伊集院さん達のグループが、佐藤田先生に絡まれているようだ。

 佐藤田先生はどこか機嫌が悪そうで、大きな声が廊下の先まで聞こえてくる。


 「さっさと首元のネックレスを出せ」


 どうやら度会さんに向けて言っているようだ。

 そういえば一緒に出掛けた時、指輪を通したネックレスをしていたな。

 周りの伊集院さん達が度会さんをかばう様に前に出る。


 「先生にぃ、何の根拠があって没収されなきゃないけないんですかぁ~」

 「学業に不要だからだ。そもそもおまえの金髪も黒に染め直せと言ったはずだ!」

 「校則に髪色やアクセサリー類に関する禁止事項はないですよね?現に他の先生からは何も言われていませんが」

 「他のやつらがぬるいのだ!わしの時代はそんなチャラチャラした思想は許されなかった!」

 「先生の私情じゃん、校則で問題なら別にいいでしょー」

 「伊集院、大会で結果を残してるからと言っていい気になるなよ!おまえの茶髪も気に入らん!」


 どうやら佐藤田先生は相当腹の虫の居所が悪いようだ。

 生徒に当たり散らす姿はとても教師とは思えない。


 「佐藤田の自分ルール押し付けてくるのやめてほしいよなぁ、いい迷惑だぜ」

 

 加藤も髪を染めているので佐藤田先生によく注意されている。

 そういえば僕の聖域をつぶしたのも佐藤田先生だな。

 何かにつけて生徒に文句を言ってくる先生で、正直に言って嫌われている。

 

 「しかも林藤じゃなくて度会に絡んでるのかよ。弱そうな方狙いやがって胸糞わるい」


 林藤さんはよく話したことはないが、嫌なことにはちゃんと声をあげられる人だ。

 たまに佐藤田先生と言い合いになっているのを見る。

 今日はあまり言い返してこなそうな度会さんがターゲットになったのだろう。


 「さっさとさっき見せていたネックレスを出せ!」

 「でも、これは大切なもので――」

 「知ったことか!学校生活にファッションなんて不要なんだよ!」


 急に浴びせられる怒声に怯える度会さん。

 あまり怒られ慣れていないのだろう、体を縮め今にも泣きそうな表情をしている。

 なぜだろう、その表情を見ていると僕まで悲しい気分になる。

 いつものように明るい笑顔でいてほしい。

 目を大きく見開いて、キラキラとした瞳でいてほしい。


 「...…加藤、僕が先生の気を引くから、その間にこっそり4人連れていってくれ」

 「......おう、任せとけよ!」


 加藤は最初驚いた顔をしていたが、何かを察したのか笑顔で僕の背中を叩いてくる。

 僕はため息とともに覚悟を決める。

 きっとヒーローだったなら、この場をキレイに収めることができたのだろう。

 ただ、平凡な僕にはカッコいい方法なんてパッと思いつかない。

 だから、自分の身を削るのだ。

 ポケットからイヤホンを取り出し耳に着ける。

 そしてスマホを手に持ちゆっくりと歩きだす。

 

 (あぁー、こんなことやりたくねぇなぁ)


 僕はスマホに夢中であるフリをしながら歩き、そして佐藤田先生にそのまま突っ込む。


 「おわっ!」


 後ろからの体当たりに佐藤田先生は体勢を崩す。

 絡まれていた4人が突然の僕の奇行に目を丸くする。


 「あぁ、すみません。廊下のど真ん中で人が突っ立ってるなんて思ってなかったんで」

 「きさまぁ!」

 「え?あぁ、イヤホンしてたんだ。なんて言いました?」


 僕に意識が行くように、わざとふてぶてしい態度を取る。


 (怒ってる人間の顔ってマジ怖い)


 内心はびくびくしているが、なんとかそれを声に出さないように不遜な態度を取り続ける。

 

