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希死念慮 いきたがり度会さんとしにたい僕の徘徊譚  作者: アストロコーラ
第3章

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16/29

16  僕の夢を教えてくれ2

「今日は手伝ってくれてありがとよ!マジ助かったわ」


 加藤の宿題が終わるころには夕方になっていた。

 合間合間に休憩やご飯を挟んでいたので、思ったよりも時間がかかってしまった。


「また今度お礼するわ、じゃあな皆」

「楽しかったよー、またやろうね!」


 加藤と伊集院さんが駅へと帰っていく。

 加藤はいつも自転車通学しているが今日は電車で来たらしい。

 2人が見えなくなるまで見送ってから僕も帰ることにする。

 僕の少し前で、度会さんが小さくスキップしながら楽しそうにしていた。

 さらさらな黒髪に夕日が反射してキラキラしている。


「友達と勉強会をしたことがなかったから、今日は楽しかったです」

「それも、やりたいことリストにあった?」

「勉強は1人でするものだと今まで思ってたので、これは書いていなかったですね」

「そうなんだ。じゃあ今日は新しいことができて良かったね」


 赤く染まる空をぼんやりと見上げながら、まだ将来の夢について考えていた。

 別にまだ、高校2年生だ。そんなに焦らなくてもいい時期だとは分かっている。

 ただ今までの自分だと、やりたいこともなりたいものも見つからず流されて生きていくだけの可能性が高い。


 (死んでいないだけで、生きていないな)


 大人になったら、この悩みから解放されるのかな。

 理想の大人像も特にないし、ずっと悩み続けるんだろうな。


「悠さん?聞いてますか悠さん」


 考え事に没頭していたからか、度会さんが僕に話しかけていることに気が付かなかった。

 いつものように、僕の目を見つめる彼女は頬を膨らませて怒っているふりをしている。


「ごめん、聞いていなかった。もう一回言ってもらっていい?」

「明日、2人で映画でも見に行きませんか?見たい映画があるんですけど、映画館に行ったことがなくて少し不安なんです」


 ショッピングモールの横にある映画館のことだろう。

 こないだの徘徊部で見つけて行きたそうにしていた度会さんの様子を思い出す。

 ただ、今はあまり遊ぶ気になれない。


「他の友達と行きなよ、それか両親か」

「両親は今日と明日は東京の引っ越す前の家に居るんです。友達も伊集院さんは部活の合宿が明日からあるそうですし、仲良くなった林藤(りんどう)さんや松下さんも用事があるらしいです」


 林道さんと松下さん、伊集院さんとよく一緒にいるクラスメイトだ。

 度会さんはクラスでは伊集院さんと話す機会が多いから、その時に仲良くなったのだろう。


「だから、悠さん。一緒に行ってもらえませんか?」


 度会さんはいつものように僕を強引に振り回すのではなく、丁寧にお願いをしてくる。


 (これは、表情に暗さが出てたかな……)


 きっと気を遣って気分転換に誘ってくれているのだろう。

 自分の頬を軽く触りながら、表情に出ないようにしながら返事をする。


「分かった、いいよ。ただ僕そんなに詳しくないから、一緒に見ても面白いか分からないよ?」

「悠さんなら大丈夫ですよ。今まで通り楽しい1日になりますよ」

「......買いかぶりすぎだよ」


 確信を持って断言する度会さんに、僕は返事に困ってしまう。

 なぜ彼女はこんな僕をそんなに高く評価してくれているんだろう?

 僕を見てほほ笑む彼女の考えることは、いつも分からない。





 気が付いた時、僕はタータンのトラックに立っていた。

 スパイクがゴムをとらえる感触に懐かしさを覚える。


 (これは夢だ......)


 陸上競技場の観覧席から、応援の声やメガホンを鳴らす音が響いている。

 アナウンスの声が会場に流れる。


「中学校総合体育大会、男子陸上競技800m決勝がただいまより行われます」


 選手が大会運営にゼッケンの確認をしトラックに飛び出していく。。


「和知君、4レーン」


 僕の名前が呼ばれゼッケンの確認をする。

 トラックには日光を照り返し熱を帯びたゴムの匂いがする。

 どこまでも走り抜けられる体、観客席から僕を応援する声、タイムを競い合う相手。

 全てが、僕にこれは夢だと告げている。

 僕はこの舞台に立つことが、叶わなかったのだから。




 僕はじっとりと汗で張りついたシャツの不快感で目を覚ます。

 寝ている間に力が入っていたのか、体の節々が痛い。

 こぶしはかたくタオルケットを握りしめていたせいか、手がプルプルと震える。

 頭痛もする、思考がうまくまとまらずぼっーと虚空を見つめてしまう。


 (最近は見ていなかったのにな……)


 悪い夢を振り切るように頭を振り、無理やりベッドから起き上がる。

 時計を見ると、まだ朝日が昇り切る前の時間だった。約束の昼にはだいぶ時間がある。

 汗でべたつく肌を洗い流すためにシャワーを浴びる。

 昨日、少し悪い考えに支配されていたからか、夢見が良くなかったようだ。

 中学3年生の時、大会に出れなかったことがいまだ僕の心に深く傷ついているようだ。

 部員の冷めた目、顧問の失望の視線、クラスメイトの嘲笑――全部、忘れられない。

 死にたい、消えて楽になりたい、現実逃避を始めたのもこの時期からだ。


 (頭も体も痛てぇ......)


 シャワーを浴びても頭は冴えず、むしろ悪寒がする。

 もしかしたら風邪をひいたのかもしれない。

 度会さんには申し訳ないが、今日は休ませてもらおう。

 体調不良と伝えると不安にさせてしまいそうだ、急用ができたと言おう。

 熱のせいで、頭がうまく回らない。たった2行のメッセージを送るのに、無駄に時間がかかった。

 ベッドで横になり、タオルケットに震えながらくるまる。

 寝ようとする僕のまぶたの裏に、期待するように笑いかける度会さんの目が思い浮かぶ。

 きっと急なキャンセルは彼女に迷惑をかけただろう。


 (夢も、やりたいことも、人間関係も、全部失敗したんだよ......)


 彼女の瞳を上手く見ることができない。

 いつか、彼女の瞳も失望に変わるのだろうか。

 ファミレスで、3人が楽しそうに夢を語る姿を思い出す。

 僕にも、楽しく夢を語れるときがあったはずなのに、どうしてこうなってしまったんだろう。

 今の僕の夢は、どうすればみつかるのだろう。

 熱に浮かされた頭では答えは見つからず、ただ虚しさだけが残っていた。

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