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希死念慮 いきたがり度会さんとしにたい僕の徘徊譚  作者: アストロコーラ
第2章

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10/29

10 どうやら彼女は見る目がないようだ2

 「やってみたかったんですよね、買い食いしながら歩くの」 


 ショッピングセンターを出て、度会(わたらい)さんがビニール袋を掲げて笑う。

 袋の中にはお菓子とジュースが入っている。僕の分も買ってくれているようだ。


 「はい、これ(ゆう)さんの分です。これも、漫画で見てからやってみたかったんです」


 2つ入りのチューブ型のアイスを真ん中から分け、僕に差し出す。

 ひんやりとしていて、歩いて熱を帯びていた体には気持ちがいい。


 「ありがとう、いくらだった? 僕の分出すよ」

 「お金は大丈夫です。お母さんから『これでお友達と何か買いなさい』ってお小遣いをもらえたんです。だから、気にしないでください」

 「そうか、お礼言わないとなぁ。あぁ、ビニール袋持つよ」


 金銭の貸し借りはしたくないが、わざわざお金を出してくれたのだ。

 意固地になって断るのも失礼と思い、お言葉に甘えることにした。

 

 「あ、ありがとうございます。アイス食べながら、来た道じゃない道を通って帰りましょう。途中でベンチか座れそうなところがあったら、お菓子食べましょう!」


 アイス片手に喋るはしゃぐ彼女は、高校生にしては少し子供っぽい。

 やりたかったシチュエーションが出来て満足なのだろう。


 「ビニール袋も半分こします?」

 「さすがに恥ずかしすぎるかな......」


 ただでさえ同じアイスを食べながら一緒に歩いているのだ。

 自意識過剰かもしれないが、これ以上は人目が気になる。


 「あぁ、そういえばベンチがある帰り道あるな」


 はしゃいでいる彼女なら無理矢理半分持ってきそうなので、強引に話題を変える。

 川沿いに遊歩道が作られており、そこから少し外れたところにベンチが設置してある。

 僕が気分転換にジョギングをしていた時に見つけた場所だ。

 

 「じゃあ、そこで休憩してから帰りましょう」

 「分かった」


 僕は少しずつ度会さんとの付き合い方を理解し始めた。

 突飛な事は言うが、理不尽な要求はされない。

 自分のできる範囲で関わればいいのだ。

 横を見ると、楽しそうにアイスチューブを吸っている。

 少し行儀悪いと思ったが、言うのも無粋か。人のこと言えないし。

 僕もアイスを食べる。

 10分ぐらい歩くと、目的のベンチにたどり着いた。

 遊歩道には桜並木が続いていて、ちょうど今が満開のようだ。

 そよ風に木の枝が揺れて、桜の花がひらひらと舞っている。


 「すごい、いい場所ですね……」

 「僕が来たときはこんなキレイな光景じゃなかったけどな。タイミングが良かったみたいだ」

 

 度会さんは感動しているようだ、言葉少なに桜の木の下まで行って見上げている。

 先にベンチに腰掛けて、その様子を眺めることにする。

 満開の桜の下に佇む度会さん。その姿は、まるで絵画のようだった。



 (黙っていればキレイ系だよなぁ......)


 振り回されている時はあまり気にする余裕がなかったが、加藤の言うことも理解できた。

 他の生徒からしたら、この度会さんの姿ばかりの印象なのだろう。

 転校生がキレイ系の美少女、そりゃ狙う奴はいるよなぁ。

 その近くにいる、暗い僕のことはどう見えているのだろうか。

 ろくなものでないだろうなぁ、面倒くさいなぁ。

 少しして、度会さんは目を輝かせながら僕の横に座る。


 「今日、悠さんと徘徊できて、本当に楽しかったです! やりたいことリストがどんどん埋まっていきます!」


 先ほどの静かさはどこへやら、明るさ全開で度会さんは笑う。


 「それは良かったね」

 「はい、とっても!」


 ビニール袋からお菓子とジュースを取り出して、2人で花見をする。

 花見なんていつぶりだろうな、家族ともした記憶がない。

 もしかしたら初めてかもしれない、お菓子をかじりながらそんなことを考える。

 僕はこういった行事に関心がないから、忘れてしまっただけかもしれないが。


 (まぁ、たまにはこういうのも悪くないか......)


