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希死念慮 いきたがり度会さんとしにたい僕の徘徊譚  作者: アストロコーラ
第3章

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18/29

18 俺の友人について聞いてくれ

 ピリリリ......ピリリリ......

 スマホの着信音で目が覚める。

 時間を見るとまだ7時だ。設定したアラームよりだいぶ早い。


 (んだこの朝っぱらに、バイトのシフトでも変わったかぁ……?)


 寝ぼけまなこをこすりながら起き上がる。

 スマホの画面を見ると、度会からの電話のようだ。

 彼女が転校してきて1か月余り。LINEや直接のやり取りはあったが、電話は初めてだった。

 メッセージではなくわざわざ電話をかけてくるあたりなにか急ぎの要件なのかもしれない。


 「あい、もしもし加藤だけど」

 「あ、度会です。すみません急にこんな朝早くから」

 「いいよいいよ、なんかあったんだろ?」

 

 電話の向こうの彼女の声は少し焦りを感じる。

 それでもまず謝罪をするあたりが彼女の人となりなのだろう。


 「実は今日悠さんと映画に行く予定だったんですけど、連絡が取れなくて」

 「ほー、結構二人で遊んでるんだな」


 人と関わりたがらない友人が、わざわざ休日に予定を立てていることに少し驚く。

 どうやら転校生の影響は、悠にとって良い方向に働いているようだ。


 「映画ってことは昼とかだろ?まだ寝てんじゃねーか?」

 「それが、朝5時ごろに『急用ができた』とLINEが来て、それからメッセージの既読もつかないんです。」

 

 たしかに、それは少し心配になる。

 悠は約束をできる限り守ろうとする性格だ。予定をブッチすることはない。

 急に予定が入ったとしても、もっとしっかりと断るはずだ。


 「多分、風邪かなにかで体調不良なのをごまかしていると思うんですよ。だからお見舞いに行こうと思いまして」

 「あー、あいつ確かに季節の変わり目とか体調崩しがちだったわ。最近暑いと思ったら寒いとかあったし、風邪はあるなぁ」

 「だから、家の場所を教えていただければと思いまして。悠さんには勝手に教えるなって怒られるかもしれないですけど、心配で」

 「いいぜ、あいつはそういう心配からの行動は怒らないから気にしなくて大丈夫だ」


 口頭で悠のアパートの住所を教える。

 俺も見舞いに行きたいが、この後はアルバイトがある。

 連休の真ん中ということで急に休むわけにはいかない

 手に持ったスマホをコツコツと叩きながら度会がメモする時間を待つ。

 

 「メモ取れたか?田んぼしかない道にあるアパートだから近くまで行けば分かりやすいと思うぜ」

 「はい、しっかり書きました。ありがとうございます!」

 「ホントは俺も行きたいけど、悠の家まで行ってたらバイトの時間になっちまう。俺の分まで頼む」


 電話を切ろうとした時、スピーカーから慌てた度会の声が聞こえる。


 「あ!すみません!もう1つ聞きたいことがあるんです!」

 「おー、なんだなんだ?」

 「あのですね……」


 質問することをためらっているようだ。少し間が開く。

 逡巡のあと、何か決心したかのようにスマホの向こうから息を吸う音がする。 

 

 「悠さんって、中学時代になにか、夢で嫌な思いをすることがありましたか?」

 「……どうして、そう思ったんだ?」


 予想外の質問に少し面食らう。 

 中学時代のことは悠にとっていい記憶ではない、自分から話すことはないだろう。

 唯一同じ中学出身の俺も、その時期のことは誰にも話していない。

 なぜ、急にその質問が出てきたのだろう。


 「昨日の勉強会の時、皆が夢の話をした後から悠さんの様子が少しおかしかったんです。なにか嫌な思い出を振り返るように、心ここにあらずって感じでずっとぼんやりしてたんです」

 「たまたま集中できなかっただけかもしれないぜ?悠数学あんまり好きじゃないからな」

 「最初はそうかなって思ったんですけど、悠さんを見る加藤さんの目が少しいつもと違って、申し訳なさそうな目をしてたから。加藤さんって悠さんと同じ中学でしたよね?だから何か知ってるんじゃないかなって」


 どうやら彼女は人の表情を見るのが抜群にうまい。

 自分は悠と違って表情を隠すのがうまいと思っていたが、バレていたらしい。


 「無理にとは、いいません。ただ、昨日の様子が今まで見たことない表情だったから......」

 「うーん、俺の口から悠のことを話すの、ちょっと悠にフェアじゃないなぁ」

 「それは、そうですよね......」

 「だから、俺が今から話すのは、悠とはまったく関係ない架空の友人の話だ」

 「え?......はい、分かりました。教えてください、そのお友達のお話を」


 この1か月、度会と接してきて、彼女が何でもかんでも口外するような人間ではないことは分かっていた。

 今も、本心から悠のことを心配しているのだろう。この行動も、真剣に悠を思ってのことだろう。

 だから、俺から話せることを話そう。

 

