11 どうやら彼はとても分かりやすいようだ1
小学生の時は思っていた。
「どうして、かわいそうっていわれるの?」
咳が止まらずに初めて救急車に乗った時、両親は泣きながら私に謝っていた。その光景を忘れられない。
看護師さんも学校の先生も、同じクラスの人も私が咳き込むたびにかわいそうと口を揃えて言う。
「どうしてなんだろう、せきがとまらないだけだよ?」
両親にそう聞いて、困らせたことを今でも覚えている。
中学生の時には気が付いていた。
「わたしをそのまま、ありのままで見てよ。本当のわたしを見てよ」
初めて会うクラスメイトの同情と哀れみの視線に私は気がついた。
きっと私は喘息とセットで、どこまでいっても腫れ物のように扱われるのだろう。
咳き込む姿を一回も見たことがない先生が、私に言った言葉が忘れられない。
「発作なんて起こすまで無茶しないでくださいね?体にはくれぐれも気を付けてください」
きっと発作の処置なんてしたことがなかったのだろう。
体調管理を促す声は、問題を起こすなと遠回しに言っていた。
まるで問題児のように扱われることに、どうしても納得ができなかった。
高校生の時にはもう諦めていた。
「私が健康だったなら、私も他の人を可哀そうだって思うんでしょうね」
たまたま私が喘息で虚弱なだけで、他の人が健康だっただけだ。
私の他に病気のクラスメイトが居たら、私もきっとその子を同情の目で見てしまう。
健康な世界線で生まれた私が、今の私を見たらきっと可哀そうだと言うのだろう。
そういうものだって、諦めがつくようになっていた。
だから、自分がやりたいことをするのだ。
どうせ他の人の視線なんて変えられないのだ。なら、自分が変わるしかない。
私だけが「喘息の度会玲」ではない、「ただの度会玲」を知っているのだ。
高校1年の冬に転校が決まった時に、新天地で生きたいように生きることを決意した。
喘息がひどかった時には出来なかったこと、漫画でやってみたいと思ったこと、そういったものをまとめたリストを作った。
ポケットサイズの黄色のメモ帳に、一つ一つ丁寧にやりたいことを書いた。
買い食いをしてみること、部活動に入ってみること、仲の良い女友達を作ること、体育祭でリレーに出てみること。明るいキャラでクラスに馴染むこと。思いつく限り書いて、最後に一つ書き足した。
「本当の私を見てくれる人を見つけること」
書いた後に、我に返ってぐしゃぐしゃに線を引いてなかったことにした。
喘息を持つ私も、私の一部だ。
本当の私なんて存在は、都合のいいまやかしだって気が付いていた。
東京から転校してきた場所は、少し田舎で自然がいっぱいなところだ。
四方どこを見ても山々に囲まれ、掘り起こされた田んぼから土の匂いがする。
すべてが初めての体験で新鮮だった。
ただ転校先に両親と挨拶に行った時の、職員室で向けられた視線は昔から感じていたものと変わらなかった。
「あの子、どこのクラスの子だ?見たことないな」
「多分4月からの転校生だよ、ほら、こないだ連絡のあった2年の」
「あぁ、轟先生のクラスに入る、喘息の子か」
「そうそう、うちのクラスじゃなくて良かった。喘息の子なんて教えたことないからね」
私を見る目線が、ひそひそ声が全て体験したことのあるものだった。
両親が申し訳なさそうな目で私を見る。その目も、喘息になってから変わっていない。
「私が担任になる轟だ、よろしくな度会」
「はい、よろしくお願いします」
「事情は聞いている。何か困ったことがあったら遠慮なく聞いてくれ」
轟先生がひそひそ声をかき消すように大きな声で話しかけてくれる。
きっと優しい人なのだろう。その目には強い同情の色がにじんでいた。
新しい学校でも、この視線で見られ続けるのかな。
覚悟はしていたけれど、やはりつらかった。
「去年の始業式と同じで説明することが何個かあるが、その前に皆に一大発表がある、なんと転校生がこのクラスに来ることになった」
轟先生の声が扉越しに聞こえてくる。
これからクラスメイトとの初顔合わせだ。
転校生が来るという報告に歓声が上がっている。
自分という存在が歓迎されていることに、期待と不安が入り混じる。
(どういう目で見られるのかな......いつも通りなのかな......)
ネガティブな感情に支配されそうになる心を振り払うように、頭を振る。
どう見られていても、私のやりたいことをやろう。
深呼吸をしてから、入室してクラスメイトになる人達に挨拶をする。
「初めまして、転校生の度会 玲です。よろしくお願いします」
「彼女は去年まで東京の高校に通っていたが、御家族の引っ越しに伴って転校してきた。喘息を持っているからあまり無理をさせてはいけないからな」
轟先生の紹介で、先ほどまでは歓迎一色だった教室の空気が変わる。
私を見る目が見慣れたものになる。
同情、哀れみ、拒否、場所は変わっても私に向けられる感情は大差ないようだ。
(まぁ、仕方ないですよね......)
予想はしていたので落胆はしない。ただ諦めだけが心にある。
ぐしゃぐしゃに線を引いた、やりたいことリストがふと頭によぎる。
消してよかった。指定された席に向かうまではそう思っていた。
私の後ろの席にいる少年は、私が挨拶するまではずっと窓の外を見ていた。
私はそれを拒否の感情からくる、目のそらし方だと勘違いしていた。
「よろしくお願いしますね」
「......よろしくお願いします」
ただ、どうやら違ったらしい。
気だるそうな目には、ただ困惑の色だけが浮かんでいた。
挨拶されると思っていなかったらしい。
彼の黒い瞳をじっと見つめていたら、恥ずかしそうにそらされてしまった。
その瞳に私は強い好奇心を抱いた。
彼から、マイナスな感情を感じなかったから。
彼の目は、私も誰も見ていなかったから。
初めて見るその目に、無性に私を映させたくなった。
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