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希死念慮 いきたがり度会さんとしにたい僕の徘徊譚  作者: アストロコーラ
第3章

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14 僕の意思を聞いてくれ2

 体操着に着替え、グラウンドに出る。

 春なのに日差しはだいぶ強くなってきた。すぐに夏になるだろう。

 二人一組になってウォーミングアップとストレッチをする。


 「悠、だいぶ面白いことになってんな」

 「助けてくれよ、なんでこんなことになってんだ?」

 「そりゃおまえ、君嶋(きみしま)度会(わたらい)狙いだからだろうよ。度会に一番近い男に勝ってアピールしたいんだろ」

 「そんなの知らねぇ......」


 心底どうでもいい情報だった。

 勝手にやってくれ、僕を巻き込まないでくれ。


 「そもそも、現役陸上部と文化部で勝負させるの不公平じゃないか?」

 「それは伊集院に言えよ、あいつが仕組んだんだから」

 「聞いてもらえなかったんだよ……」

 「まぁ、君嶋は伊集院みたいに結果を残してる訳じゃないから、悠なら勝てるだろ。悠のキレイな走りをまた見られるとは思ってなかったから楽しみだ」

 「そんなたいした走りじゃないよ......」


 アップが終わると、先に女子の1000mから始めるようだ。

 1周300mのグラウンドなので、女子は3周と100m、男子は5周も走らなければならない。


 「On Your Marks」


 轟先生が合図をし、ピストルを掲げる。

 少しの静寂ののち、雷管の音が青空に響き渡る。

 やはり本職は別格か。伊集院さんは、矢のような速さでスタートを切る。

 他の生徒を引き付けない速さはさすが陸上部のエースというだけある。

 一方、度会さんは発作が起きないように、亀のようにゆっくりと走っている。

 ただ、体育に参加出来ているのが嬉しいのだろう、周りに置いて行かれても楽しそうに走っている。

 女子の走りを見ていると君嶋君が話しかけてきた。

 彼の表情には敵意がみなぎっていた。


 「おい、和知。おまえ何で伊集院にそんな目をかけられているんだ」

 「さぁ?僕が知りたいよ」

 「け、まぁいいさ。俺が1位を取って、伊集院にも度会さんにもいいところを見してやる」


 そう言って彼はまた体を動かしに別の場所へ去ってしまった。

 伊集院さんに気に入られていることも、度会さんと距離が近いことも彼にとって気に食わないのだろう。

 どちらも僕から望んでなったわけではないのに。

 目線をグラウンドに戻せば、伊集院さんが2位と大差をつけてゴールをしていた。

 体力テストの10点を取れるタイムで走っておきながら、あまり疲れた様子は無いようだ。


 「和知、賭けしてるんだからちゃんと走ってよね」

 「僕としては、そんな賭けしたくないんだけど」

 「もう遅いって」


 伊集院さんと話していると、君嶋君からの視線を感じる。

 あぁめんどくせぇ。仮病で休もうかなぁ。

 そう思っていると度会さんも最下位でゴールしたようだ。

 肩で息をしながら、こちらの方へ歩いてくる。


 「伊集院さん、すっごい速いんですね。1周差つけられちゃいました」

 「まぁね!これでも陸部のエースだから!それに和知はもっと速いよ!」

 「そうなんですね、これから悠さんが走るの楽しみです」


 君嶋君は、今にも歯が砕けそうな勢いで歯ぎしりしている。。

 勝手にハードルを上げられて、勝手に敵視されている。

 なんだこれ、正直に言ってやる気が起きない。


 「次、男子。一列に並べ」

 

 ぼうっとしながら僕は指定された場所に歩き出す。

 

 (めんどくせぇな......銃かなんかで急に撃たれないかなぁ……)


