1 ある日それはトラックのように1
今日は高校2年生としての初めての登校日。
僕は学校から歩いて30分くらいの距離のアパートから、ぼんやりと景色を見ながら登校する。
寒いこの地域では入学シーズンといえど桜は満開といかず、まばらに花びらを咲かせている。
(今年も何にもない平穏無事な学校生活でありますように)
そんなことを考えながら歩いていると、後ろからけたたましいクラクションが響く。
振り返った時にはもう目の前までトラックが迫っている。
脇見運転をしていたであろう運転手の焦り顔と猛然と突っ込んでくるトラックが視界を埋めた。
トラックと体が触れるその瞬間。ドンッ!と僕の背中に衝撃が走る。
「おっはー!新学期早々辛気くさい顔してんなぁ!」
「......加藤、いきなり背中を叩くな。おはよう」
背中に走る痛みが、思考を現実へと引き戻す。
学制服を着崩し、短く整えられた茶髪の陽気な男が僕の横に立つ。
中学生からの同級生である加藤光と挨拶をする。
180㎝を超える加藤と170㎝にも満たない僕とでは軽いボディタッチでもそこそこ痛い。
「ごめんごめん、進級初日だからテンション上がっちゃってさ」
「うちの学校はクラス替えもないし担任も変わらないだろう、そんな盛り上がることか?」
「何にも分かっていないなぁ悠は、2年に上がるってことは後輩ができる、修学旅行だってある。なにより4月!出会いの季節!何かしらのイベントを期待したっていいじゃないか!」
「部活には入ってないから後輩なんて関係ないし、修学旅行なんて面倒くさいだけじゃないか。出会いもこの田舎じゃ期待するだけ損するぞ」
「冷めてるなぁ、もっと雰囲気を楽しんでいこうぜ、悠」
そんな他愛もない会話をしながら学校へ向かう。学校に近くになるにつれ学生服を着た人が増え始める。
入学式用に飾りつけされた校門を抜け、昇降口へ向かう。クラス発表の看板の前には人だかりが出来ていた。スマホで写真を取り合う女子生徒も多い。
遠目に自分の名前だけ確認し、人込みを縫うように下駄箱へ向かう。
「クラス発表見ねーの?」
「見たって去年と同じだろ、それに僕の苗字じゃどうせ一番後ろだ」
「まぁ和知だもんな、俺は他のやつと話してからクラス向かうわ」
去年が1-2だったから今年は2-2。1年生と2年生は建物が一緒で3階が2年生のクラスになる。
教室には既に数人のクラスメイトが来ており、いつものグループを形成している。
それを横目に自分の席に向かう。窓際の一番後ろが自分の席だ。
ボーっと窓から外を眺めているとだんだんと同級生が入室してくる。
30人のクラスメイトが全員集まり、チャイムの音がする。
チャイムから少し遅れたタイミングで、担任が挨拶をしながら入ってくる。
「おはよう、欠席者はいないな、今年も担任だからよろしく」
担任の轟先生がハキハキとした調子で喋る。クラスメイトもそれぞれ挨拶を返す。
「今年もよろしくお願いします」「轟先生引き続きで良かったぁ」「千佳ちゃん今年もよろしくー」
「轟先生と言え加藤、他の先生に威厳がないって怒られるんだ。そろそろ直してくれ」
轟先生と加藤の定番と化したやり取りで明るくなる。轟先生は生徒と同じ目線に立ってくれる先生としてクラス以外の生徒からも人気だ。
「去年の始業式と同じで説明することが何個かあるが、その前に皆に一大発表がある。なんと転校生がこのクラスに来ることになった」
おぉーと教室が沸く。誰も転校生など想像していなかったのだ。
加藤が遠くの席から僕を見てニヤニヤしている。言った通りイベントがあっただろうと顔に書いてあるのが分かる。
「それじゃ、入ってきていいぞ」
教室のドアが開く。教室の視線が一斉に転校生に集まる。
「初めまして、転校生の度会 玲です。よろしくお願いします」
鈴を転がしたような凛とした、大きくはないがよく通る声で少女が挨拶をする。
黒髪のさらさらとしたショートヘアに、雪のように白い肌、ガラスのように透き通る丸い黒目。
体の細さは儚さを感じさせるが、彼女の表情には強い生命力を感じる。
「彼女は去年まで東京の高校に通っていたが、御家族の引っ越しに伴って転校してきた。喘息を持っているからあまり無理をさせてはいけないからな」
真剣に転校生を紹介する先生に、クラスの皆もまじめに聞き始める。
喘息の情報に何人かの生徒からは憐憫の眼差しが向けられる。
「喘息といっても重症ではないので、激しい運動をしなければそんなにひどくなりません。
普通の友達のように接してくれると嬉しいです」
そういって彼女は頭を下げる。
「そういうわけだ、みんな仲良くしてやってくれ。席は苗字順になる、あそこの空いてる席に使ってくれ。和知の前の席だ」
そういって先生が僕の前の席を指さす。クラスの視線が今度は僕の方に来る。
向けられる視線の居心地の悪さに窓の方を見てやり過ごそうとする。
「よろしくお願いしますね」
前を向けば転校生がこちらに挨拶をしてきた。キレイな黒目には鏡のように自分の姿が映っている。
「......よろしくお願いします」
声をかけられるとは思っていなかった。
思わず不格好な挨拶を返す。
どうしてかその目を直視することができずに、言葉が詰まってしまった。
このときはまだ、この転校生によって平穏無事な高校生活が崩れさることを僕は知らなかった。
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