乂阿戦記2 第三章 イブ・バーストエラーは復讐の女神の胡蝶の夢-9 イサカはママになる
\超展開✖️熱血変身バトル✖️ギャグ✖️神殺し/
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一人は銀髪の法衣を着た6歳ほどの女の子。
もう一人は、黄緑の髪の、言葉もたどたどしい2歳ほどの子ども。
「こんにちは、初めましてです! 私、シルフィスって言います!」
「ニカにゃ、にゃっにゃ!」
彼女たちは笑っていた。
無垢で、眩しくて、まるで太陽を連れてきたかのように。
その場に立ち尽くしたまま、イサカは反応できなかった。
(……誰? なぜここに……)
少女達の名前はシルフィス、ニカと言い、彼女達こそは九闘竜No.2 Dr.ファウストの養女達であった。
「お姉さん!お姉さんはこの神殿の女王様なのですか?シルフィ本物の女王様を一度見てみたかったのです!」
「ニカ、にゃ〜にゃんにゃかなかにゃにゃに!」
ニカちゃんは猫みたいな言語で、何を言っているのか分からない。
それにしても、この女の子は可愛い。
……この子好きかも。
それにこの娘、さっきからずっと私をチラチラ見てる。
もしかして私になにか気があるのかな。
だったら、ちょっと嬉しいけど。
イサカがそんな事を考えていると、 突然、少女が私の手をガシッと掴んだ。
そして、いきなりとんでもない事を口にした。
「シルフィにはママがいないからずっとママを探していたのです!お姉さん綺麗だからシルフィのママになって欲しいです!!」
「にゃーにゃっにゃっにゃ〜!!」
そう言って2人の子達は嬉しそうに抱きついてきた。
イサカは、あまりの事にびっくりして、変な声が出てしまった。
『えっ?私があなた達のお母さんに?』
――あまりに唐突な告白。
それは、かつて“女神”と崇められ、“兵器”と呼ばれ、“道具”と扱われた彼女にとって、あまりに人間らしい言葉だった。
ママ。
母親。
その響きは、彼女にとってどこか懐かしく、それでいて永遠に失われた幻想だった。
――ああ、
こんな言葉を、自分が向けられる日が来るとは。
その思いの中で、後ろからあわてて駆けてくる赤い影があった。
「おい!お前ら何やってるんだ!早くこっちに来い!この部屋には来ちゃだめだって言っただろう!」
そこには馬の尻尾みたいに金髪を後にくくった、赤い服の少女が立っていた。
あれは……確か、九闘竜No.7フレア・スカーレット……
「え、えーと、わりぃ……じゃなかったすみません。No.1イサカ・アルビナス。この子達まだ何も知らない子供なんです。……あ、あの、よく言い聞かせておくから怒らないでやってください」
「? 何を言ってる?……でもそうね、ここは確かに危険な魔導書がたくさんあって子供には危ない……近寄らないほうがいい……早く帰りなさい」
「……は、はい……」
「それと、あなたも気をつけて」
「へ?」
「あなたのような子供がこんなところで何をしているの」
「いや、それはその、えっと」
「いいから、ほら、さっさと帰る」
「あ、う、うん」
「イヤですぅ〜!シルフィお姉さんともっとお話ししたいですぅ〜!仲良くなってシルフィ達のママになって欲しいですぅ〜!」
「ニカニカにゃ〜!!」
「え?ちょ、ちょっとコラ?シルフィス!ニカ!」
2人をたしなめようとするフレアだったが、イサカは怒る風もなく膝をつき、子供達と同じ目線で話かけて来た。
「……あなた達の名前はシルフィスとニカって言うの?」
イサカに尋ねられ二人は元気よくハイと答える。
するとイサカはまるで本当の母親の様に優しい笑顔で2人に語りかける。
「じゃあ私も名乗らないとダメよね、私は『イサカ』っていうのよ」
そう言うと2人は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねて喜んだ。
そんな2人を見て微笑みながら優しく頭を撫でたあと立ち上がった。
そして今度はフレアに向かって話しかけて来た。
「貴女のお名前はなんて言うのかしら?」
「わ、私は……フ、フレア……」
フレアが答えると少し間を開けて再び話しかけてくる。
「そう……フレアちゃんって言うんだ……いい名前ね」
そう言って微笑む彼女の笑顔はとても暖かく感じたのだ。
その笑顔を見てフレアは今は亡き母を思い出した。
(……この人……すごく暖かい感じがする……まるで母さんみたい……)
「それで、3人ともお魚とか好きなのかしら? もし良かったら今度一緒にお食事しない?」
「え!?いいの!?」
「な〜〜!」
シルフィスが両手を上げて喜ぶ。
よくわかってないニカもシルフィスの真似をして両手をバンザイする。
「もちろん!3人ともっと仲良くなりたいからね」
「やった!ありがとう!ママ!」
「にゃにゃ!!」
「ふふっ、どういたしまして♪」
――この世界に、まだ“母と呼ばれる価値”が自分に残っていたなんて。そう思えるだけで、涙が出そうだった。
そうして話していると遠くから声が響いてきた。
