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第四章- 白の調停者メルコール・ヴォータン-16 ゴドー・ハーケンは風のない風を待つ

※第四章ラスト。


ヴォータンの命令により

フレア回収作戦が始まる。


それを阻止するため

メフィストが呼んだのは


世界一の殺し屋

ゴドー・ハーケン。


狙うは

ヴォータンの右腕

灰雪の魔導士ミュラー。

ゴドーは金属板の波形を覗き込んだ。一度だけ。

視線が、海図の等深線を読む船長のそれに変わる。



「ヘルヘイム前縁“灼熱平原・冷却橋”。

 明朝、各隊が冥界への渡橋許可を受ける。

 ミュラーは規約に従い、ヴァルハラ側の押印儀を行うはずだ。

 押印台は金属。冷却術式で温度が落ちる。

 熱源差で、彼の影が一瞬、濃く伸びる。

 押印の二秒後、橋の第三トラスに体重が乗る。

 ――そこが、“奴が幽霊体から人間に実体化する瞬間”だ」


ゴドーは頷かない。

代わりに、布上のボルトが一つ、音もなく差し込まれた。

それが彼の「承諾」だ。


ロキが低く問う。


「……護衛は多いぜ。あの白い幽霊が逆探知をかける」


ゴドーは初めてロキを見た。

“戦士”を見る目。評価は一拍で済む。


「一発だ。沈黙が残る」


それ以上の説明はない。

だが、その一行に射角、風切り、屈折、魔力ゆらぎ、逃走線が詰まっている。


クレオラがたまらずに口を開く。


「……お願い。助けて。兄様シグルドをあの人達に連れて行かれたくない。

 兄さんを、彼らの都合の良い道具にさせたくない」


ゴドーはクレオラを見ない。見ないことで見た。

彼の目に必要なのは、呼吸のリズムと立ち姿の重心だけだ。

それで十分、彼は“動機の強度”を測る。


紙巻の、火の消えた端がわずかに砕けた。


「――この依頼引き受けよう」


それで終わりだ、と皆が思ったとき、メフィストがもう一枚のカードを出した。


「加えて、条件をもう一つ提示する。

 成功後、痕跡は“メフィスト・ギルドの仕業ではない”と世に残してほしい。

 我々の旗色は、いま民意に寄せる必要がある」


ゴドーは組み上げた銃の最後のピンを、まだ打たない。

ほんのわずかに顔を傾け、答える。


「俺の痕跡は、誰の痕跡でもない」


短い。完全だ。

プロは、名を残さない。結果だけが残る。


メフィストが深く頷く。

ロキは無言で壁を離れ、扉へ寄り、通路の監視魔眼を切る。

クレオラは胸の前で両手を握り、強く、強く吐いて吸った。


ゴドーは銃を組み、スコープを噛ませ、覗かないままケースに戻す。

覗くのは、一度きりでいい。


去り際、彼は初めて質問をした。

それは、依頼とは無関係な、個人的興味にさえ見えるほど短い問い。


「……“神だったもの”は、なぜ“人のふり”をしている?」


メフィストは少しだけ目を伏せ、答えた。


「あれはラグナロク時代、破壊神ウィーデル・ソウルに闘いを挑み完膚なきまでに敗れた。かつては万能神と言っていい巨大な力を誇っていたが、破壊神との闘いでほとんどの力を使い切り今や見る影もなく衰えた。まあ、それでもなお強大な神なのだがな……、ともあれ奴の本音はかつての全能の力を取り戻し復活を果たすことにある。だから時間神ヨグソトースのカケラの奪還に固執している。奴が見下し嘲笑う人間のように……」


ゴドーはそれを聞くと、扉を開け、音もなく消えた。



明朝 灼熱平原・冷却橋


空は白い熱で揺らぎ、橋だけが低温の線として景色を貫いている。

渡橋許可の列。各勢力の旗が風に鳴り、甲冑の継ぎ目で汗が冷えて白い塩の筋を作る。


ヴァルハラの黒旗が一本、橋の根元で凪いだ。

ミュラーが歩み出る。灰雪の髪が風ではなく温度差でふわりと持ち上がる。


押印台の前で、彼は立ち止まった。

メルコール・ヴォータンの命は無言だ。それで足りる。

ミュラーは木槌を取り、金属の台座に冷たい印を置いた。


――一度、呼吸が止まる。

反射光が、彼の頬で欠けた。

二秒後、第三トラス。人の足が鉄を踏む――


風が鳴らない音が、平原を横切った。

誰も、何も、聞いていないのに、一つだけ結果がそこに置かれた。


ミュラーの後ろに、弾丸が貫通した黒い孔。

膝がわずかに崩れ、彼は静かに台座へ片膝をついた。

悲鳴はない。護衛が動く。シールドが開く。遅い。

橋の下の熱霧が、まだ揺れていない。


「……黒死点が穿たれている?

幽霊体のはずのボクが……消える?」


灰の様に消滅していくミュラー


ヴァルハラの印章が、半分欠けた形で地に落ちた。

“庇護の支配線”が一本、消えた。


遠く。

灼熱の陽炎のもっと向こう。

黒の小さな点がひとつ、砂の起伏に飲まれて消える。


挿絵(By みてみん)




迎賓楼「緋王館」 控室。


報せは短文で届く。

メフィストは目を閉じ、拳をゆるめる。

ロキは呼気だけで笑う。クレオラは胸を押さえ、目を伏せ、――そして顔を上げた。


「白い幽霊は消えましたわ」


彼女の声は、もう震えない。


冥界ヘルヘイムへ。お兄様を取り戻しに。

 “神だったもの”の、調整なんかに連れて行かせませんわ」


メフィストは頷く。


「いい顔だ。……クレオラ。ようやく昔の顔に戻ってくれたね……」


ロキが口笛を一つ。

「流石はゴドー、依頼達成率100%のスナップショット。ビュリホー!」


その時、壁面の影が一度だけ揺れ、すぐ戻った。

答礼だ。

この館に居ないはずの誰かが、確かに一瞬通過した。


世界一の殺し屋の礼は、いつも音より軽い。



――そして、白い廊下。


メルコール・ヴォータンは歩みを止めない。

肩越しに、誰にも聞こえない声で呟いた。


「奴らめ、我が右手を消したか……だが一発で、足りると思うなよ」


誰かの返事はない。

ただ、白い法衣の裾を掠めるように、**すす**が一粒、空中で消えた。


彼の目は笑わない。だが予定表は更新された。

**九騎ナイトライダー**の召集欄に、一の印が灯る。


“調整”は続く。

だが、物語もまた続く。


冥界ヘルヘイム――そこは“世界の削除線”だ。


キャノンボールレーサーが集う。


フレア達はそこへ踏み込む。雷音は“ライオナ”であるうちに覚悟を固める。

レッドは刃を、ロキは嘘を、ミスティルは笑みを、メフィストは償いを、それぞれ用意する。


そしてどこかの見えない高所で、ゴドー・ハーケンは風のない風を待つ。




次章――


キャノンボールレース

第5区間


「冥界ヘルヘイム」


神々の陰謀

ナイトライダーの召集

そしてフレアを狙う“調整”。


世界は静かに

戦争へ向かっていた。



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