2 ある日それはトラックのように2
「転校生の紹介も済んだことだし、2年のスケジュールについて話すぞ。プリント配るからしっかり読めよ。提出するプリントもあるから筆記用具出してくれ」
轟先生はそう言ってプリントを配り始めた。
紙がこすれる音と、クラスメイトがカバンから筆箱を取り出す音がする。
カチカチとノック音を出しながら、僕もカバンからシャーペンを取り出す。
「......?」
前の席の度会さんからプリントが回ってくるとき、彼女はじっと僕の方を見てくる。
挨拶で言葉に詰まったのが気になったのだろうか。
真ん丸の黒目で何か品定めをするような視線に少したじろぐ。
それをプリントが回ってくるたびにしてくるので居心地が悪い。
「プリントは回ったな?じゃ日程表を見てくれ」
轟先生が壇上でひらひらと紙を振る。
カチカチ、カチカチとシャーペンを手でいじりながら轟先生の話をボーっと聞く。
2年生は修学旅行があるだとか、忙しい3年生のための準備期間だとか、真面目な話が続く。
(面倒くさいな......早く帰りたい......)
修学旅行も進路もどうでもいい。高校1年の時のよう受け身になって生活するだけだ。
クラスのイベントは加藤をはじめとした陽キャが引っ張ってくれるし、進路もなるようになるだろう。
そうやって楽な選択肢を選んで生きていくんだ。ぽとり、とシャー芯が落ちる音がした。
「じゃあ連絡事項はこれくらいだ、午後は入学式だから準備のある生徒以外は昼までには帰れよ」
終わりの号令を聞き、みなそれぞれ動き出す。
「度会さん東京のどこで住んでたの!?家はどこらへんに引っ越してきたの!?」
大きな声を出しながら伊集院さんが茶髪のポニーテールを揺らして近づいてくる。
陽気な彼女はこのクラスの中心人物で、よく加藤と一緒にイベントの進行をしてくれる人だ。
スクールカーストの頂点のような人間で、彼女の周りは常に明るい。
陰キャにも分け隔てなく接してくれるが、僕は正直苦手だ。
「東京と言っても皆が想像するような都会のところには住んでいませんでした。こちらの方には学校から近いところに引っ越してきました」
度会さんは矢継ぎ早に繰り出される質問に笑顔で答えている。
転校生紹介の時に感じた儚さは、その表情からは見えない。
思ったよりも明るい性格のようで、クラスに馴染むのも時間はかからなそうだ。
転校生とクラスメイトの交流の邪魔にならないようにそそくさと帰ろうと、教室の扉に手を伸ばしたその時。
「あぁ、和知。どうせ午後暇だろう、近い席のよしみで度会に学校案内してやってくれ」
予想だにしていない言葉が僕に降り注いだ。
何で僕なんだ。適任は他にもいるだろう。
ただ、言葉にして嫌ですというのも失礼な気がして返事ができずにいた。
「先生ー、あたしが案内したーい!」
伊集院さんが声を上げる。
渡りに船と僕もそれに便乗する。
「僕よりも伊集院さんの方が適任だと思いますよ。本人もああ言ってますし」
「伊集院、お前入学式の準備でこのあと忙しいだろう。ほかの奴も明日の対面式での部活募集の準備とかあるだろう?その点和知、今日も明日も何にもないよな?」
な?と轟先生が有無を言わさぬ圧を出してくる。
確かにこのクラスのほとんどは部活動に所属している。
加藤の方をちらっと見てみると苦笑いしながら両手を合わせている。
加藤は部活動に入っていないが、アルバイトをしている。どうやら今日はアルバイトの予定を入れているようだ。
どうしたものかと思っていると、
「先生、私も和知さんに案内してもらいたいです」
予想外の方から逃げ道をつぶされてしまった。
「じゃ、和知頼んだぞ。度会分からないことはしっかり聞けよ。こいつは無愛想だが根はいいやつだからな」
「はい、分かりました」
恥ずかしいから本人の前でそういうことを言わないでほしい。
ただ愛想が悪いのは自覚があるので特に文句も言えない。
僕は観念してどこから案内したものかと考えていると
「和知さん、案内よろしくお願いします」
度会さんはそう言って笑顔でじっと僕の方を見てくる。
さすがに一度も目を合わせないのは失礼かと思い、僕も彼女の目を見て返事をする。
「それじゃあ、ざっくりと案内します。着いて来てください」
初対面の人間との距離感を図りかねて硬い口調になってしまう。
加藤はそれを見てニヤニヤしている。
伊集院さんもまだ度会さんと話したそうなオーラでこちらを見てくる。
僕は逃げるように教室から廊下に出る。
その後を度会さんが付いてくる。
「僕らの教室があったのが北棟、中庭を挟んで中棟。中棟の二階は渡り廊下から行けるから時間はかからないけど、南棟は少し遠いから移動教室の時は気をつけてください。まぁ南棟はそんなに行くことはないと思いますけど」
「南棟は何があるんですか?」
「職員室と保健室、あとは生徒会室ぐらいです。空き教室が3階にあるけど授業で使うことはないし誰も使ってない階になってますね」
僕がそれぞれの棟の説明をする。
度会さんは僕が説明するたびにうんうんと頷いている。
その手には手帳とボールペンが握られており熱心にメモを取っている。
メモが終わったら歩いて別の場所を説明をする、それを3回ほど繰り返したらある程度の説明は終わった。
そこまで大きい高校ではない。2週間も過ごせば必要な教室は把握できるであろう。
30分もかからない程度で元の教室に戻ってくる。
他の生徒は皆いなくなっており、僕と度会さんだけが教室にいる。
「だいたい案内は終わりました。最初のうちは分からないかもしれないですけど伊集院さんや加藤に聞けばいいですよ」
そう言って僕は、自分のカバンを取って帰ろうとする。
他人に丸投げするのは気が引けるが、伊集院さんと加藤なら喜んで案内するだろう。
背を向けた僕の服の裾が引っ張られる。
振り向くと度会さんがまた、ジッとこちらの目を見つめている。
そしてゆっくりと手を差し出して叫ぶ。
「私の最初のお友達になってください!」
「えぇ......」
唐突な発言に思わず素が出てしまった。
「否定じゃないってことは、いいって事ですよね?」
明るい笑顔で問いかけてくる度会さんに何も言えず立ち尽くす。
そうして僕の手を取ってぶんぶんと振る。
「これからお願いします!」
「......お願いします」
そうして僕と度会さんの学校生活が始まった。
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