「……ここに居たかフレア、シルフィス、ニカ」
そこに現れたるは巌の偉丈夫、九闘竜No.2ファウストであった。
「……ロキの奴めがうるさい。ここにはあまり近づくな」
「イヤです!イヤです!イヤですぅー!お姉さんがママになってくれたの!シルフィこれからママともっといっぱい遊んだり、絵本読んでもらったり、夜は一緒にお風呂入ってネンネしたりするもん!シルフィもお友達の紅阿ちゃんみたいにママが欲しいのーっ!!」
「にゃかにゃかにゃ〜〜!!」
ファウストは2人を嗜めるが、2人はジタバタ暴れて駄々をこねる。
「……………ママ?」
ファウストはわけが分からず、困惑して首を捻っていた。
すると、横から声が掛かった。
「いいではないかNo.2よ。たまには我も母親の役をこなしてみよう……なに、子守は慣れている。"胡蝶の夢"が獅鳳なる小僧をそれはそれは熱心に子守りしていた。その記憶が私にもある……」
そう言ってイサカは懐かしそうに目を細めながらシルフィスとニカの頭を撫でた。
その日からイサカはシルフィスとニカ、そしてフレアのママになった。
子供達が寝静まった後、1人酒を飲んでいたイサカの元に、子供の面倒を見終わったファウストが現れた。
「やはり来たか……お前も飲むか?」
「……いいのか?俺は事によればお前を殺したかもしれんぞ? だが――娘達が笑っているなら、それが俺にとっての“理屈”だ。人間はよく分からんが、それだけは分かる。」
そう、このファウストなる戦闘生物はイサカはおろか、ロキやカルマストラ二世に対する敬意なぞ微塵も持ち合わせていない。
それどころかクトゥルー教団もナイン族もタイラント族もただ娘達に快適な生活をさせるのに便利だから利用してる程度の存在でしかない。
何せこの究極の怪物はその気になればそれら全てを敵に回し勝ち抜く、まさに最強の戦闘生物である。
この男はフレア、シルフィス、ニカの三人の誰かが危害が及ぶ事があれば、星一つ丸ごと喰らい尽くす自立稼働最終兵器なのだ。
だがイサカも別段ファウストを恐れていなかった。
今の彼女に生に対する執着はあまりないからだ。
呪具による呪いで、わけもわからず復讐に駆り立てられ生きている哀れな人形……
それが彼女である。
寧ろ死の訪れは寧ろ彼女にとって救いかもしれないくらいだった。
「酒の席にまで堅苦しいことを言うな……それにお前のお陰でこうしてまた子守りができたのだ……私は嬉しいぞ?」
「……フム……やはり人間というものは理解に苦しむ……だがせっかくだ。一杯だけ貰おう……」
「……No.2……私は人間ではなく人形だよ……」
イサカは自重気味に呟く。
「ところであのニカちゃんという1番年下の娘なのだが、シルフィスちゃんと違って乂阿烈のクローンというわけでは無いのだな……」
「ほう、気づいたか。然り、あの子の名はニカ・スカーレット。六年前とある呪術師に拐われたフレアの妹だ。半年前、私とパピリオとレッドはロキの協力の元、誘拐されたあの子を見つけることが出来た。呪術師はニカを改獣生成の材料にするつもりだったらしく、呪術で氷付けで封印されていた。だからあの子を解放した時、あの子は誘拐された当時の2歳のままだったわけだ」
「あの子を誘拐した呪術師とやらはもう殺したのか?」
「……残念ながら狡猾な奴でな。我らが彼奴を滅ぼす力があるとしるや、『ニカは無事に返す。我らは実行犯に過ぎぬ。我らにニカの誘拐とフレアの両親の殺害を命じた黒幕の情報も教える。フレアの両親の殺害に関わった部下も皆殺しにしてもいい。だがワシの身の安全は保証しろ。飲めないのならニカを道連れに自害する。』と脅迫された。なのでとりあえず言う事を聞くフリをして、ニカだけ取り戻したらさっさと殺すつもりだったんだがな……あろうことか、あの呪術師はニカに呪いをかけていたのだ。私とパピリオとレッドのいずれかが彼奴を殺すとニカが死ぬという呪いをだ。……忌々しくも奴は呪術師として非常に強力でワタシの力を持ってしても呪いを解く事が出来なかった。殺す相手がワタシとパピリオとレッドの三人だけという限定的な制約で強化されてるためニカへの呪いは解除不可能な呪術に仕上がっていたのだ。なのでソイツは今ものうのうと生きている。まったくもって業腹なことだ……」
イサカはこの怪物を出し抜く、その途轍もない呪術師に心当たりがあった。
「……もしかしてその呪術師の名は……」
言いかけて尋ねるのをやめる。
わかったところで、その呪術師を殺す手立てがまるで思い浮かばないからだ。
あの狡猾なる叔父マクンブドゥバを殺せる人間なぞ、果たしてこの世にいるのだろうか?
諦観をもって目を伏せる。
「いや、なんでもない………」
その後2人は大した話をする事なく、子守りに関する話し合いだけをして、夜遅くまで飲み明かしたのだった。
イサカは気づいていなかった。
彼女が子供達のママになった時、彼女は大きな運命の分岐点を迎えたという事に……
……その一歩が、やがて彼女を“ただの復讐人形”ではなく、“誰かの守るべき存在”へと変えていくことも、まだ知らぬままに。