 なんていつもの現実逃避の妄想を膨らませていたせいだろう。

 轟先生の合図の声を聞き逃してしまった。

 パンッとピストルから雷管を叩く音がする。

 その音でわれに返ったときにはもう他の男子生徒は走り出していた。

 先頭と5mくらい遅れて僕も走り出す。

 君嶋君はだいぶ本気のようだ、1周目からかなり速いペースで飛ばしている。

 現役の陸上部相手だ、負けてもいいか。

 そう思いながら僕は後ろの方を走っていた。




 「悠さん、出遅れちゃったみたいですけど大丈夫ですかね」


 ベンチで疲れた体を休めながら伊集院さんに話しかける。

 彼は何か考え事をしていたようで、集中を欠いたまま走り始めてしまった。

 あの様子でちゃんと走れるのだろうか。


 「んー、あれぐらいなら大丈夫でしょ。和知が勝つよ」


 対して伊集院さんはあまり心配しているそぶりはないようだ。

 むしろ悠さんの勝利を確信しているようだ。


 「和知はね、中3の時は何でか大会に出てこなかったけど、中2の冬の記録会ですごいタイムを出して一瞬話題になったんだ」

 「そうなんですか?本人はあまり結果を出していないって言ってましたけど」

 「記録会は総体と違って次につながるわけじゃないからね。多分そのことを言っているんだと思うよ」


 話していると男子は2周目を過ぎて3周目に入るようだ。

 先頭はいまだに君嶋君が走っている。他の生徒とじりじりと距離が開いていく。

 悠さんは最下位ではないがまだ後ろの方にいる。


 「記録会の時にたまたま和知の走りを見たんだけどね、すっごいキレイなフォームで、すっごい楽しそうに走るんだよ」

 「楽しそう、ですか?あんまりそんな感じで走っていないですけど」

 「うん、目をキラキラさせて、世界は自分のものだって顔で走るんだ!ほら、今も結局我慢できずに楽しそうになってきたよ!」

 

 グラウンドに目を戻すと、4周目に入る直前に悠さんの顔が見えた。

 その顔は、目は先ほどまでの気だるそうな雰囲気とは一変して、小さいこどものように輝いていた。




 息を吸う、リズムを作る、腕を振る、脚がテンポよく前に出る。

 轟先生の声や女子からの声援が耳に入らなくなる。

 先ほどまで散漫だった思考が、研ぎ澄まされていく。

 久しく競走なんてしていなかったからか、少し楽しくなってきた。

 体はもっと楽しさを要求している、前を走っている人間全員抜いたら楽しくなるだろうか。

 4周目の途中からギアを変える。残り400mぐらいだろうか、次々と抜かしていく。

 体の奥底から湧き上がる熱が、たまらない。

 最後の1周に入る。先頭はすぐそこに見えている。

 並ぼうか?それとも最後の直線で抜かそうか?

 いや、今すぐ前に出たほうが楽しいな。

 先頭を一気に抜いて、自分がトップになる。

 もっと速く腕を、もっと速く脚を、もっと速く体を。

 前へ前へと突き進む。

 ゴールラインを踏む頃には、世界は自分の体しか存在していなかった。


  


 (あぁ、やっちまった......)


 走っているうちに楽しくなってしまった。

 適当に流して最後の1周だけ頑張ればいいやと思っていたのに、1位になってしまった。


 「和知やっぱ速いじゃん!賭けとか関係なしに陸部入りなよ!」

 「悠さん速いんですね!感動しました!」


 2人が駆け寄ってくる。

 度会さんが笑っているのはいつものことだが、賭けに負けた伊集院さんはなんで嬉しそうなんだ?

 僕の後ろから君嶋君の刺すような視線を感じるが、気にしないことにした。


 「賭けは僕の勝ちってことでいい?」

 「あれ、賭けはしたくないって言って無かったっけ?」

 「おまえ.......」

 「冗談だって!後で渡しに行くね!」


 伊集院さんが走って去っていく。

 残った度会さんが話かけてくる。


 「悠さんって、とても楽しそうに走るんですね」

 「......僕ってそんなに顔に出る?」

 

 朝、加藤にした質問と同じことを聞く。

 ただ、帰ってきた答えは加藤と違ったものだった。


 「はい、嬉しそうな表所も嫌そうな表情もころころ変わって分かりやすいですよ?」


 ......表情が分かりやすいから、こんなに周りに振り回されるんだろうか。

 これからは少し気をつけよう。

 そう思っていると後ろから肩を掴まれる。

 君嶋君か?加藤か?何だろうと後ろを振り返ると――


 「和知、おまえ最初サボろうとしてただろう?」


 笑顔の轟先生が立っていた。顔は笑っているが目は笑っていない。

 ふと横を見ると度会さんはもういなかった。

 くそ、逃げるの速いな。


 「死ぬ気で走れ、とまでは言わんが集中してもらわんとケガにつながりかねない」


 轟先生の説教は正論だっただけに、僕は無言で聞き入るしかなかった。

 ただ、だれか1人ぐらいは僕の話を聞いてくれてもいいじゃないんか。

 そんな悲しさを感じた1日だった。

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