 上機嫌な彼女を見て、案内した価値はあったかなと思うと、悪い気はしなかった。





 少ししてから、度会さんが僕の方を見て真剣な顔で話しかけてくる。


 「改めて思ったんですけど、悠さん」

 「なに」

 「自己紹介しませんか?」

 

 今更になって言うことではない。

 出会って最初にすべきことだ、本来なら。

 

 「普通、友達になる前にすることじゃない?」

 「それは、そうなんですけど。この1週間私のやりたいことばっかり押し付けてしまって、悠さんのこと何にも聞いていないなって」

 

 この1週間を思い出してみる。

 始業式から今に至るまで、いつも度会さんの言動に振り回されるだけだったな。

 確かに、僕自身のことを話したことはない。

 

 「それに、自己紹介しなくても、お友達になりたかったんです」


 彼女の瞳が僕の目をじっと見つめる。

 ショッピングセンターでも思ったが、彼女が転校してきてからずっと見つめてくる気がする。

 

 「それなんだけどさ、どうして僕なんだ? 伊集院さんとか、加藤とか、僕以外のクラスメイトの方が良いと思うけど」


 客観的に見て、僕よりその2人の方がどう考えても性格が良い。

 クラスの中心でもあるし、明るい度会さんとも相性がいいだろう。

 その2人以外にも、他のクラスメイトにも良いやつはいる。

 わざわざ僕を選ぶ理由がないと思う。


 「2人もクラスの皆も、私に優しくしてくれてとてもありがたいですよ。でも、悠さんを選んだことにはちゃんと理由がありますよ?」


 そういって度会さんは立ち上がる。


 「歩きながら話しましょう。少し恥ずかしい話もするので、そっちの方が話しやすいです」


 彼女は照れ笑いをしながら桜並木の遊歩道へ向かう。

 僕も立ち上がり、一緒に歩き始める。


 「改めて、自己紹介しますね。私は度会 (れい)、好きなものは甘い物、読書、黄色です。悠さんは何が好きですか?」

 「好きなもの......コーラとか、ゲームかな。あと、雨も好きかな」

 「雨ですか……私はあんまり好きじゃないですね、なんだか悲しい気分になるから」

 「そう? 雨音とか落ち着くから僕は好きだな。濡れるのは嫌いだけど」

 「ああ、確かに。雨音は私も好きかも」


 改まってこういう話をするのは少し気恥ずかしさがある。

 ごまかすようにネックレスを指でさすりながら会話する。


 「体を動かすことも好きなんですよ。病弱だったからあまり外で遊ばせてもらえなくて、得意ではないんですけど」

 「今の度会さんを見ていると、そんなイメージ無いけどな」


 言われてみれば、白い肌と少しやせ過ぎているその体はあまり頑丈さを感じない。

 ただ今までの明るい表情やとてつもない行動力が、病弱だったという彼女の過去と結びつかずそんなことを言ってしまう。

 少しだけ先を歩いていた度会さんが急に立ち止まる。

 やはりというべきか、じっと僕の目を見つめている。


 「ふふ、やっぱり悠さんが最初のお友達で良かった」

 

