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希死念慮 いきたがり度会さんとしにたい僕の徘徊譚  作者: アストロコーラ
第2章

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12/29

12 どうやら彼はとても分かりやすいようだ2

 彼をじっくりと見つめる。

 まぶたまで伸びた黒髪は、寝ぐせがない程度に整えられているだけで洒落っ気がない。

 体格は同学年と比べてかなり細く、気だるげな目もあいまって少し不健康に見える。

 プリントを渡すたびに見つめていたせいか、茶色の瞳が居心地悪そうに伏せられる。


度会(わたらい)さん東京のどこで住んでたの!?家はどこらへんに引っ越してきたの!?」


 大きな声を出し、茶髪のポニーテールを揺らしながら1人の少女が話しかけてくる。

 轟先生から紹介されるときに、一番強い同情の目をしていた女の子だ。

 きっと優しく人気なのだろう、彼女に集まるように私の席周りに人が寄ってくる。


 (優しい人が多いクラスで良かった……)


 質問に笑顔で答えながらそう思う。

 クラスメイトは、私に対する同情と転校生に対する珍しさが半々といったところか。

 職員室で感じた明確な拒絶がないことは嬉しかった。

 ふと教室の扉の方を見ると、後ろの席の和知さんはもう帰ろうとしていた。

 どうやらクラス内で積極的に交流するタイプではないようだ。

 どうにかして話せないか考えていると、轟先生から声をかけられる。


「あぁ、和知。どうせ午後暇だろう、近い席のよしみで度会に学校案内してやってくれ」


 天の恵みか、タイミングよく話すチャンスができた。

 ただ和知さんは乗り気じゃないようで、嫌そうな表情をして帰りたそうに先生に食い下がっていた。


「先生、私も和知さんに案内してもらいたいです」


 気が付いた時には、自分からそう声をかけてしまった。

 初めて見た彼の目を、今逃したらもう二度と見られない気がしたから。




「それじゃあ、ざっくりと案内します。着いて来てください」


 不愛想だが、根はいいやつ。

 轟先生にそう紹介された彼は、すこし恥ずかしそうにしてから案内をしてくれた。

 あまり褒められ慣れてないようだ。頬を少し赤くしている。

 和知さんは人と距離感を取りたいらしく、あまり目を合わせようとせず、無駄なおしゃべりもしない。

 優しい性格ではあるのだろう。

 私がメモを取るときは立ち止まってくれるし、歩くスピードもゆっくりとしてくれている、質問もちゃんと返してくれる。

 きっと自分の中に線引きがあって、そのラインをこえるまでは誰に対しても同じ態度をとるのだ。

 それが心地よかった、必要以上の配慮をしない彼のあり方は私にとっては新鮮だった。

 保健室がある南棟をそんなに行くことはないと断言する彼は、ある意味鈍感なだけかもしれないが。


 (喘息と紹介された人に対して、保健室に行くことはないって普通言いませんよ)


 喘息の偏見を持たずただの人として接してくれる、そんな彼が引くラインの内側に入りたくなった。

 だから、教室で勇気を出してお願いしたのだ。


「私の最初のお友達になってください!」

「えぇ......」


 困惑しているのか、返ってきたのは言葉にならない曖昧な反応だった。

 そこにあった瞳の色に同情や拒絶が感じられなかったことが嬉しくて、思わず手を取ってしまったのだ。

 手を握ってぶんぶんと振っても、困ったように立ち尽くす彼との出会いで私の学校生活が始まったのだ。




 それからの時間はあっという間に過ぎていった。

 いきなり下の名前で呼んだ時の、彼の驚いた顔。

 空き教室まで隠れてついて行った時も驚いた顔をしてたな。

 やりたいことリストの話をしたときは、渋い顔をしていたな。

 きっと嫌だったんだろうけど、ちゃんとお願いされたら断れない人なんだろうな。

 対面式に行く前廊下で喘息の話をしても、接し方は変わらなかったな。

 学校行事に参加できていなかったことも、ポケットから吸入薬を見せた時も彼の視線は変わらなかったな。


 ((ゆう)さんの中では、私は距離感のおかしい女扱いなんだろうな)


 彼のよく変わる表情には、私との距離感を測りかねているのだろう困り顔がよく見えた。

 伊集院さんと悠さんの会話を聞いていて、彼が高校のクラスメイトと距離を取っていることが分かった。

 伊集院さんに勢いよく絡まれた時は、すごい苦手そうな顔をしていた。

 私にも向けられるその困った顔を見て、私は安心した。

 私に対する感情が、他のクラスメイトと一緒だったから。

 特別扱いで、付き合ってくれているわけではないことが分かったから。

 彼が普通のクラスメイトとして接してくれることが嬉しかった。

 悠さんともっと仲良くなりたくなった。

 だから、部活を一緒に発足してくれる時は少し舞い上がってしまった。


「それでは今日から徘徊部として頑張っていきましょうね、悠さん!」

「え、なんて」


 この時に返ってきた表情も、困惑だったけれど。

 きっと悠さんも名前を考えたかったに違いない。




 初めての部活動も彼はいつも通りだった。

 私は同年代の子と遊ぶことがあまりなかったから少しはしゃいでしまったけれど、彼はいつもと変わらない気だるそうな目を私に向けていた。

 ぶらぶらと街を歩く、それだけで楽しかった。


「度会さんは東京から来たんだっけ」


 珍しく悠さんから振られた話題に、何も考えずに返してしまう。


「あっちにいた時は病院と家にいてばかりで、こんな風に歩くことはあんまりなかったんですけど」


 少し重たい話だったかな、初めての部活で話すことじゃなかったな。

 一瞬そんな風に考えたが、悠さんのリアクションに重苦しさはなかった。

 彼の顔は別のことを考えていたのか、何かに納得するようにうなずいていた。

 その目にはやはり、同情の色はなかった。


 (悠さんなら、何を話しても変わらずにいてくれるだろうな)


 アイスを食べながらはしゃぐ私に少し呆れながら、ビニール袋を持ってくれた彼の横顔を見てそう思った。

 桜の下にあるベンチで花見をしながら、全て打ち明ける決心をした。

 少し気恥ずかしかったから、自己紹介をする体で話を切り出す。

 悠さんも気恥ずかしかったのか、首元のネックレスをいじっており少し落ち着きがない。

 病弱だったこと、喘息を5歳から患っていること、私に向けられている視線のこと。

 全てを話しても悠さんの目には同情や哀れみは一切なかった。

 今の私に、病弱だった過去を、喘息の私を勝手に投影しないその瞳が嬉しかった。


「......多分、僕を選ぶのは見る目が無いよ」


 見られること、選ばれることが不安なのか彼は自嘲めいた言い方をする。

 彼の生い立ちや過去を私はまだ何も知らない。

 ただ、彼の目を見て思う。


 (いつか、あなたから私の瞳を見つめてほしいな)


 そうやって笑いかけると、彼は恥ずかしそうに目をそらすのだった。


 

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