 「俺の友人は、俺と一緒に陸上部だった。短距離と中長距離で部がブロックで分かれていてな。1年の時は同じ短距離だったんだ」


 昔を思い出す。あのときの自分は今よりもっと幼くて、何も分かっていなかった。


 「その友人がマジメでいいやつでな。ピカピカした目で誰にもでも明るく話しかけるし、よく喋ってよく笑うやつだった。才能はなかったが、誰よりも早く来て誰よりも遅くまで練習するようなやつだった。全国に絶対出るんだって、ずっと言ってたよ」

 「あんまりイメージできないですね......」


 今の無気力なあいつとは似ても使わないのだろう。そんな度会の言葉が聞こえる。


 「本気で上を目指すような部活じゃなかったんだ。だから、2年の時に勝つために種目まで変えて練習するそいつは、周りに受け入れられなくて白い目で見られてたんだ。そんなガチでやってどうするんだ、楽しくやれればいいだろって」


 ブロックが変わっても変わらずに努力する彼の姿は、俺にとってはまぶしかった。

 俺も部活なんて楽しくやれればいいやって思ってたから、本気で打ち込んでいる彼はカッコよく見えた。


 「ずっと努力していたから、2年の秋ごろからメキメキと速くなってきて、冬の記録会ではいいタイムを叩き出していたんだ。3年の総体は活躍するんだ、全国に行けるんだって、そいつは今まで以上に努力するようになった」

 「ここまでは、いい話ですね」

 「ここまでは、良かったんだ。俺も、その友人がどこまで行けるか見たくて、ブロックが変わってしまっても応援はしていたんだ。ただ、昔からそのブロックにいたやつらは面白くなかったらしい」

 

 後から入ってきたやつが自分より結果を出している姿は、中学生の心には受け入れられなかったらしい。

 

 「嫉妬からか、中距離やってたやつが全員春になって辞めちまったんだ。しかも、辞める理由にわざわざその友人の名前を使って辞めていった。学校はそいつに問題あるんじゃないかって決めつけて、そいつは大会に出れなくなっちまった。」

 「そんな......ひどい......」


 度会の悲しげな声が聞こえる。

 

 「それからそいつは、夢なんて語らなくなったし、人と自分から絡みに行くことはなくなっちまった。多分、夢なんて持つだけ無駄って思うようになっちまったのかもしれない」

 「......加藤さんは、後悔していますか?」

 「あぁ、してる」


 今でも後悔している。

 あいつらが辞める時に声をかけていれば、何か変わったかもしれない。

 大会出場禁止になった時に声をあげていたら、そいつは今でも走っていたかもしれない。

 1人で苦しんでいる時に、おまえのせいじゃないって言えたら、今みたいに人と距離を置くような性格にならなくてすんだかもしれない。

 何も行動できずに傍観者になってしまった自分を、今でも後悔している。

 だから、高校もわざわざ地元から離れた友人と同じ場所を選んだ。

 何か力になりたくて、あの時力になれなくてごめんって言いたくて。

 結局、俺は何もできていないけど、最近のそいつは昔の明るさを取り戻しつつある。


 「ただ、そんな友人も最近は明るくなってきてな。どうやら新しく来た転校生が良い影響らしい」

 「え?」

 「1年の時なんか全然笑わなかったし、人と話している姿なんてめったに見なかった。持久走だって、1年の時なんか最後尾の方で走ってたからな」 

 

 度会が来てから、友人は変わった。

 自分から話しかけてくることも増えた、昔みたいに表情が顔に出やすくなった、無気力の瞳にすこしだけ昔の明るさが戻りつつあった。

 体力テストの時に見えた笑顔は、昔一心不乱に練習に取り組んでいた時の顔と一緒だった。


 「だから、頼んでいいか?」

 「……はい!任せてください!」


 いつもの明るさを取り戻して彼女は力強く宣言する。

 あぁ、転校してきたのが彼女で良かった。

 そう思っていると度会が話しかけてくる。


 「きっとそのお友達も、加藤さんが近くにいてくれただけで、十分助けになったと思いますよ」

 

 思いがけない言葉に、言葉が詰まる。


 「独りぼっちってつらいですもん、私がそうでしたから。ずっと、一緒にいてくれる人がいたことは、とても嬉しかったと思いますよ」

 「……そっか、そうなら嬉しいわ」


 俺は何か力になれていたんだろうか。なれていたなら、嬉しいな。


 「とりあえず、俺の友人の話は終わりだ。この後、悠のことよろしくな」

 「はい!加藤さんもアルバイト頑張ってください。ありがとうございました」


 電話が切れる。

 

 (一緒にいただけで力になれていた......か)


 度会の言葉を思い出す。

 そうだったなら、いいな。そう思えた。

 

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