 そうしてそんなこと言うのだ。

 僕にとっては意味が分からず、反応に困ってしまう。

 何も言えずにいると、また度会さんが歩きながら話し始める。

 もうそろそろ学校に着きそうな距離まで帰ってきた。


 「悠さんは私が転校してきたとき、轟先生からなんて紹介されたか覚えていますか?」

 「あー、去年まで東京に居て、家族の引っ越しに合わせてこっちに来たんだっけ。あと、喘息のことも言っていたかな」


 記憶を掘り返して思い出す。

 まだ1週間しか経っていないのに遠い昔のように思える。


 「そうです、私は今までずっと、先生からそうやって紹介されてきました」

 「ずっと?」

 「はい、私が喘息を患っていることを、です。私が5歳に発症してからずっとです」


 まぁ、それは言うだろうなと思う。

 知らないまま無理をさせて発作が起きたら大事になりそうだ。


 「そうやって紹介された時に、向けられる目が分かりますか?」

 「……ごめん、その立場になったことがないから分からないな、想像もできない」


 正直に答える。 

 子供のころから健康体だった僕には知らない世界だ。


 「ふふ、素直ですね。......向けられる視線の多くは、哀れみと拒否です」


 そ彼女の顔は何かを思い出しているのか、視線は空を眺めている。


 「皆こう思うんです。喘息なんて『可哀そう』だって、何があるか分からないから『関わりたくないな』って。発作を起こして学校を休んだ後なんて、なおさらそうです。」


 度会さんは続ける。


 「そういった生活が続いてくると、なんとなく視線で分かるようになるんです。この人は私のことを憐れんでるなって、関わりたくないと思ってるなって」


 僕は何も言えず、黙々と横を歩く。


 「大きくなるにつれて喘息の症状が軽くなってきて、発作が減ってきてもそれは変わりませんでした。私に向けられる視線はいつも『喘息の度会玲』という目です。その視線が優しさからきていても、拒否感からきていても、誰もただの『私』を見ていません」


 学校が見えてきた。

 歩きながらずっと喋っているせいだろうか、度会さんの息が少し上がっている。


 「だから、今年も本当は諦めていました。皆が見るのは『喘息の度会玲』だって。でも――」


 彼女が立ち止まって、僕の目を見つめてくる。

 相も変わらず、彼女の瞳は真ん丸でキレイだな、なんて場違いな事を考えてしまった。


 「悠さんがいました。クラスの皆とは違う目をしていた、悠さんがいました」

 「……僕、そんな皆と違った?初対面の時、がっつり目をそらしていた思うけど......」


 明らかに買いかぶりだ、僕はそんな特別な目をしていない。

 今までの話を聞く限りだと、僕の何が彼女の琴線に触れたかが分からない。

 

 「はい、悠さんは特別でしたよ。他のクラスの皆と明らかに違う目をしていました。今日まで何回も色々な目を見てきたから分かりますよ」

 「......僕はどんな目をしてた?」

 「悠さんの目には、私が全く映っていませんでした! 正直に言って、ただの気だるそうな目だなって!」

 「えぇ……」


 それはそれでダメな奴じゃないか?

 学校の校門に着く。


 「初めてだったんです、喘息だって紹介された後に私のことを何も見ていない人は。伊集院さんも、加藤さんも優しさから『喘息の度会玲』として見ています。でも、悠さんは違う。ただの人として見てくれています。話しかければ普通に返事をしてくれます。無茶を言えば普通に嫌そうな顔をします。悠さんのあり方に、私という存在は関係ないものでした」

 

 度会さんは嬉しそうに語り続ける。

 

 「それが、どれだけ嬉しかったか! 普通に接してもらえることが、どれだけ救いになったことか! だから、悠さんとお友達になったんです」


 そう言って度会さんは僕にほほ笑む。

 僕はそんな大層な人間じゃないよ。ただ、思いやりのないだけだよ。

 そう言いかけて、その顔を見て言葉が止まる。

 いつものキラキラした瞳で僕を見ている。

 その目に見られると、なぜだろう、上手く喋れなくなる。

 

 「いつか、その目に私がちゃんと映るようにしてみますね!」


 そんな宣言をする。

 どうやら、これからも振り回されることは決まっているようだ。


 「......多分、僕を選ぶのは見る目が無いよ」


 なんとなく負け惜しみのようなセリフが出てくる。

 それを聞いて、度会さんはまた目をキラキラさせてほほ笑むのだった。

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