 「いやぁ、すみませんねぇ。女子4人も侍らせてる最中に。お邪魔でしたよね」

 「きさま!何なんだその態度は!ぶつかった人にぶつかってきた人間のする態度か!」


 もともと赤かった顔がさらに真っ赤になる。

 完全にブチ切れているようだ、目も若干血走っている。

 僕の視界の端では加藤が4人を誘導している姿が見えるが、先生の目にはもう僕しか映っていないようだ。

 度会さんが心配そうにこちらを見ているが、僕の視線をそちらに向けるとバレかねないので今は無視をする。


 「生徒指導室に来い!不出来なおまえに人としての礼儀を叩きこんでやる!」


 目的は果たしたが、この先のことを考えると気が重い。

 内心でため息をつき、重たい足を無理やり動かして後ろをついていく。




 

 (くそじじぃが......2時間以上も説教しやがって......)

 

 結局僕が解放されたのは放課後に入って少し経ってからだった。

 午後の授業の時間丸々と一方的に説教されていた。

 たまたま生徒指導室に用があった他の先生がいなかったらもっと伸びていたかもしれない。

 LINEを見ると加藤からナイスとスタンプが送られていた。

 今日はバイトの日だから、直接言えない代わりだろう。

 吹奏楽部の楽器の音が聞こえる。もう教室には誰もいない時間だ。

 さっさとカバンを取って帰ろうと教室の扉を開けると、度会さんが1人残っていた。

 度会さんは何をするわけでもなく、沈痛な面持ちでただ席に座っている。

 きっと僕を待っていたのだろう。表情は自分を責めているかのように暗い。

 重苦しい雰囲気を変えるため、僕はできる限りなんでもなかったかのように明るく振舞う。


 「あれ、度会さんまだ帰ってなかったの?もうチャイムなってだいぶ時間経ってるのに」

 「悠さん!だって......だって......私のせいで悠さんが……」

 「いや、僕が歩きスマホしてたから。怒られても自業自得だよ」

 「悠さんは人と一緒に歩くときにスマホなんていじらないじゃないですか!私たちを助けるためにわざとあんなことを!」


 頑張ってした演技もどうやら簡単にバレていたらしい。

 度会さんは手を握りしめうつむいている。

 

 「私が、私が素直にネックレスを渡していればあんなことさせなくて済んだのに......周りの皆にも迷惑をかけずにすんだのに......」

 「大切なものだったんでしょ?それは仕方ないよ」

 「でも......それでも......」


 彼女の瞳は涙で濡れている。

 声も震え、今すぐにでも泣き出しそうだ。

 どうやら相当責任を感じているようだ。

 彼女が嫌な思いをしないように体を張ったのに、これでは意味がなくなってしまう。

 なんとか、なんとか話題を変えなければ。

 人との交流を怠ってきたせいか、こういった時に気の利いたことが言えない。

 必死になって考えをめぐらす。

 そういえば、映画を見たいってこの前言ってたな。


 「それじゃあさ、今度一緒に映画を見に行こう」

 「え?」

 「ほら、見舞いの礼の話もあっただろ?映画のチケットを僕が奢るから、その代わりに度会さんが今日のお礼ってことで、見たい映画の紹介してよ。僕、映画詳しくないからさ」


 僕が風邪をひかなければ、見に行っていたはずの映画の話をする。

 話題を変えつつ、見舞いのお礼の話もする。

 我ながら完璧だ。

 度会さんは少しの間うつむいたまま動かなかったが、袖で目をぬぐうと顔をあげた。


 「それじゃあ、私がやりたいことばっかりですけどいいんですか?」

 「お礼だからね、いいんじゃないかな」

 「......悠さんって話題変えるの下手ですね」

 「うるさいな、仕方ないだろ。あんまり人と話してなかったんだから。さっさと帰るよ」

 「はい......悠さん」

 「なに」

 「ありがとうございます」

 「......いいよ、別に度会さんのためにやったことじゃないから」

 「ふふ、そういうことにしておきますね」


 先ほどの表情と打って変わって、彼女の表情は晴れやかだ。

 そうだ、その笑顔が見たかったのだ。

 キラキラと輝く目でいてほしいのだ。

 この気持ちが人が言う恋なのかどうかは、今の僕には分からないけども。

 彼女の笑顔を見るのは、好きと言えそうだ。

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